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CD/DVD DisksNo. 259

#1646 『陳穎達(チェン・インダー)/ 離峰時刻 Off Peak Hours』

Text and photos by Akira Saito 齊藤聡

陳穎達 Ying-Da Chen (g, composition)
謝明諺 Minyen “Terry” Hsieh (sax)
池田欣彌 Kinya Ikeda (b)
林偉中 Wei-Chung Lin (ds)

1. Pink Dinosaur
2. 一旦結束這一切
3. 花紋
4. 日復一日
5. 離峰時刻
6. 宇宙航行日誌 Part1
7. 宇宙航行日誌 Part2
8. 塞車時光
9. 抱歉

Producer: Ying-Da Chen
Recording/Sound Engineering: Howard Tay/05 Studio
Cover Design: Wen-Chen Hsu. Sheng Chen. Shiya Hsieh/SUPER ADD ART STUDIO
Recording Studio: Good Sound Studio
Recording Dates: 15th-19th of Apr. 2019
Publishing: Feeling Good Music Co., Ltd. YD003

陳穎達(チェン・インダー)は台湾生まれのギタリストである。2008年から12年まではアムステルダム音楽学院でジャズギターを学び(師事したギタリストの中にはジェシ・ヴァン・ルーラーもいる)、再び台湾で活動を続けている。

彼は自身のカルテットを組み、これまでに『R.E.M Moods』(2014年録音)、『動物感傷 Animal Triste』(2017年録音)というCDをリリースしており、本盤が3枚目の作品にあたる。それぞれ個性がある盤で聴き応えがある。

たとえば、『R.E.M Moods』における「驕傲的環山女子」は原住民(台湾における先住民族の意味)のタイヤル族に伝わる民話を誇張した曲であり、言葉の発音をギターで引き継ぐ面白さがある。また、「生病之歌」は調子が悪そうな咳の声から始まりシャーマンによって治癒されるという展開をセロニアス・モンク風の曲想で描いており、ユーモラスだ。唐時代の奇妙な軍人をモチーフにした「安禄山」はさらに賑々しい。

『動物感傷 Animal Triste』は一転して落ち着いた感覚になる。90年代に日本で活躍したタレントのビビアン・スーに捧げた曲であり、リヴァーブを効かせて素直な憧れを形にしている。不穏な雰囲気や内に込めた感覚もある。

本盤のテーマはロード・ムーヴィーなどから着想を得たロード・ミュージックだという。確かにここには、どこか視えないところを目指す旅も、日常の街の移動も、さまざまな機微とともに音楽となって詰め込まれている。それでも都会生活者としてはラッシュアワーは避けたいし何よりロマンチックではない。それがタイトルの意味である。

アルバムは気持ちの良いドライヴから始まる。軽い薄紙を重ねたようなギターの和音、林偉中の程よいグルーヴが印象的だ。薄暗い風景を思わせる「一旦結束這一切」や「花紋」でも停滞感がないのは、合間合間に聴こえる池田欣彌のベースの貢献によるところが小さくない。同じ音を多用したビートに耳が吸い寄せられる。「日復一日」で音風景が変わる合図はリーダーの透き通り拡がりのあるギターであり、ソロにも存在感がある。林がマレットによって時間を刻み、日常生活の哀しみを効果的に表わしている。

そしてタイトル曲だ。はやる心と抑える心とがバランスし、謝明諺のテナーと陳のギターとが素晴らしいスピード感を創出している。レコーディングに立ち会って感嘆したことのひとつは謝の汲めども汲めども尽きないフレーズであり、毎回違うものがもりもりと出てくる。

さらに全員は宇宙にまで飛び出てしまう。チープな宇宙人との闘いの映画を全員で喜々として演出している。この文化の同時代感を愉しまないでどうするというのか。もちろんミュージシャンたちも愉しんでいる。スタジオでこの演奏を聴きながら、謝がよしオーヴァーダブだと言ってはいろいろと重ね、全員が笑っていたことが忘れられない。

旅はいずれ終わりを迎える。アルバムを締めくくる曲における謝のテナーのグラデーション、浮上しては隠れる陳のギターはさすがであり、雰囲気とともに耳に残る。

陳はかつて台北を訪れたヴォーカリスト高橋智美の招きにより、昨年と今年の二回札幌に渡り、ライヴハウス「くう」での「Taipei-Sapporo Jazz Connection」などにおいて演奏を行っている。日本と台湾は近い。実力あるミュージシャンの交流はまだまだこれからである。(文中敬称略)

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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