#1628 『川上ミネ/Pilgrim(ピルグリム』

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text by Takashi Tannaka 淡中隆史

B.J.L./SSNW  DDCB-13048 ¥2,700+tax

Mine Kawakami 川上ミネ (piano)

01. CAMINO DE SANTIAGO  サンチャゴ巡礼道
02. ALHAMBRA アルハンブラ宮殿
03. SANTIAGO DE COMPOSTELA サンチャゴ・デ・コンポステラ
04. MEZQUITA コルドバのメスキータ
05. EL ESCORIAL エル・エスコリアル宮殿
06. SAGRADA FAMILIA サグラダ・ファミリア教会
07. TOLEDO トレド
08. BAEZA バエサ アンダルシア
09. SEGOVIA セゴビア
10. TEIDE  テイデ カナリア諸島
All Composed by Mine Kawakami

Recorded at Estudio UNO Colmenar Viejo Madrid, Spain, March, 19&20 2019
Engineer: Luis Del Toro
Field Recordings at Madrid, Toledo, Segovia & Santiago de compostela, March 17,18,23,24,27, 2019 Mixed & Post-production at Studio KK Tokyo, April & May
Engineer: Kentaro Kikuchi
Mastered at AUBRITE MASTERING STUDIO Tokyo, May 29, 2019
Engineer : Yoei Hashimoto
A&R : Kenji Seki (AWDR/LR2)
Producer & field recordings : Takashi Tannaka


なぜか私は名古屋近郊のミュージシャンたちと縁があります。それも名古屋自体でないところがキーのようだ。強い個性を持って「コラソン・バガブンド」を地でいく音楽人生をインターナショナルにおくる女性が多いのだ。どうも、あのあたり独特の「地霊」(ゲニウス・ロキ)が彼女たちにそうさせているのか、とすら考えることもある。
愛知県長久手市に生まれた川上ミネさんもそのひとり(もうひとりは次回にご紹介予定)。愛知からミュンヘン国立音楽大学〜マドリッド国立音楽大学院ピアノ科で学ぶ、というキャリアからは純系のクラシック音楽のピアニスト像が浮かぶ。でも彼女の人生、ぜんぜんそうはいかなかったところが面白い。ミュンヘンで行きづまってマドリッドに脱出、着いたその日に泥棒に全財産を盗られてしまう。それでもその街の文物(といっても主に食べ物か、たぶん)に魅了されて住むことになった。〜京都で手に入れた愛用の包丁だけは手ばなさずに移動している〜。
やがてチューチョ・バルデスとの決定的な出逢いがあり、一方的に弟子となってキューバへ。ハバナの音楽学校で教え、演奏して暮らした。現在はスペインに戻り、(ときどきは)京都にも住んでいる。いつも違う環境、違う音楽を探して世界の中、どちらかというと「はずれた」ところをさまよって異化を繰り返す。そうしているうちに案外と自然で大らかな彼女自身のルーツ・ミュージックみたいなところに戻っていくのがますます面白い。定住性がないことはポイントです。
エスニックな情景をテーマに曲をつくるとき、リズムやメロディーをそのまま採り入れるわけはなくて、彼女のイメージの中の心象光景となる。ルーツ志向やとんがったスタイルに結晶化することはない。「どうしてこういうスタイルになったの?」と繰り返しきいてみるのだが、どうにも本人にも説明がつかないようだ。いつのまにかいわゆる昔日の「ニューエイジ・ミュージック」にカテゴライズされてしまっても気にかけない。10枚を超えるアルバムをリリースしているが、未だにリスナーの「顔」は見えてこない。テレビ番組のサウンドトラックでの知名度が高いから全国区で「NHKを見ている人」としか言いようがないのだ。
ミュンヘン以降、スペインやヨーロッパで始めた活動は、だんだんキューバ、コロンビア、ペルーなどの「スペイン語圏全体」に広がってきている。世界の端々の広大なエリア、南米のほとんどにもヒスパニックの宇宙はつながっている。だから思いのままに越境できる。マドリッド王立劇場「川上ミネ&チューチョ・バルデス
2台のピアノ・リサイタル」のあと、どこにいるのかと探してみるとチリの塩湖やペルーの山の中で「メールが届かない」、「電気がない?」ところにいたりする。
京都、清水寺でのコンサートに行ってみた。全国から熱烈なファンが集まってきている。切り立った谷の上の「舞台」の傍らでは秋の虫の音、木々のざわめき、鐘の音が聞こえて遠くに見える京都の街中からはなんとも形容しがたい「ず〜ん」という情緒的なノイズが響いてくる。小型のレコーダを持っていったので、そんな環境音のまるごとを収録して東京に持ち帰ってスタジオの音と「同化」してみた。自然の音と一体となった音楽は強い印象を発揮するもの。
「次は川上さんの住むスペインでやってみよう」と思いついたのはその時だった。
そののちに、奈良の春日大社と東京で「発掘された千年のオカリナとピアノ~春日の神々とアンデスの神々に奉納する演奏会」というコンサートがあった。共演者はコロンビアの作曲家、オカリナ奏者でもあるフェルナンド・フランコ。ミネさんがチューチョ・バルデス、ネストル・マルコーニと並んで「天才」と呼ぶひとりだ。なるほど、こんな人間ばなれ、音楽ばなれした人の「原始楽器」(失礼!)に対してピアノという超近代兵器を使って「共演」しようなどと考えるのは彼女くらいかもしれない。聴衆は感動する、というより異界からの響にすっかり息を飲み「魂消て」しまっていたようだった。アンデス山中の遺跡で発掘されたオカリナから我々の識る音楽を超えた鳥の鳴き声に似た響きが聞こえた。

