#1660 『Sam Rivers Quintet / Zenith』
『サム・リヴァース・クインテット/ゼニス』

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text by Yoshiaki onnyk Kinno  金野onnyk吉晃

Sam Rivers Archive Project, Volume 2: Zenith
NoBusiness Records NBCD 124

Sam Rivers – tenor and soprano saxophones, flute, piano
Joe Daley – tuba, euphonium
Dave Holland – bass, cello
Barry Altschul – drums
Charlie Persip – drums

Universal Message  53:19

Recorded 6th November, 1977 in Berlin, Germany
Re-mastered by Arūnas Zujus at MAMAstudios


“VOX ZENITH”

先日大新聞のコラムに「初釜やいまぞ生きよと富士の土」という句が紹介された。古風な、と思ったらAIが詠んだのだという。まあ、古来の膨大な俳句と季語、組み合わせの可否などを設定し、「学習」させれば次第に無意味な物は消え、あたかも意味深な句が出来ますよという訳だ。去年はAIが即興演奏をしたというので一部は騒いだようだが、その主体とモチベーションそしていかに終わらせるかが音楽だと思えば、それはインスタレーションに過ぎないと言い切れるだろう。
また皆さんご経験だと思うのだが、アマゾンで買い物をすると「この商品を購入された方は、以下のような商品も!」とまあ、見事にこちらの趣味を見抜いてくるし、Spotifyなどでランダムに自分のテイストの曲がどんどん流れてくるのに驚いたという御仁も多々あろう。
そして、貴方はそれにむかつきますか、それとも「まあそんなに目くじらたてなくたって」と許容しますか。
確かにこの流れは今に始まった事ではない。誤解されているのは、マーケティングという方法が「いかなる需要がどこに、どれだけあるか」という問題ではないことだ。我々の欲求、欲望、購買は決して、需要の在処に操作されてはいない。供給こそが我々のモチベーションを刺激するのだ。言い換えよう。「革新的で、現状改革を叫ぶような芸術こそが、音楽経済を発展させるのです」。
いや、今は違う。原盤リマスター、未発表ボーナストラック、音像がクリアになった、あの名盤が廉価シリーズで甦る、という訳だ。大いに結構。
私はエヴァン・パーカー、デレク・ベイリー。ハン・ベニンクに出あうまで、彼らの音楽など全く要求したこともなかったのだ。しかし一度出あってしまったが最後、彼らを聞くことを止めるのは出来なかった。いや、今なら私は即興演奏の呪縛からようやく抜け出ることができる。だが、それを脱したところで何があるのだ?
SF映画の話をさせてほしい。もし貴方に関心が無くてもそれは構わない。
「キューブ」の最後に生き残った白痴はどこに行くのか。
「THX1138」の主人公はディストピア社会から脱して如何に生きるのか。
「トゥルーマンショウ」の主人公はスタジオの外で何をするつもりか。
「ソイレントグリーン」では最も安穏な人生の終わりは他者の食料になることだ。
どの映画も問題を投げかけて終わっている。ああ、そうか、もし人間が人間を疎外するのでなければ、全てはマシンに支配された世界でもはや人間は「疎外」なんて感じることもなく眠っているだけなんだ。
ゲームを楽しんでいる自分を夢見ている脳としてのワタシ。

「なにをどうやったところで、皆はスマホを見るのをやめないし、新しい音楽をダウンロードするだけなのさ」
「ダウンロードだろうと、CDを購入しようと資本主義には変わりない」
「そんなことアルバムレビューに書くべきじゃないんだろうな」
「そう、これは間違ってる。レビューの枠の中に収まってなきゃいけないんだ」「JT以外ならね。だって、この仕事は『ノー・ビジネス』なんだぜ!」

ゼニス、天頂とはまた、なんと美しい響きの言葉であろうか。語源はアラビア語で天への道を意味するという

72年のECMに録音されたデイヴ・ホランド・カルテット『カンファレンス・オブ・ザ・バーズ』は私の最も好きな一枚でもある。ジャケットの、プエブロ・インディアンの絵も素敵だ。
ここでリヴァースはデイヴ・ホランドとバリー・アルチュルと共演した。この2人は60年代のチック・コリア・トリオそしてサークルを経て、ブラクストン・カルテットでも一緒だった。何も不安は無い。リヴァースは思う存分、どんな楽器でも展開できるのだ。
ここで紹介するのは77年のベルリン・ライヴ。再びホランド、アルチュルが参加している。ドラムはもう一人、チャーリー・パーシップ! ジャズ界の伝説の一人ではないか。最近鬼籍に入ってしまったのが悔やまれる。彼も全く隙のないシャープな演奏を聴かせる!ツインドラムになったことでさらに密度の高い壁がそびえ立つ。そしてチューバとユーフォニアムをジョー(ジョセフ)・デイリーが受け持つ。プレイヤー以上に教育者、作曲家としての活躍が知られるが、リヴァースとは肝胆相照らす間柄。リヴァースのカウンターサイドに、しっかりと柔らかなテクスチュアが広がっている。
しかし相変わらずホランドのきめ細かい演奏が凄い。この人はイマジネーションが尽きるということが無いのか。勿論彼の演奏に、ミンガスやチェンバースのような濃さ、渋さを求めるのは無意味だ。しかしこのアルバムZENITHのリーダーは、かのリヴァースである。リヴァースとホランドは共演盤が数枚ある。相性がいいのだろうし、信頼関係がある。リヴァースの雄々しく、技巧に走らないサウンドは、その最初の一音から食い込んでくる。テナーもソプラノもピアノもフルートも。
この音の決して鈍らない強度、そして延々持続する意志の燃焼。これは他でもないサム・リヴァースという「妥協しなかった男」「最後の硬派」の、今我々が接し得る全てではないのか。小手先のテクニックに頼らないマチェーテのような刀で、常に自ら先頭に立って、後進のために道を切り開いたジャズマン。彼の音楽は兄弟愛や主義主張のためではなく、彼の音楽理念、演奏への情熱が押し進める。
彼の道は天頂に通じていた。何故か。
そこから彼は天空を切り裂き、この虚構の世界の舞台裏を見せようとしたのだ。「裏切らないのは音だけだ」といわんばかりに。

グルジェフは、この世界で目が覚めている者は数人もいないといった。彼はその一人に会ったという。しかしその男は狙撃兵だった。
グルジェフは多くの者を覚醒させようと生涯苦労した。そして教団を作った。しかし彼の死は意外に早くやって来た。弟子と教えと音楽が残った。

私はリヴァースの出す全ての音が、世界の幻想を糊塗する「いわゆるジャズ」ではないと信じる。貴方はどうだろうか。もし眠りから覚めても、また寝入ってしまうのは希な事ではない。眠れば世界は存在しないのだ。

金野

金野 "onnyk" 吉晃

Yoshiaki "onnyk" Kinno 1957年、盛岡生まれ、現在も同地に居住。即興演奏家、自主レーベルAllelopathy 主宰。盛岡でのライブ録音をCD化して発表。 1976年頃から、演奏を開始。第五列の名称で国内外に散在するアマチュア演奏家たちと郵便を通じてネットワークを形成する。 1982年、エヴァン・パーカーとの共演を皮切りに国内外の多数の演奏家と、盛岡でライブ企画を続ける。Allelopathyの他、Bishop records(東京)、Public Eyesore (USA) 等、英国、欧州の自主レーベルからもアルバム(vinyl, CD, CDR, cassetteで)をリリース。 共演者に、エヴァン・パーカー、バリー・ガイ、竹田賢一、ジョン・ゾーン、フレッド・フリス、豊住芳三郎他。

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