#1609 『ZEK TRIO (清水くるみ – 米木康志 – 本田珠也) / ZEK! II – A Piano Trio only plays the music of Led Zeppelin』

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Text by 剛田武 Takeshi Goda

CD2枚組  ZEK-003/4 ¥2,778+税

ZEK 3:
清水くるみ Kurumi Shimizu (p)
米木康志 Yasushi Yoneki (b)
本田珠也 Tamaya Honda (ds)

Disc1
PIT-INN NIGHT
1. We’re gonna Groov
2. Over the Hills and Far Away
3. You Shook Me
4. Hots on for Nowhere
5. Kashmir
6. Trampled under Foot
7. Stairway to Heaven

Disc2
KAMOME NIGHT
1. Whole Lotta Love
2. Trampled under Foot
JIROKICHI NIGHT
3. Heartbreaker
4. Baby come on Home
5. In My Time of Dying
6. Immigrant Song
7. Rock and Roll

PIT-INN NIGHT (2018年8月2日録音)
KAMOME NIGHT (2018年8月1日録音)
JIROKICHI NIGHT (2018年9月25日録音)

Recording Engineer: Koshu Inaba (disc2)
Recording Engineer: Akinori Kikuchi (disc1)
Mixing & Mastering Engineer: Akinori Kikuchi (disc1,2)
Cover&Logo Design:Shuzo Ishizaka

ZEK TRIO Facebook

 

ロックの王道はジャズの邪道であれ。

物心ついた頃から「他人と違うもの」に心惹かれて来た筆者にとって「定番」「王道」「スタンダード(標準・規格)」という言葉は、虫酸が走るほど嫌いというほどではないが、あまり興味を惹かれない言葉の代表だった。<ジャズ定番100選>などとあると、筆者にとっては聴く必要の無い作品リストと同意義だった。しかしながら基準は時代と共に変化する。40年前スタンダードへの反抗の象徴だったパンクロックや、既成の音楽からの逸脱を図ったフリー・ミュージックや反主流派を謳ったオルタナティヴ・ミュージックも今では定番の仲間入り。それが時代の流れである。その一方で、筆者自身も年齢を重ねるごとに許容範囲が広がり、かつて敵視していたフォークやフュージョンですら、聴き直してみて新鮮な感動を覚えることも少なくない。当時聴こうともしなかったお陰で、3,40年後に新たな出会いが生まれた訳で、若き日の自分の聴かず嫌いに感謝する次第である。

同じように「和解」したのが王道ロックまたはクラシック・ロックと呼ばれる70年代ハードロック/プログレである。中学3年生15歳の時に勃発したパンクロックに夢中になって以来、「パープリン」と呼んで聴こうとしなかったディープ・パープルとレッド・ツェッペリンはその象徴だった。40年経って聴き直してみて、以前は虚飾に満ちて聴こえた、横ノリの重たいビート/テクニカルなギター/シャウトするヴォーカルは、単なる反抗心やフラストレーションの発散ではなく「ROCK」という表現スタイルの長所を最大限に活かした芸術表現に他ならず、男性上位のパワー礼賛と鼻白んだマッチョイズムは、性別・人種・国籍に関係のない根源的な表現衝動の蠢きである、ということを発見した。

ジャズについてはロックほどの思い入れが無いため、例えばビバップやハード・バップを聴き直して良さを発見するまでには至っていない。しかし、2016年に出会った“レッド・ツェッペリンの音楽だけを演奏するピアノ・トリオ”「ZEK TRIO」を聴いて、フリー・ジャズや前衛ジャズだけに留まらないジャズ・スタイルの根源的なパワーを実感した。その秘密は、もちろん曲が聴き覚えのあるツェッペリン・ナンバーということもあるが、ベースとなるコードやリフを押さえつつもピアノ、ベース、ドラムが自由にプレイを繰り広げ、自然発生的にメロディからの逸脱やリズムの崩壊を導き、それが演奏のカタルシスを生むことにある。それから2年半、2018年夏のツアーから3ヵ所のライヴ演奏を収録した2ndアルバムとなる本作は、レパートリーへの理解と解釈が驚異的に深化し、まさに彼らにとってのスタンダード・ナンバーとなっている。それゆえカタルシスの振幅も大きく拡大。あまりに堂々とした演奏は本家ZEPにも負けない王道の風格がある。

作為的に音楽的混沌を作り出したり、目的として前衛表現を行ったり、演奏行為を解説・分析により援護することも必要かもしれない。しかし人間の生理活動として、呼吸や会話をするように音楽を演奏出来たら素晴らしいのではなかろうか。もちろん常人にそのような演奏をすることは出来ない相談であることは百も承知の上で、ZEK TRIOの演奏は人間の生理現象に極めて近いと言い切ってしまおう。

音楽表現として「王道」に他ならないZEK TRIOの音楽が「邪道ジャズ」と呼ばれるのであれば、「他人と違う」ことを至上の歓びとした40年前の自分に対しても申し訳が立つというものである。(2019年5月4日記)

 

剛田武

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。会社勤務の傍ら、「地下ブロガー」として活動する。近刊『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。 ブログ「A Challenge To Fate」 http://blog.goo.ne.jp/googoogoo2005_01

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