#1634 『テニスコーツ&立花泰彦 / Waltz for Dubby』

閲覧回数 6,471 回

text by Keita Konda 根田恵多

7 e.p. ‎– epcd 114

Saya – Vocal, Key, Melodica, Trumpet, Per
Ueno Takashi – A. Guitar, Alto Sax, Vocal
Tachibana Yasuhiko – Wood Bass, Vocal

1. Take The “A” Train
2. Waltz For Debby
3. Mood Indigo
4. Early Spring
5. Fly Me To The Moon
6. 何気に
7. Yesterdays
8. 野球
9. Pannonica
10. My Funny Valentine
11. Monk’s Mood
12. 気分は浦河
13 Stella By Starlight

Recorded by Oshiro Makoto on 17-19 January 2018
Mixed by Oshiro Makoto, Tenniscoats in January 2019
Mastered by Oshiro Makoto in March 2019
at speaker-music, Tokyo

 

「ジャズとは何でしょう(What Is This Thing Called Jazz ?)」との問いに、あなたはどう答えるだろうか。

落語家として自身のキャリアをスタートし、ラジオパーソナリティーとして活動するようになった伊集院光は、先輩落語家であるヨネスケの「落語家が喋ったものは、すべて落語」という言葉に大いに励まされたという。この言葉の「落語」を「ジャズ」に置き換えてみよう。「ジャズミュージシャンの演奏するものは、すべてジャズ」。あながち間違っていないような気もする。「即興こそがジャズだ」とか、「スウィングしなけりゃ意味ないね」とか、「ジャズの本質は音楽の形式ではなくスピリットだ」とかとか、色々な言い方ができるだろうが、ヨネスケ落語論くらいに大雑把な捉え方をしてみると、割としっくりくる。

さて、いま目の前に置かれているのは「テニスコーツのジャズスタンダード集」である。さやと植野隆司による不定形な音楽ユニットであるテニスコーツの生み出す音楽を、既存のジャンルに当てはめることは難しい。しかし、少なくともテニスコーツを「ジャズミュージシャン」と呼ぶことには、誰もが違和感を覚えるのではないか。そうだとすると、ヨネスケ式ジャズ論からすれば、この作品はジャズではないことになる。では、この作品はいったい何なのだろうか。

 

 

本作の発売元(7 e.p.)のウェブサイトには、以下のような紹介文が掲載されている。

かたや結成から20年を超え国内外を問わず縦横無尽の活動を続ける、さや&植野隆司のデュオ=テニスコーツ。こなた活動歴40年超、ジャズ、劇伴、セッションと多方面に活躍するベース奏者・作曲家・編曲家、立花泰彦(1955年福岡県北九州市出身/北海道浦河町在住)。両者ともに親交の深い大友良英がキュレーションを務めた2017年の札幌国際芸術祭や立花の地元浦河のフェスティバルでの共演を経て、2018年1月に東京での3日間のセッションにて録音された本作。

本作に収録されている全13曲中9曲は、「A列車」「ムード・インディゴ」「星影のステラ」などの誰もが知るジャズスタンダードである(残りの4曲は、立花作2曲、植野作1曲、そして宇波拓作の「野球」)。立花の骨太のベースに支えられながら、テニスコーツの2人は見事に自分たちの音楽を展開している。これは単に他ジャンルのミュージシャンがジャズに「挑戦」したというようなものではない。3人で、この3人にしかできないサウンドを鳴らしている。

特筆すべきは、植野のサックスだ。植野は、たとえば優れたバップのミュージシャンがそうするように、楽器を思いっきり気持ちよく鳴らしてはいない。微妙に揺らぎながら、なんとも言えない、身体の奥から絞り出すような音色で吹き続ける。この植野のサックスには、胸に迫る謎の哀愁のようなものを感じずにはいられない。ジャズのサックスプレーヤーを評する際に、「パーカー派」とか「コルトレーン派」といった分類がなされることがあるが、植野はこうした分類には当てはまらないだろう。強いて言うならば、この植野のサックスの「味」に一番近いのは、ジュゼッピ・ローガンなのではないか。まさかの「ジュゼッピ・ローガン派」の誕生か?

考えてみれば、本作にはフリージャズに慣れ親しんだ者の耳により馴染む要素があるかもしれない。「天真爛漫で自由なテニスコーツの間に立って安定感抜群のベースを弾く立花」という構図から筆者が連想したベーシストが1人いる。それは、チャーリー・ヘイデンだ。オーネット・コールマンの『The Empty Foxhole』。バシャバシャと無邪気にドラムを叩くデナード・コールマン(録音当時10歳)と自由人オーネットに挟まれ、ヘイデンは重心の低いベースで全体のサウンドを支える。ヘイデンばりのベースでしっかりと全体を支え、さらには作曲においても大いに貢献している立花の存在を抜きに、本作のサウンドはあり得なかっただろう。

本作は、おそらくジャズであり、おそらくジャズではない。これがいったい何なのか、“Jazz and Far Beyond”を標榜する本誌Jazz Tokyoの読者に、ぜひとも自分の耳で確かめてほしい。

 

 

アバター

根田 恵多

根田恵多 Keita Konda 1989年生まれ。福井県の大学で教員を務める。専門はアメリカ憲法、とくに政教分離、精神的自由権。主な著作に『判例キーポイント憲法』(共著、成文堂、2020年)『教職課程のための憲法入門〔第2版〕』(共著、弘文堂、2019年)など。ただのジャズファン。ブログ http://zu-ja.hatenablog.com/

コメントを残す

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。