2019年3月になって、ようやくスペインに行くことになった。
マドリッド郊外のコルメナール・ビエホ(Colmenar Viejo)のスタジオでピアノをレコーディング。その後、マドリッド、トレド、サンチャゴ・デ・コンポステラで「土地の音」を採集、東京で編集してMIXというプランをたてた。最初のころはミネさんが大好きなメシアンの「鳥のカタログ」のイメージがあったけれど、それより本物の「異国の鳥たち」自体をレコーディングしよう。と、以前と同じ小さなレコーダを取り出してスペインに向った。出発の前に近所の「小鳥の森」での試し録りと現地スペインの鳥の声とでは、全く違うことがのちにわかったのだが。
テーマは「スペイン各地の世界遺産」としてサンチャゴ・デ・コンポステラ、グラナダ、コルドバ、エル・エスコリアル宮殿 、バルセロナ、トレド、アンダルシア、セゴビア、カナリア諸島まで、スペイン各地の世界遺産による10曲を「旅するピアニスト」が作曲、演奏して「ピルグリム」(巡礼者)になる、というわかりやすいコンセプトだ。
レコーディングの後、一週間ほどかけて各地の小さな教会の朝のミサ、辻音楽師のガイタ(バグパイプ)が奏でるケルトの音楽、巡礼地にたどり着いた人々の祈り声、カテドラルの鐘などの音たちを集めて帰ってきた。
「採集した音」とピアノがどのように共和できているか。まだ少し心もとないのだけれど、聴くたびに音の隅々から「土地の地霊」が頭をもたげるのがはっきり聞こえる。
ジャケットに写るのはセゴビアの街はずれの城から見下ろした中世の礼拝堂ベラ・クルス教会と地平線まで続く情景。数々の奇跡の伝説が今も伝わるこの建物と遠くまで続く「巡礼の道」の風景だ。写真にイタリア・ルネサンス期の絵画のような木々を植林、小川を加えてみた。

♫ 川上ミネによる10曲のテキスト

◻Camino de Santiago

サンチャゴ巡礼路の出発地、ピレネー山脈の麓にある小さな村。初めて巡礼道を歩き始めた日の夜明け前、見上げた空の色が忘れられない。東側はほんのり明るくなり始めていたが、残りの空にはまだ星がたくさん輝いていた。これから始まる1000キロの巡礼道の始まり。澄み切った星空の下、長い道を歩き始めた。

◻Alhambra

アンダルシアの古都、グラナダ。ジャスミンの花が香る季節、人影もなく静まりかえったアルハンブラ宮殿の中を独りで歩いていた時の事だった。時折、ひんやりとした風に乗って漂うイスラムの香りや中庭を流れる水の音が、自分は知らないはずの遥かな懐かしい記憶と重なる不思議な瞬間があった。愛しい何かに、やっと再会できた気がした。

