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Jazz and Far Beyond

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CD/DVD DisksNo. 260

#1654 『海原純子/RONDO』

text by Kenny Inaoka 稲岡邦彌

VOIX-D’OR JXCP-1119 ¥3000+tax

海原純子 (vo)
若井優也 (p)
安ヵ川大樹 (b on 1,2,3,4,7&8)
海野俊輔 (ds on 1,2,3,4,5,6,8&9)
伊地知大輔 (b on 5&6)
スティーヴ・サックス (fl,as on 5,6&9)

1. Everything Happens To Me
2. Give Me The Simple Life
3. Embraceable You
4. Then And Now*
5. O Conto das Nuvens(雲の物語)*
6. I Got Rhythm
7. The Boy Next Door
8. Moonray
9. It Might As Well Be Spring
10.Ordinary Fool
(*印は海原純子作詞によるオリジナル曲)

録音:2019年7月14~16日@テレビ朝日ミュージック六本木スタジオ
録音エンジニア:松下真也
MIX :テレビ朝日ミュージック六本木スタジオ
マスタリング:Dede AIR Mastering,  NY
マスタリング・エンジニア:吉川昭仁
ミュージカル・ディレクター:若井優也
Produced by Junko Umihara


ここのところ立てつづけに三枚、女性ジャズ・ヴォーカルの新作を聴いた。三枚とも還暦越えの女性による、しかも初めてのジャズ・アルバムというところが共通している。とりたてて ”還暦越え” を声を大にしているわけではないが、明らかにそれと分かる発言を通したキャリア・ウーマンの心意気が頼もしい。”人生100年” にあってそれぞれ折り返して点のひとつのモニュメントなのかも知れない。

最初に聴いたのが岡まゆみの『はじめてのJAZZ』。友人たちには名の通った女優だったがTVドラマや映画を見ない僕には未知の人だった。レパートリーはオリジナルを始め、ジャズ・スタンダードから歌謡曲、J-popまで、きわめてバラエティに富む。一聴、驚いたのがバックのミュージシャンのイキの良さだ。プロデューサー(塩田哲嗣。ベーシスト、録音エンジニアとしても活躍)の誘いに乗っていきなりNYに飛び、伸び盛りのミュージシャンをスタジオに集めたという。従来のパターンだと名のある大御所がお仕事で済ませるところだが、若手はもらったチャンスは逃さない。僕が好きなトラックは断然〈朝が来るから〉。日本語のオリジナルで、切ない女心を綴った歌詞(作詞 : 桑原裕子/ 作曲 : 大場映岳)とアップテンポの4ビートの非情さのアンバランスが感情を揺さぶる。間奏の演奏などまるでインスト曲を聴いているようなスリルを感じたほど。渋谷JZ bratのライヴも聴かせていただいたが、出自の四季で鍛えたミュージカルの語り口が基本になっているようだ。

次に聴いたのが Kishiko の『Love and Ballads』。友人の牧師のパートナーで彼らの教会の音楽師だが、音楽歴は長い。シンガーソング・ゴスペラーとでも言おうか、ゴスペル・アルバムやオリジナルの賛美歌のCDを何枚も出しているが、いわゆるジャズ・アルバムは今回が初めて。日本のピアノ・トリオをバックにジャズ・スタンダードを歌っているが、アメリカでの生活経験もあり英語の歌詞も安心して聴いていられる。2曲の賛美歌もきわめてジャジーにこなしており、あるいはそれと気が付かないリスナーもいるかも知れない。〈いつくしみ深き〉という賛美歌はもっとも知られた賛美歌のひとつなので、彼女のインタヴューに張られたyoutubeでゴスペル・ヴァージョンとジャズ・ヴァージョンを比較試聴してみるとその違いが一聴瞭然である。録音直後に召されたという師のピアニスト土井一郎のモットー、「弾き過ぎない」、「歌い過ぎない」彼らの演奏は聴いていて和みさえ感じさせる。

さて、直近は海原純子の『RONDO』というアルバム。海原純子という名前は “シャンソンを歌う心療内科医” として記憶の片隅に残っていた。海原純子は、”心療内科” という言葉が市民権を得る前から女性のストレスを中心に啓蒙と診療に邁進してきた医博である。アルバイトで始めた歌との両立と職場でのバッシングに苦しみ自らがストレス障害を抱える身となったが、「好きなことをやる」「やりたいことをやる」を処方箋として中断していた歌の世界に戻ってきたという歴史を持つ。ピアノトリオをバックに、数曲スティーヴ・サックスの管が入る。スティーヴは小野リサのサポートや東京ビッグバンドでもおなじみだが、海原の作詞を2曲英語とポルトガル語に翻訳している。英語詞の〈Then and Now〉は、海原の来し方、生き方を歌った内容で、ポルトガル詞の〈雲の物語〉は自らの想いを雲に仮託したと言ったら良いか。オープナーの〈Everhting Happens To Me〉がいちばん楽しめたが、オリジナルの2曲も歌いこんでいけばさらによくなるのだろう。なお、『Rondo』というタイトルは、ジャズを歌いたいという想いと継がれていく生命の循環を象徴しており、同名のオリジナル寓話がブックレットでCDに同梱されている。ギリシア神話のアポロンは音楽(芸術)の神であると同時に医術の神でもあるということなので、医療と音楽の両立は理に叶ったことなのかも知れない。

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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