#1622 『Evan Parker – Matt Wright, TRANCE MAP+ / Crepuscule In Nickelsdorf』
『エヴァン・パーカー=マット・ライト Trance Map+ / 薄暮のニッケルスドルフ』

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text by Yoshiaki onnyk Kinno  金野onnyk吉晃

Intakt CD 329 / 2019

Evan Parker: Soprano Sax
Matthew Wright: Turntable, Live Sampling
Adam Linson: Double Bass, Electronics
John Coxon: Turntable, Electronics
Ashley Wales: Electronics

Recorded July 22, 2017, at Konfrontationen 2017, Nickelsdorf, Austria
Recording engineer: Hans Holler. Mixed and mastered by Matthew Wright
Band photos: Žiga Koritnik.
Produced by Evan Parker and Intakt Records, Patrik Landolt, Anja Illmaier, Florian Keller


「夢が終わったら起きよう」

何一つとして新しさを感じない。夢なのだから仕方ない。
夢とは精神の生理的排泄作用だ。覚醒時の精神活動のうちで調和的ではない妄想、あるいは排除したい記憶が喚起されたものが形をなしているのだから。だから人はそれを明確に言葉にできない。
エヴァンはこのアルバムを深夜に、小さく再生し、睡眠中に聴くよう促している。残念ながらこのライヴ録音時の聴衆は謹聴し続けていたようであるが。少なくとも鼾は聞こえない。もし聞こえたとしても、それもこのサウンドの中に点景として吸い込まれて行っただろう。
新しければ良いという訳ではないが、この音楽は完結しているのか、充足しているのか、不可解だ。私は少なくとも「満足できるような現状には満足できない」と言うのみだ。
夢物語ならジョン・ハッセルか、ハロルド・バッドにでもまかせておけばいいのだ。眠る為の曲をつくるのは、このセカイを忘れさせよう、精神の痛みを麻痺させようという意図なのだろうか。なるほど、権力者が自らの不安に苛まれ眠りを渇望した「ゴルトベルク変奏曲」という歴史的「トゥルー・
スリーパー©」もあろうが。
正直言って、このエヴァンからの最新の便りは、1990年のワルター・プラティとの共演『ホール・オブ・ミラーズ』から進化していないと感じる。
サンプリング性能の向上、精緻化、メディアの変化、要するに処理速度の高速化ということだけだ。つまり自己サンプリングが容易になり、他所の素材が自在に扱えるようになっただけなのだ。
サンプリングと変形と転移の技法は、もしかしたらフーガ、リチェルカーレから始まっているのか。ライトモチーフ、テーマの変奏があって、それに回帰して行くというのは西欧音楽が19世紀までに専ら完成させてきた手法だ。
20世紀になってもまだ、国家予算と専門の組織、専用の会場を作って演奏されたブーレーズの「レポン」。死んだ作曲家の見果てぬ「夢」をまだ追い続けている。
「レポン」が完成しなかった理由は単純だろう。即時的サンプリングの処理速度はどんどん上がる。完成された途端に陳腐になるのは音楽ではなくその演奏システムだった。

一方、パソコンの発達が盗用音楽としてハウスを完成し、DJ文化は過去の引用でほぼ食い尽くそうとしている。
クリスチャン・マークレイが他のターンテーブル奏者達と違うレベルにあったのは、レコードを音源としてではなくマテリアルとして扱った手腕、態度、意識だ。
ポップス界で一世風靡しながら殆ど忘れられつつある「アート・オブ・ノイズ」。今聴くと笑い袋のようでさえある。クラフトヴェルクの名曲をラテン楽曲のサンプリングで作ったセニョール・ココナッツのシニカルさ。
その場で行われる即興演奏への即時的反応装置を開発したリチャード・タイテルバウム。スイスのトリオ「ナハトルフト」のアンドレス・ボスハルトはカセットテープの即時的サンプリングシステムを作り、2人の打楽器奏者と即興演奏を展開した。トニー・オクスリーもデレク・ベイリーも、皆サンプラーの奏者達と共演した。其の結果は…。
何一つとして新しさを感じない。夢なのだから仕方ない。
新しければ良いという訳ではないが、この音楽は完結しているのか、充足しているのか、不可解だ。私は少なくとも「満足できるような現状には満足できない」と言うのみだ。(あれ、サンプリングしているかな)

質問:バッハの名曲をシンセサイザーで演奏したことで話題を呼んだ「スウィッチト・オン・バッハ」(1968)というアルバムがある。では同じ曲を、80年代以降の高精度なサンプリングのシンセでやったらいかに聞こえるだろう?
答え:聴く前からわかるような結論。
質問:エヴァン・パーカーのクローンを作り、三人くらいのエヴァンが共演したら?
答え:分からないの。私は多分三人目だから。

