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CD/DVD Disks~No. 201

#622 『富樫雅彦・佐藤允彦/INDUCTIONS』

text by 横井一江 Kazue Yokoi

BAJ Records BJSP-0004

富樫雅彦(per)
佐藤允彦(p)

1. Induction I
2. Induction II

録音:1999年8月21日 EGG FARM


その日、私は珍しく埼玉県深谷市のエッグ・ファームに出かけた。富樫雅彦&佐藤允彦のデュオをこぢんまりとしているが音響の良いことで知られるそのホールで聴いてみたいとふと思い立ったからである。

コンサートは完全即興で2セット。さまざまなグループ、プロジェクト、セッションで共演を重ね、多くの録音で共演してきた二人だが、さしで完全即興で演奏する機会はそれほどなかったように思う。まず富樫のパーカッションで始まり、その間合いに切り込むように徐々に佐藤のピアノが入っていく。互いをよく知った音楽家同士だからこそ、より自由になれるということもある。力で押し切ることもなく、まさに緩急自在、スポンテニアスな演奏とはこういうことをいうのだろう。特にデュオでの即興演奏の場合、それぞれ相手を通して互いが引き出され、それまでにはなかった展開が自然と開かれることがあるのだが、ここに録音されているのはそういう貴重な時間だ。

セカンド・トラックの冒頭部分を聴きながら、当時一部で話題となっていた「音響派」よりずっと「音響的」であるとコンサートを観ながら感じたことを思い出した。「音響派」という曖昧な言葉が、ソノリティやテクスチャーをより重視したサウンドを意味するトレンディーな括りだったとしたら、どんな「音響派」よりも一歩先んじている先達がここにいると。微細なサウンドからエモーショナルなプレイまで音楽的手法やダイナミクスも変化するが、一手一手が精緻であり、饒舌すぎることもなく、激しい部分も含めて一音一音がクリアなのである。

煌めくような音響空間に回帰したエンディング、最後の残響が夏の夜に吸い込まれた時、その夜のコンサートは終了した。奇しくもこれが、富樫と佐藤が共演するのを観た最後となった。そのこともあって、このライヴのCD化は個人的にも感慨深い。そういえば、この二人の完全即興演奏での音盤も1973年のライヴ録音『双晶』~『カイロス』(完全収録盤)以来ではないだろうか。そういう意味でも貴重な一枚!

 

横井一江

横井一江 Kazue Yokoi 北海道帯広市生まれ。音楽専門誌等に執筆、 雑誌・CD等に写真を提供。ドイツ年協賛企画『伯林大都会-交響楽 都市は漂う~東京-ベルリン2005』、横浜開港150周年企画『横浜発-鏡像』(2009年)、A.v.シュリッペンバッハ・トリオ2018年日本ツアー招聘などにも携わる。フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年~2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)、共著に『音と耳から考える』(アルテスパブリッシング)他。メールス ・フェスティヴァル第50回記。本『(Re) Visiting Moers Festival』(Moers Kultur GmbH, 2021)にも寄稿。The Jazz Journalist Association会員。趣味は料理。当誌「副編集長」。 http://kazueyokoi.exblog.jp/

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