#1642 『早川岳晴/四色の蛇』
text by Masahiko Yuh 悠 雅彦
地底レコード B8 8F 2200円+tax
早川岳晴(エレキベース、コントラバス、歌)
1. Tango(早川岳晴)
2. Blues Millkonta(早川岳晴)
3. Wormhole(早川岳晴)
4. あの日(翠川敬基)
5. Caravan(Duke Ellington & Juan Tizol)
6. You Gotta Move(Fred McDowell /早川岳晴)
7. Hallelujha (Leonard Cohen /夢野カブ)
8. Trimalchio(早川岳晴)
9. March(片山広明)
2019年4月29日録音
録音&ミックス : 日永田広
Mastered by 近藤祥昭(GOK Sound)
Producer : 早川岳晴
Co–producer : 吉田光利(地底Records)
もう長いこと早川岳晴のプレイを目にしていないので、彼のアルバムを評価する資格は正直に言って私にはないかもしれない。脳裏に焼き付いていることといえば、もうかれこれ20年近く前になるだろうか、早川岳晴が藤井郷子の誘いに応じ、田村夏樹とドラムスの吉田達也を加えた4者でグループを立ち上げたことがあったことだ。たしか2000年のことだったと思うが、藤井自身がロックバンドと振れ回っていたことを思い出す。いや、アヴァンギャルド・ロック・アンド・ジャズ・バンドと言いたいくらい、数年の間に発表した5枚のCDは米国の批評家をも驚かせるほど自由な気風に満ち、カテゴリーの無力さを人々に知らしめるべく暴れまわった。実に頼もしい活躍ぶりだったことを思い出す。2007年の『Bacchus』が当時のスイング・ジャーナル誌で日本ジャズ賞の第4位に推されるなど大きな注目を集め、中川ヨウがそのSJ誌で賞賛したり、誰だったか「これを聴くとジャズの枠さえも窮屈に感じられる」と評したり、あるいは米国やカナダのアクチュアルな批評家の賛辞を集めるなど先鋭的な音楽ファンの高い関心を喚起したことなど、何をするか分からない田村=藤井の発想の自在さに目を丸くしたものだった。何より数あるベース奏者の中から早川岳晴に白羽の矢を立てたところがいかにも藤井郷子らしい、と感心したことをつい昨日のことのように思い出す。あとで田村夏樹に確かめたら、これはサトコの決断ですからと逃げられたことも今となっては懐かしい思い出だが、奇妙なことにあれから20年近くが経ったとは当の私には思えない。当の早川にとっては、彼が生活向上委員会という大所帯グループで活動しはじめたころから、いわゆるオーソドックスなジャズから次第にジャズ路線をはみ出して活動する当時の若手(たとえば、梅津和時や片山広明、あるいは翠川敬基ら)と音楽を活性化させるべく、より自由な(フリーな)表現を活用しながらも彼らしい大胆なアイディアでファンから注目されたころにかけての時期だったのではないかと思う。それほど記憶が薄れるくらい歳月が流れたということだろう。
本アルバムの冒頭を飾った「Tango」を聴きながら、ここでもやはり時の流れを思わずにはいられなかった。浮ついたところや、あるいは若かりしころを彷彿させるかのような意気がったところがまったくない。やはり年功と言うべきか。なるほど音のすわりが落ち着いていて、しかも血色の良さをいささかも失っていないのだ。タンゴといっても全編タンゴのリズムで肉迫するわけではないが、提示部のところにタンゴらしい特徴がよく出ている。この「Tango」を聴いて、早川の音楽的センスが私のような者にも心地よくアピールする爽やかさが、もしかすると本作全編を貫いているのではないかとの私の素人臭い観測が決して的外れではなかったことが、後続演奏を聴くにつれ確認できたようだ。
地底レコードの吉田光利氏も、当の早川からベースのソロ・アルバムの打診を受けたときはさすがに ”何を思ったのか” と訝るほどだったらしいが、了解のサインを送るとまさに氏の期待に応える、誰の助けも借りないソロ・アルバムを作って見せたのだから、早川にとってまさに機の塾した時が今だと確信した上での要請であり、吹込だったといってもいいのではないか。その上で私が注目したのは、彼がアコースティック・ベースを演奏するのか、演奏するとして何曲やるのかという点だ。デューク・エリントン楽団の演奏で名高い「Caravvan /キャラヴァン」を取り上げているが、この曲では彼はエレキ・ベースを演奏し、もっと聴きたいと思わせるほど鮮やかなプレイで魅了した。実は早川がアコースティック・ベースを演奏したトラックは本作には2曲ある。(4)の「あの日」と本作を締めくくった(9)の「March」だ。前者は翠川敬基で、後者が片山広明。両者とも演奏活動を共にした早川にとっての得難い友人たちだというところが面白い。私が感心したのは早川のベース・テクニックだ。正確な音程といい、高度なテクニックといい、「あの日」での弓弾き奏法やテーマ後のピッチカート奏法の正確で安定した彼のベース技法は、ふだんアコースティック・ベースから離れている人とはとても思えない。実に精確でみずみずしい。最後の「マーチ」にしても普段エレキ・ベースを弾いている人の演奏とは思えぬ、最後を飾るにふさわしい貫禄豊かなウッドの響きとフレーズだ。
ふだん私が聴いていないからかもしれないが、(6)「You Gotta Move」と(7)「ハレルヤ Hallelujha 」での彼のヴォーカルが愉快。前者が英語で、後者は日本語。すると後者の夢野カブとは日本語歌詞の考案者か。どちらにしてもこのコミカルな味は早川の持ち味なのだろう。それはともかくとして、全体を通じて聴く前に想像した演奏とは違って、意外にと言いたいくらいまっとうなアルバムで、感心しながら聴いた。すべてのトラックに言えることだが、音程の確かさ(とりわけ「あの日」)といい、豊かな音楽的センスといい、おそらく彼は生涯に初の、ベース・ソロアルバムの秀作を吹き込んだといって間違いない。(2019年10月20日記)
*録音レヴュー(及川公生)
https://jazztokyo.org/reviews/kimio-oikawa-reviews/post-45725/
*本誌関連記事(CDレヴュー)
#1638 『翠川敬基&早川岳晴/蛸のテレパシー』(金野吉晃)