#1956『札幌ジャズアンビシャス/One More Time!』
『Sapporo Jazz Ambitious / One More Time!』

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text by Takashi Tannaka 淡中隆史

BIRDS RECORDS XQDJ-1201  (2020/01/22発売予定)税込3000円

札幌ジャズアンビシャス;
奥野義典(as)蛇池雅人(as)小野健悟(ts)菅原良太(ts)横山ユウキ(bs)
菅原昇司(tb)河合修吾(tb)早川隆人(tb)板橋夏美(b-tb)
阿部裕一(tp)中嶋和哉(tp)中島翔(tp)末岡友介(tp)
花田進太郎(g)柳真也(b)舘山健二(ds)瀧村正樹(perc)
デヴィッド・マシューズ (p, arr. cond.)

Recorded & Mixed by Tomohiro Ikeda (L.T.Rec) at Geimori Studio, Sapporo
Mastered by Hiroyuki Tsuji (King Sekiguchidai Studio, Tokyo)
Directed by Kiyoshi Takase (Geimori Studio)
Produced by Makoto Kifuji (Office M2)


たとえば、1960年代の中ごろ結成まもない札幌交響楽団にヘルベルト・フォン・カラヤンが二代目の常任指揮者としてやってきていたら、一体どんなことになっただろうか?。
もちろん、これは筆者の勝手で奇妙な妄想だ。でも、2014年に起きたこと、デビッド・マシューズが札幌ジャズアンビシャスの「音楽監督」に就任したことを何かにたとえると、そのくらいのインパクトがある出来事だと思ってしまう。楽団名「アンビシャス」の「アンビション」とは、ただの「野心」ではなくて「大いなるこころざし」つまり「大志」と理解するのが札幌流(?)でふさわしい。そして5年が過ぎ、その成果が2020年1月リリースのファースト・アルバム、この『ワンモアタイム』として結実した。
初代の音楽監督は渡辺貞夫、次いで2年後からのデビッド・マシューズ時代になるとバンドの演奏力も格段と成長した。ホールでの定期公演でレパートリーを広げ、ユニークな共演者やゲストを招いては大きな話題を獲得するまでになった。
そのあり方は日本やアメリカの、というよりヨーロッパのジャズ・ビッグ・バンドに近い。ドイツや北欧を始めヨーロッパの都市には地方自治体や放送局をバックとして生まれ、地元で愛されて遂には海外遠征をするレベルになる「ジャズ・オーケストラ」がいくつも存在する。そこには歴代の音楽監督がいて定期演奏会だけではなく本拠地とするホールやスタッフもライブラリアンまでもがいる。演奏するレパートリー、テーマ、共演者、ゲストを音楽監督と共に選ぶ。刻んでいく長い歴史はまるでクラシックのオーケストラやオペラと同じで「地元の誇り」といえる存在だ。
そしてバンドには「その土地」でしか表現できないテイストが育つ。みんながその姿に未来を感じている。札幌ジャズアンビシャスの歩みはそれに答えているものだ。
札幌ジャズアンビシャスはオーソドックスなビッグバンドの楽器編成をとっている。サックス(5)、トロンボーン(4)、トランペット(4)に加えてマシューズのピアノとベース、ギター、ドラムス、パーカッションの17人編成が基本だ。日本の各地にある大学や社会人、プロのバンドと同じ標準的なフル編成と言える。
他方、マシューズの「MJOタイプ」では編成が大きく異なる。MJO(マンハッタン・ジャズ・オーケストラ)の往年のメンバーにはルー・ソロフ(tp)、ジム・ピュー(tb)、クリス・ハンター(sax)などがいて、その他に、フレンチホルン、バス・クラリネット、チューバまでもが加わり、特色のあるサウンドを持っている。そういった「異形の系譜」はデューク・エリントン〜クロード・ソーンヒル〜ギル・エヴァンズ〜デビッド・マシューズと引き継がれている貴重なものだ。

この『ワンモアタイム!』に収められた多くのアレンジには元々MJOタイプの特殊編成のためのものがあったはずだが、札幌ジャズアンビシャスのオーソドックスな編成でもその「マジック」を発揮できるのか?。こんな疑問にはマシューズが一刀両断、素晴らしい解答を示していて、そこが『ワンモアタイム』の聴きどころだ。マシューズの的確な指揮とピアノ、バンドはそれに熱血と渾身の演奏とで応えている。メンバーはアンサンブルを楽しみ、レコーディングに立ち向かうよろこびが伝わってくる。オーソドックスな編成であっても「マシューズの魔法」が響きわたって光を放っている。それが5年間で自然と浸透した新しい伝統なのだ、ともう一度感心してしまう。
アルバムは全部で9曲からなる。ジャズ・スタンダードの王道〈モーニン〉、〈アイ・ガット・リズム〉、〈A列車で行こう〉、〈シング、シング、シング〉などはマシューズが、かつて幾度もアレンジを行い、そのたびに独特の個性を発揮してきた曲だ。バンドのメンバーも演奏経験があるはずの名曲たちがユニークなアレンジに練り上げられて、生まれ変わっている。ミュージカル「マイ・フェア・レディー」よりの〈踊り明かそう〉、A.ピアソラの〈リベルタンゴ〉がとても新鮮に響く。オリジナルの〈ビッグ アップル・ジャム〉のほか〈ホッカイドウ・サンセット〉と〈アンビシャス・テーマ〉は言うまでもなくマシューズのバンドへの書き下ろしだ。

