#1630 『CP Unit / Riding Photon Time』

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Text by  剛田武  Takeshi Goda

CD: Eleatic Records ELEA004

UP Unit:
Chris Pitsiokos (as, electronics)
Sam Lisabeth (g)
Henry Fraser (b)
Jason Nazary (ds, electronics)

1. Once Upon a Time Called Now (excerpt)
2. Positional Play
3. Sibylant
4. The Tower
5. A Knob on the Face of a Man
6. Seasick
7. Dirt is the New Clean
8. Orelius

All music composed by Chris Pitsiokos (BMI)
Mixed and Mastered by Ryan Power
Produced by Chris Pitsiokos

Tracks 1-5 Recorded at Moers Festival in Germany on May 18, 2018
Tracks 6-8 Recorded at Unlimited Music Festival in Wels, Austria on November 11, 2018

 

観客の息の根を止めるクリス・ピッツィオコス・ユニットの真空ライヴ空間。

1990年生まれのアルトサックス奏者クリス・ピッツィオコスのリーダーカルテットCP Unitの最新作にして初のライヴ・アルバム。前半5曲が昨年5月のドイツ・メールス・フェスティバル、後半3曲が11月オーストリアのアンリミテッド音楽祭でのライヴ録音。メンバーは前作『Silver Bullet in the Autumn of Your Years』(2018)にも参加していたブルックリン即興シーンを代表する若手ミュージシャン達。1990年生まれのギタリスト、サム・リザベスはアート・ロック・バンド、ゲリラ・トス Guerilla Tossではキーボードを担当する。ベースのヘンリー・フレイザーは1991年生まれで、初期CP Unitに参加していたギタリスト、ブランドン・シーブルックのトリオのメンバーでもある。イタリア生まれのドラマー、ジェイソン・ナザリーは1984年で少しだけ年長。収録曲のうちM-3, 6, 7は未発表ナンバー。

「(オーネット・コールマンの)ハーモロディック・ジャズと現代的ノイズ・ロックの融合」と米ダウンビート誌に評価されたUP Unitのライヴ演奏は、目紛しい場面展開と処理不能の情報量を伴って、研ぎ澄まされた音色と踊れないファンクネスが疾走する異能空間。アルバム・タイトルにある「Photon」とは光子、つまり光の粒子のことであり、1905年にアインシュタインが光電効果を説明するため光量子仮説として提唱した。だから『Riding Photon Time』とは「光速で走る」という意味だろう。4人が車座になりお互いに目で合図しながら演奏する異様な光景から放出されるエネルギーはまさに発光体である。全曲ピッツィオコスの作曲だが、ライヴ演奏のスポンテニアスな相互作用により譜面に描かれていない展開が生まれ、曲が生命体であることを証明する鮮烈なドキュメンタリーである。

しかしながら、ピッツィオコス達に限らず、即興ジャズのレコーディングは大抵一発録音、つまりスタジオ・ライヴが基本である。CP Unitの過去の作品ではホーンやエレクトロニクスが若干オーヴァーダビングされているが、一触即発のスポンテニアスな緊張感が濃厚に感じられる。それではこのライヴ盤はスタジオ盤と何処が違うのだろうか?

その違いとは「観客の存在」に他ならない。ほぼメンバーだけの隔離空間でのスタジオと、多数の観客が見つめるコンサート会場は、全く異なる演奏環境である。<演奏表現>は決して演奏者だけで生み出すものではない。観て、聴いて、感じる受け手がいて初めて成り立つのである。演奏の場に存在するありとあらゆる有機物/無機物/霊体/アトモスフィアが関係し合って生まれる演奏表現を完全に味わうためには、その場に居合わせることが理想であることは言うまでもない。しかしそれが叶わぬ場合は、CD/レコード/動画/ラジオ等を媒介として鑑賞する他ない。このライヴ盤を研ぎ澄ませた聴覚のみで感受しながら、エア視覚・エア触覚・エア嗅覚・エア味覚・エア第六感を働かせてCP Unitの演奏表現の本質を感じ取ることが、良きリスナーとなるための訓練になるだろう。

曲の間、存在を消そうとするかのように息を詰めたままでいて、演奏が終わるとワンテンポ遅れて歓声をあげる聴衆の反応を聴いて筆者が思い出したのは、1966年7月のジョン・コルトレーン・カルテットの日本公演のライヴ盤(3枚組LPボックス2タイトル)であった。当時4歳だった筆者は当然その場にいなかったので想像するしかないが、やっと来日を果たしたモダンジャズの神様が、人気スタンダード・ナンバーを封印して内省的かつ難解なフレーズを延々と吹き捲くる様を目の前にして、同じく思索に耽るか、神に無言の祈りを捧げるか、思考停止に陥るかしかなかった日本の聴衆と同じように、現代ヨーロッパの聴衆が、初めて観るNYからの若手カルテットの異様な演奏に、息の根が止められたような静寂で応えるしかなかった事実は、ピッツィオコスたちが、享楽的なコールマンや、エモすぎるアイラーや、理知に支配されたブラクストンよりも、神秘的なコルトレーンの世界に無意識のうちに近づいていることを意味している。そんな解釈が、悪しきリスナーである筆者の妄念に過ぎないと誰が言い切れるだろう。(2019年8月30日記)

 

 

剛田武

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。会社勤務の傍ら、「地下ブロガー」として活動する。近刊『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。 ブログ「A Challenge To Fate」 http://blog.goo.ne.jp/googoogoo2005_01

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