◻Santiago de Compostela

スペイン中でこの場所ほど清らかな喜びの空気に満ち溢れた街はない。長い道を歩き続けついに到着した巡礼者たちがオブラドイロ広場を通り大聖堂へ入って行く。歓喜溢れる喜びというよりは、静かに感謝の祈りを捧げる巡礼者。サンチャゴ・デ・コンポステーラは祈りの街だ。

◻Mezquita

かつてイスラム寺院だったメスキータ。中に入ると、一瞬身震いするような独特の冷気が漂い、陽の届かない永遠の森に迷い込んだような錯覚に陥る。無数の薄暗い柱の合間からミフラーブの細かいモザイク模様が蝋燭の光を反射して星のように瞬く。静寂が支配するこの場所に身を委ねて耳をすますと、1200年の時を超えてコーランの響きが私には聞こえてくる。

◻El Escorial

学生時代、スペインで一番最初に演奏会を開いた場所がエル・エスコリアル宮殿の中庭だった。自分のピアノの音を初めてスペインで聴いた記憶は忘れられない。ピアノの音の粒が中庭の石壁や彫刻にぶつかり、聴いたこともないような透明な響きとなって私の耳元へ音が返ってきた。演奏をしている最中、時々礼拝堂の鐘が鳴り響いてピアノの音をかき消す。あの日、自分はこれから長くこの国に住むのだという予感がした。

◻Sagrada Familia

サグラダファミリアのある一角に、不思議なほど心が安らぐ場所がある。森の中にいるというよりは、茂った草むらの下にいる一匹の小さな虫になったような、大きな優しい何かに守られ抱かれているような、そんな感覚に包まれる。もしかしたらガウディがつくろうとしていた建物は、そんな虫が巣に帰るような場所だったのではないかと思う。

◻Toledo

時が止まる街、トレド。ある寒い冬の午後、迷宮のように入り組んだ小道を歩いていると、イスラム・ユダヤ・キリスト教の文化が入り混ざる建物の間でタイムワープして時空間まで迷子になりそうな自分がいた。何故かその時、昔どこかで聞いた事があるような懐かしく優しい旋律が心の中に聞こえてきた。

◻Baeza

オリーブ畑に囲まれた小さな街、バエサ。ある満月の夜、オリーブ畑まで車を飛ばして空を見に行った。無数に実っているオリーブの実一つ一つに満月が反射し、その向こうにまるで巨大な宇宙船のようにバエサの街が浮かび上がっていた。今でも記憶に残っている満月の夜だ。

◻Segovia

街の外れの一角にベラ・クルス教会という中世の礼拝堂がある。数々の奇跡の伝説が今も伝わるこの建物の内部は、華美な装飾が全くなく、入るだけで心が静まりかえる特別な雰囲気がある。「ピルグリム」のジャケット風景はセゴビア城から見下ろしたベラ・クルス教会で、私がスペインで最も好きな道の景色の一つ。

◻Teide

アフリカ大陸のスパイスの香りが漂うテネリフェ島。海抜0mの港から標高3718メートルのテイデ山頂に続く道はまるで地球上の全ての四季と気候を一気に再現する強烈な世界だ。砂漠、ジャングル、草原地帯、針葉樹林、・・ありとあらゆる地球の姿を目まぐるしく見つめながら山を登り、最後に雲海をつき抜けた時、目の前に広がったのは宇宙と直結した紺碧の空だった。

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淡中 隆史

淡中隆史Tannaka Takashi 慶応義塾大学 法学部政治学科卒業。1975年キングレコード株式会社〜(株)ポリスターを経てスペースシャワーミュージック〜2017まで主に邦楽、洋楽の制作を担当、1000枚あまりのリリースにかかわる。2000年以降はジャズ〜ワールドミュージックを中心に菊地雅章、アストル・ピアソラ、ヨーロッパのピアノジャズ・シリーズ、川嶋哲郎、蓮沼フィル、スガダイロー×夢枕獏などを制作。

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