デビッド・マシューズとは誰か。ジャズのなかでどのような存在なのか?。
実は、日本人が世界で一番この答えを知っているはずだ。70年代以降にポール・サイモン、ジョージ・ベンソンなどのプロデュースやCTIレーベルで大活躍した当時30代のマシューズは我々にとって憧れの「新進気鋭の天才アレンジャー」だった。今のアメリカの人々にとってそれらはすでに昔話になってしまったかもれない。しかし、日本の音楽ファンは1984年に始まった「マンハッタン・ジャズ・クインテット(MJQ)」、1989年からの「マンハッタン・ジャズ・オーケストラ(MJO)」を中心とするマシューズの活躍をリアルタイムに親しんできた。これらのすべてはプロデューサーの川島重之氏とマシューズとの「連帯と友情」のたまもので彼等の活動は現在までも続いている。

1942年生まれのマシューズは一時期のヨーロッパでの活動をのぞいて、長年をニューヨークで暮らし、近年は日本に居を移して今は北海道、千歳に暮らしている。そこまで日本を好きになってくれて、日本での音楽活動を愛してくれてありがとう!と言いたくなる。
そんなマシューズがもたらしてくれる音楽の「マジック」とはいったい何なのだろう?
今までの長年の彼との会話を思い出すと、マシューズは「ジャズ」だけではなく多くの音楽について語ってきたことに気付く。数多くのアルバム、コンサート、ツアーではマイルスやデューク・エリントンにとどまらずラテン・ミュージックやクラシック音楽、バッハまでをとりあげてきた。様々なエピソードを聞かせてくれたのは美しい思い出だが、彼の音楽のひとつの核心と言えるギル・エヴァンスについて語るとき、その言葉にはことさらに熱がこもっていた。ギルの音楽はマシューズにとっての「魔法のみなもと」で、そこには多くの「謎」と「種」が潜められていたはずだけれど、どうも話が難しすぎて私にはわからなかったこともあった。「私はギルのマジックを信奉していて、今だに追求しているのだよ」と語ってくれたことだけは確かだ。

2年ほど前のはなし。札幌育ちの(といってもよいと思います)ジャズピアニストのハクエイ・キムさんと札幌市内を車で走っているとき、窓の外の景色を一緒に見ながらいった彼のことば、は、
「やっぱり、札幌に帰ってきて風景や空気に触れると、それが僕の中にしみ入っていて、僕の音楽もここから生まれたなって感じるんですよ」、「ほら、オスロというところがECMの音を生みだしているのとおなじように」。
「オスロ」の一節は彼と私が共有しているECMレーベルのイメージを伝えてくれたひとつの例にすぎません。だけれど、「土地の地霊がそこだけの音楽をはぐくんでいる」という一説は自分でもびっくりするほど大きく心に響いた。
「いったい、何のたとえ話ですか?」と、だれかに聞かれそうだけれど、こういうことなのです。
デンマークのビッグバンドにはデンマークの、
南フランスのオーケストラには南フランスの、
東京のジャズバンドにはTokyoの、
もちろん、ニューヨークのジャズクラブからはNYCだけの「おと」がきこえてくるように
それぞれの「風と土」が思いっきり反映してこそ、個性のある音楽が育っていくのだ、と思う。
だから、札幌という美しい土地からはほかではおこりえないような美しいことがおきている。札幌ジャズアンビシャスに、北海道に住むことになったマシューズにもすでに「地の霊」は降臨していて新しい音楽が確実に芽生え始めたようだ。

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淡中 隆史

淡中隆史Tannaka Takashi 慶応義塾大学 法学部政治学科卒業。1975年キングレコード株式会社〜(株)ポリスターを経てスペースシャワーミュージック〜2017まで主に邦楽、洋楽の制作を担当、1000枚あまりのリリースにかかわる。2000年以降はジャズ〜ワールドミュージックを中心に菊地雅章、アストル・ピアソラ、ヨーロッパのピアノジャズ・シリーズ、川嶋哲郎、蓮沼フィル、スガダイロー×夢枕獏などを制作。

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