#1653 『エターナル・ウーム・デリラム / Eternal Womb Delirum #1』

閲覧回数 855 回

text by 剛田武  Takeshi Goda

Super Fuji Disc  CD: FJDS-378

エターナル・ウーム・デリラム
高橋廣行 : Per
有田数朗 : Key
坂本龍一 : Pf
斉藤 : B
毛長のJUN : G
ヒロシ : Vo. B
さんちゃん : G
ほか

1. 母胎内に回帰されたその目覚めと幻想
2. やっぱり
3. 雲の柱

1974年〜1975年録音

 

地下ロックと前衛ジャズと現代音楽の類い稀なる渾然一体。

去る11月2,3日、新宿Pit Innで「あれから50年~ ニュージャズホールを知ってるか?」と銘打ったイベントが開催された。1969年11月20日に当時のPit Innの2階の楽器倉庫を借りてオープンし、新しい音楽を模索し表現する「実験の場」となったニュージャズホールに所縁のベテラン・ミュージシャンと、彼らに影響を受けた若手ミュージシャンが出演し、フリージャズ/即興音楽の現在進行形を提示したイベントだった。筆者は最終回の3公演目を観たのだが、故・高柳昌行ニュー・ディレクションの意志を継ぐ今井和雄カルテットの轟音ノイズ演奏を浴びながら、同じ70年代の日本の地下で蠢いていたニューロック(敢えてこの呼称を使う)の胎動に想いを馳せていた。予てより筆者は、地下世界のジャズとロックは、すぐ近くにありながら、滅多に交差することがなかったという印象を抱いている。この日のPit Innに集まった60〜70代と思われる観客たちは、70年代当時の日本のロックを聴く機会はあったのだろうか?

両者が協同した場がなかった訳ではない。71年8月に千葉県成田市天神峰で開催された野外音楽イベント「日本幻野祭」はそのひとつである。三里塚闘争の流れで開催されたこの「祭り」には高柳昌行ニュー・ディレクション、高木元輝トリオ、阿部薫といったニュージャズと、頭脳警察、ブルース・クリエイションといったニューロックが同じステージで演奏した。婦人行動隊の盆踊りや頭脳警察の過激なロックに地元農民や学生運動家が盛り上がる一方で、前衛的で難解なニュージャズの演奏は、野次が飛び交い帰れコールが起こるなど冷たく迎えられた。しかし、それ以上に激しい拒絶反応を浴びたのは、深夜過ぎにトリとして登場したロックバンド、ロスト・アラーフだった。当時を回想してヴォーカリストの灰野敬二は語る。「フリージャズのときはまだいいんです、飛んでくるのがコーラの缶ぐらいだから。でも自分達の時は石だった(笑)*」。そんな反応の理由は「そのイベントは学生運動のまっただ中でやってたもので、農業をやってる人を鼓舞するという意図もあり、その中で自分達がわかりやすいアジテーションをしなかったから*」ではないかと灰野は言う。

ロスト・アラーフ(失われた笑い)は1969年5月にビートルズ・シネ・クラブ主催イベントに学生だった浅海章と高橋廣行がピアノとドラムのデュオで出演したことを切っ掛けに結成された。70年7月に灰野敬二がヴォーカルで加入、当初はギタリストも含む4人組だったらしい。70年夏から本格的に活動を開始し、ロック・フェスティバルや地方ツアーをはじめ、前衛劇団の音楽を担当することもあった。また高木元輝に直談判し、ライヴで共演したこともあったという。完全即興のピアノとドラムとヴォーカルによる不定形の演奏は、ロックともジャズとも現代音楽ともシャンソンとも言えない自由奔放なスタイルだった。それだけにハードロック/ブルース/プログレといった定型に則った他のロックバンドのファンからは、戸惑いと反感を買うことも多かったと推測される。

そんな中で彼らが最も親近感を持っていたバンドが裸のラリーズだった。1967年11月に水谷孝(Vo.G)を中心に京都で結成されたラリーズは、「夜・黒・死」をテーマとした文学的な歌詞と大音量のファズギターを特徴とし、30年近い活動の中でメンバーの公式な発言や音源が極端に少なく、アンダーグラウンドの伝説として神格化されてきたロックバンドである。2000年代以降に大量のブートレグ音源がリリースされるが、水谷本人の発言は一切なく、未だに謎に包まれた存在であることは間違いない。

本アルバムは、74年1月に活動停止したロスト・アラーフのドラマー高橋廣行が同年6月に結成したプロジェクト、エターナル・ウーム・デリラムの未発表音源集である。元々は72年に間章の主催イベント、新潟現代音楽祭での現代音楽家、有田数朗との出会いが切っ掛けで、高橋は現代音楽のような実験的なイベントをやりたいと思いはじめたという。

Track 1は高橋が企画した74年9月六本木俳優座での3日間に渡るコンサートに於けるライヴ音源。「母体回帰」をテーマにした実験的コンサートだったことが、当時のライヴ・フライヤーから伺える。有田数朗とその後輩の坂本龍一が参加、心臓の鼓動にはじまり、キーボードとオシロスコープによるアンビエント・サウンドに、電子音やピアノやパーカッションやウッドベースが入れ替わり立ち現れドラマティックに変幻するサウンド・パノラマは、タージ・マハル旅行団やタンジェリン・ドリーム等先達のスタイルを思わせるが、それらの「洗練」とは異質な無明の冒険精神に溢れている。怖いもの知らず故の可能性、つまり今風に言えば「伸びしろ」たっぷりの演奏である。Track 2は約1年後の75年11月の渋谷アダンスタジオでの録音。後に裸のラリーズに加入するヒロシ(Vo.B)と高橋を中心とするバンド編成で、ファズとワウワウを効かせたギタープレイがラリーズやフラワー・トラヴェリン・バンドを思わせるヘヴィ・サイケデリック・ロック。中盤で聴けるフリースタイルの即興演奏は、60年代末ドイツのヒッピー・コミューン・バンド、アモン・デュールに似たトライバルな混沌を産み出す。Track 3は同じく75年12月新宿開拓地での音源。ヒロシ、高橋、さんちゃん(G)ほかにキーボード等が参加して、ロック・ナンバーと無邪気な即興セッションが22分に渡って繰り広げられる。

そもそもエターナル・ウーム・デリラムというプロジェクトの存在自体、本CDがリリースされるまで全く知られていなかった。まさに日本の地下音楽の知られざる至宝(または残滓?)の発掘である。筆者のように近くて遠いジャズとロックのミッシング・リンクとして謎解きを楽しむのも(愛好家としては)悪くはない。しかしながら、アルバム全体に漲る無防備なまでの自由精神は、時代や社会やテクノロジーが変化しても常に変わることのない、人間の表現欲求の解放の証に違いない。今後の地下音楽の伸びしろを測る上で、教えを請うべき一枚である。(2019年11月27日記)

*文中の発言はブラジル国際交流基金サイト・灰野敬二インタビューより引用した。

https://fjsp.org.br/ja/entrevista/keiji-haino-jp/

剛田武

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。会社勤務の傍ら、「地下ブロガー」として活動する。近刊『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。 ブログ「A Challenge To Fate」 http://blog.goo.ne.jp/googoogoo2005_01

コメントを残す

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。