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CD/DVD DisksNo. 251

#1599 『川嶋哲郎/ウォーター・ソング』
『Tetsuro Kawashima / Water Song』

text by Takashi Tannaka 淡中隆史

キングレコード KICJ-819  ¥3,000+tax (2019/3/13発売予定)

川嶋哲郎(Ts,Ss,Fl,Bcl)
田窪寛之(Pf)
松岡 matzz 高廣(Perc)

川嶋哲郎 WITH WOOD WIND ORCHESTRA
矢島絵里子(Fl,Pic)吉川真登 (Fl)奥村紗季乃 (Fl)廣海大地 (Fl)浜崎零士(Fl)
熊倉未佐子(Cl)宮脇惇(Cl)相原雅美(Cl)山本茉莉奈(Bcl)
松原慎之介(Ss,As)内田恵里花(As,Cl,Ss)成田遥香(As)新村未都(Ts)オオニシユキコ(Ts)
鈴木哲(Ts Fl)RIO(Bs)

WATER SONG

1.CRESTA PRELUDE
2.CRESTA
3.HORIZON

Suite -THAW-
4.Ⅰ 雪解け
5.Ⅱ 早瀬
6.Ⅲ 流光
7.Ⅳ 海へ

8.ATLANTIS
9.WATER OF TEARS

録音スタジオ:キングレコード 関口台スタジオ  Studio 1 (2019_1/10) Studio 2 (2019_1/17)
ワンダーホリック スタジオ (2019_1/22, 1/23)
エンジニア:ミキシング  スタジオKK  菊池 健太郎 (2019_1/24~1/30)
マスタリング ・スタジオ&エンジニア:関口台スタジオ 辻 裕行(2019_1/31)


サックスプレイヤー川嶋哲郎の三年ぶりの新作

前作の『Soul Suite』(2016) とそれに先立つ『祈り』(2012) にはカルテット編成で川嶋哲郎オリジナルの ”Song of the soul “、「月」と「陽」をテーマにした組曲が含まれていた。それら自作のテーマ性を大きく広げて自らのオーケストレーションで作られたのが”WATER SONG”だ。

この「水」をテーマにした57分の音楽は川嶋哲郎のサックスをフロントとして各種のフルート、クラリネット、サックスによる15人の木管アンサンブルにピアノ、パーカッションを加えた計8曲、9パートからなっている。

組曲 ”Suite -THAW-“(雪解け)がアルバムの中核をなしている。その前後に”CRESTA”(頂き)、”HORIZON”(水平線、地平線)、”ATLANTIS”(アトランティス)、”WATER OF TEARS”(涙)といった同じテーマ性を持つ4曲がシンメトリカルに配置されている。そのいくつは川嶋哲郎のアルバムで聴くことができるしライブではファンにおなじみのものだ。しかし今回はアルバム全体のイメージを構成する要素として美しいリアレンジで生まれ変わっている。

4曲、5パートで35分に近い組曲 ”THAW” は川嶋哲郎のサックス、田窪寛之のピアノの「カデンツァ」(ソロ)、木管アンサンブルによる「コラール」、いくつかの主題をあらわす「ライトモチーフ」と彼のアドリブパートなどによっている。アンサンブル全員が「トゥッティ(全奏)」で盛大に鳴るパートは少なく、組曲は一見、長大で複雑にもみえる。しかし聴き手は次々と浮かび上がるモチーフを心に刻むことができ、その瞬間に全体像がすっと解きほぐされて理解できる不思議な構造を持っているのだ。山の頂に近い「雪解け」の水が「早瀬」となり、水面に映る「流光」として輝きながら流れ下って、おおらかな「海へ」達する。組曲Ⅳでテナーサックスのソロによるカデンツァがアンサンブルと合流するときに流れが海に達したことが「見えて」くるようだ。川嶋哲郎がさりげなくみせる表現こそが美しく、今までにない境地に達しているように聴こえる。そのように聴こえるのはこの音楽が大仕掛けで、野心的なプロジェクトだからというものではなく、長い時間をかけてピュアーに醸成され成長してきた音楽だからだ。組曲はアンサンブル、ピアノ、パーカッションを伴った大団円で大きくテーマを奏でる。

前作までと比べてもより自然賛歌、心象風景としてのイメージの大きいこの音楽のあり方は「主題と変奏(アドリブ)」を旨としたジャズ的なもの、というよりヨーロッパ19世紀のロマン主義の標題音楽、あるいは18世紀の受難曲のアリアとコラールのパートのかかわり方のように聴こえるかもしれない。しかし、この美しい「組曲」を聞くよろこびは本来ビバップの音楽家である川嶋哲郎がその「構造」にかたちを託して、精神的イメージをよりシンプルに純化して発揮できたからだと思う。

作品のアイディアは川嶋哲郎がフルートから各種のサックス、バスクラリネットまでを一人で吹いてオーバーダビングする「一人オーケストラ」を中心としたプランから出発した。そのために彼は4年前よりアレンジメントを始め、スタジオを整えてきた。だから木管アンサンブルは他者として「共演する」相手ではなく彼の意思を共有するいわば「分身」、「内声」ともいえる。通常のオーケストラやビッグバンドとの共演と異なる独特の味わいとなっている。アンサンブルはパイプオルガンのコラールプレリュードのように響き、バスクラリネットはまるでオルガニストの「足」にあたる通奏低音パートのようだ。各プレイヤーの自由意志の集合体とソロが対決する瞬間はなく、共鳴的な音楽だ。

川嶋哲郎はカルテットを中心とする演奏、アルバム作りにとどまらず、初期より一人だけのソロ活動、異なるカテゴリーとのデュエットなど「ジャズ・ミュージシャン」の枠を超えた音楽を国際的に展開してきた。コルトレーンに代表されるビバップ以降の典型的なジャズの演奏家から出発して、やがて「日本人でなければ表現できないジャズ」を目指している存在となりつつある。様々な試みや成果の結晶化、大きな終結点がWATER SONG”だ。

淡中 隆史

淡中隆史Tannaka Takashi 慶応義塾大学 法学部政治学科卒業。1975年キングレコード株式会社〜(株)ポリスターを経てスペースシャワーミュージック〜2017まで主に邦楽、洋楽の制作を担当、1000枚あまりのリリースにかかわる。2000年以降はジャズ〜ワールドミュージックを中心に菊地雅章、アストル・ピアソラ、ヨーロッパのピアノジャズ・シリーズ、川嶋哲郎、蓮沼フィル、スガダイロー×夢枕獏などを制作。

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