以前、仙台で、エヴァンと(共演歴の長いパーカッショニスト)ポール・リットンを含むエレクトロニック・カルテットを聴いた。後の2人はサンプラーとパソコンで、盛んに演奏者の音を取り込んでは変容させる係。その印象は、簡潔に言って「妙に限界を感じる混沌。多様なのに予測がついてしまう」とだけ言っておこう。
一緒にライブを聴いた友人と帰りの列車の中で話し合った。「エヴァンとリットンなら、そんなものいらないはずなのに」。

つまりここで言いたいのは、テクノロジーとそれへの反動、即興とサンプリングという二つの問題系を、弁証法的にとらえるか、批判的状況論にしてしまうか、なのだ。
英国では、キャリアの当初から、アコースティックなサウンドの魅力を追求した挙げ句に電子音への参入を図る音楽家が実に多い。音響彫刻家マックス・イーストリー、民族音楽の研究家でもあるデヴィッド・トゥープ、自作楽器による即興を一生追求したヒュー・デイヴィーズ、バイオリニストのフィル・デュラント、そしてフィル・ワックスマン。ベーシストでは、エヴァンとの共演の多いバリー・ガイ、ブズーキも演奏するギタリスト、ピーター・キュザックも人工的、自然的環境音だけのアルバムを作っている。パーカッショニストならトニー・オクスリー、ポール・リットンら。
リットンは60年代から演奏にテープレコーダーも用いていた一人だ。同時期、そんな事をした即興演奏家はアンソニー・ブラクストンくらいだろう。
本来電子音楽やミュジック・コンクレは、サンプリングとして始まった。それはケージの「イマジナリー・ランドスケープ」に始まり、P.アンリ、P.シュッフェール、ビル・フォンタナ、その他枚挙にいとま無し。しかしひとつだけ、傑作としてリュック・フェラーリの『殆ど何も』(1967-98)を挙げておきたい。これひとつで十分だと言いたいのだ。
それにしてもインカスに残されたオクスリー、ベイリーに2人の電子デバイス奏者が参加したカルテット(Incus CD15)は失敗作と私は見なしているし、それ以上にベイリーが13ゴースツ、サーストン・ムーアと共作したアルバム(Legend of the Blood Yeti)はそれ以下の評価しかできない。
別に不思議ではない。何故みんなこんなにつまらなくなっていくのだろう。
私は端的に、そのようなアンサンブルにおいて即興演奏の不確定性という絶大な魅力、つまり完成し得ない世界のヴィジョンが減衰しているからだと思うのだ。それと、サンプリングにはある種のイデオロギーがつきまとうこと。もし無いとすればそれは間抜けのやることだ。

スイスのシンセサイザー奏者、作曲家、自作楽器製作者、ミシェル・ヴァイスヴィッツのユニークさ、カセットの無茶苦茶に使うアントン・ブリューヒンの面白さ、ハン・ベニンクが彼の最初のソロで用いた南米のジャングルの鳥達の声、”Schwarzwaldfahrt”というベニンク、ブレッツマンが自然の素材だけで演奏しているアルバム(それだけならパスコアールもやってるし、抜群に巧いがそれはまた別の話で)にも言及したいのではあるが。

あるいはまた初期のサンプリング音楽の傑作として挙げたいのはボブ・オスタータグの”Sooner or Later”(1991)の問題意識だ。これはモンテ・カザッツァの用いた悲惨なサンプリングと同じで、聴くに(書くにも)耐えない衝撃がある。
毒にも薬にもならぬよう単に美しく調和的にサンプリングや電子的変調をしたいなら、ホルガー・シューカイ『ムーヴィーズ』でも、D.バーンとB.イーノの『ブッシュ・オブ・ゴースツ』でも聴いて昼寝をすれば良い。これほど素晴しい出来の娯楽はない。
さて、エヴァンの新しい電子アンサンブルの問題意識は何処にあるのか。まさか環境保護ではあるまいな。我々は今、おかしな、歪んだ、過激な、そして何か別の目的に沿った環境保護によって、エネルギー消費の過剰さという罪の意識を着せられている。そうならば、私は環境保護意識から保護されたいのだが。


アバター

金野 "onnyk" 吉晃

Yoshiaki "onnyk" Kinno 1957年、盛岡生まれ、現在も同地に居住。即興演奏家、自主レーベルAllelopathy 主宰。盛岡でのライブ録音をCD化して発表。 1976年頃から、演奏を開始。第五列の名称で国内外に散在するアマチュア演奏家たちと郵便を通じてネットワークを形成する。 1982年、エヴァン・パーカーとの共演を皮切りに国内外の多数の演奏家と、盛岡でライブ企画を続ける。Allelopathyの他、Bishop records(東京)、Public Eyesore (USA) 等、英国、欧州の自主レーベルからもアルバム(vinyl, CD, CDR, cassetteで)をリリース。 共演者に、エヴァン・パーカー、バリー・ガイ、竹田賢一、ジョン・ゾーン、フレッド・フリス、豊住芳三郎他。

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