#1652 『Aki Takase + Ingrid Laubrock / KASUMI』
『高瀬アキ+イングリッド・ラウブロック/KASUMI』
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text by Yoshiaki Onnyk Kinno 金野onnyk吉晃
INTAKT Records Intakt CD 337 / 2019
Ingrid Laubrock: Saxophones
Aki Takase: Piano
1. Kasumi (Laubrock/Takase) 2 : 02
2. Andalusia (Takase) 4 : 10
3. Brookish (Laubock) 2 : 23
4. Chimera (Laubrock) 3 : 06
5. Harlekin (Takase) 4 : 12
6. Dark Clouds (Takase) 5 : 01
7. Scurry (Laubrock/Takase) 1 : 27
8. Sunken Forest (Laubrock) 6 : 37
9. Density (Takase) 2 : 44
10. Win Some, Lose Track (Laubrock) 3 : 31
11. Poe (Takase) 4 : 14
12. Carving Water (Laubrock/Takase) 2 : 22
13. One Trick Paper Tiger (Laubrock) 4 : 57
14. Luftspiegelung (Laubrock/Takase) 3 : 11
Recorded September 15, 16, 2018 by Michael Brändli at Hardstudios Winterthur, Switzerland.
Mixed and mastered by Michael Brändli.
Produced and published by Intakt Records, Patrik Landolt, Anja Illmaier, Florian keller. Intakt Records,
何度も聴きなおしてしまった。
聴く度に惚れ直す。
確かにどこかで聴いたような響き、覚えのある旋律が、浮かんでは来るが形を成す前にまぎれていくのだ。
曲としてなら二十世紀初頭のロシア、東欧、あるいはユダヤ系の作曲家達に近いだろうか。特に高瀬のピアニズムに、収容所に消えた四人の知られざる作曲家の作品を収録した隠れた名盤を想起する(『Shoah, Les musiciens martyres de l’holocauste』)。
また、ラウブロックのサックスに、フリーキーでないアンソニー・ブラクストンを思い起こす(余談ながら私が最初に好きになったサックス奏者は、ブラクストンであり、その理由はブルーズフィーリングが極めて希薄だったからだ。彼の音は「白かった」。私が<ECMのジャズ>を好きになったのも同じ理由だ)。ラウブロックのブレス音にフェティッシュを感じる私は変態か。
比較は無意味だと分かっている。似ている事は賞賛も出来ないし、非難にもあたらない。ただ、無性に何度も聴いてしまう私が居る。
この快感、耽溺を肯定する事は危険だ。この音楽に拝跪してはならない。私はこの音楽の強度に立ち向かわなければならない。それが真にこの音楽を聴く事だ。
このピアノとサックスの為の小品集は、各トラックにタイトルが付いているが、表題音楽という訳ではない。
タイトルなど不要だ。まあきっかけとか曲想のイメージを忘れないでおこうという程度だろうか。シャコンヌとかジーグとか書いてあっても誰も踊る訳ではないのと同じ。踊るのは聴いている意識、ダンシング・イン・ユア・ヘッド! くっきりした高瀬のタッチに、クラシカルな木管の奏法のように安定したラウブロックのパッセージ。世代差は感じない。
もしKASUMIが霞ならば、長谷川等伯の「松林図屏風」を意識してしまう日本人は私だけに留まるまい。「松林図屏風」から響いてくる音、それはやはり海童道祖の法竹であろうか。
(もっとも、あの絵は船に乗って海から見た浜辺の松林の図だとも言う。ならば聞こえてくるのは海風の音だろうか。まあ、どうでもいいことだが)
本作がKasumiで始まり、Luftspiegelung=「蜃気楼」で終わるのは何やら出来過ぎでもあるが、ドイツ語の原義が、大気の反射というのであれば、なるほど2人は音響という鏡をのぞき合っているのか。それは合わせ鏡のように無限に映し合うのか。
しかし覗き込む者は沈黙する。音響を聴く者もまた沈黙する。合わせ鏡の間から現れる悪魔を捕えるために。その悪魔こそが…。
私は蜃気楼を、霞を、悪魔を捕えるだろうか。