#1661 『Go Hirano / Corridor of Daylights』
Text by 剛田武 Takeshi Goda
Black Editions LP:BE-008/157
Go Hirano – Piano, Pianica, Windchime, Percussion, Voice
Roderick Zala – Guitar, Effects on “coral”
Side A
1 Airborn
2 Corridor of Daylights
3 Higan
4 Windy Shores
5 At Noon
6 Coral
7 Fragrant Olive
Side B
8 Heartstone
9 Pure Waters
10 Fireworks
11 Ice
12 Gogonohikari
13 Airstream
14. Sleep Valley (bonus track)
Engineer – Takashi Yoshida
Producer – Hideo Ikeezumi
Illustration – Kiyomi Enomoto
Artwork – Rikako Tanaka
Mastering – Elysian Masters
Originally released on CD in 2004 by P.S.F. Records, Japan (PSFD-157)
白昼夢の夢幻回廊に立ち昇る地下音楽家の信念
平野剛の名前は90年代半ばモダーンミュージック/PSFの音楽誌『G-Modern』の連載「知られざるPsychedeliaたち」の筆者として知った。海外で発掘されたレアなサイケデリックバンドを詳細に解説しており、その博識ぶりには一介のサイケ愛好家として憧れた。実際に彼は下北沢にあった「F’lmore Records」というマニアックなレコード店のオーナーで、筆者も定期的に通っては雑誌でしか見たことのない(インターネット以前の時代である)レア盤を羨望の目で眺めるばかりであったが、ごくたまに清水の舞台から飛び降りる覚悟で4桁後半の値のついたレコードをカウンターへ持っていったものだ。すると見るからに趣味人風の店主が品定めするような鋭い一瞥をくれて、カウンターの奥から店頭に出していない秘蔵盤を取り出して勝ち誇ったような微笑を浮かべて「こんなものもありますよ」と言ったものだった。5桁の数字が並ぶそれらの骨董品レコードの多くを、筆者が見たことも聴いたこともなかったが、中にはガイドブックでレア度五つ星が付いた幻の一品があり、レコードを捲る指が震えることも多々あった。平野は現在も鎌倉で同名の通販ショップを運営し、定期的に届くカタログの詳細な作品解説を読みながら、高根の花のレコードリストにため息をつくばかりである。
そんな平野がミュージシャンだと知ったのは、21世紀初頭に中古レコード店のノイズ/アヴァンギャルドセールで出会ったGo Hirano名義の1st LP『Distance』(93)だった。ヴァイオリンやギター、エレクトロニクスやガラス片を使った実験的な物音ノイズは、リリース元のPSFレコードの地下音楽のイメージにふさわしいが、90年代に“ジャパノイズ”と呼ばれ海外で人気を博したエレクトロニクス中心のハーシュノイズとは一線を画すアコースティック感覚が新鮮だった。その後にやはり中古盤で見つけた2nd LP『Reflections of Dreams』(95)は、打って変わって童話的なジャケットに包まれ、実験性が薄まった幻想的で美しいメロディー群が収められた小品集だった。映画のサウンドトラックを思わせるメランコリックな抒情性は、やはり音楽というよりサウンドスケッチという印象がある。その後PSF関係のイベントで平野のライヴ演奏を観る機会があった。ピアノとピアニカによる静謐なステージは、灰野敬二や三上寛、今井和雄などPSFのレーベル・メイトたちの激烈な爆音演奏に負けない平野剛の地下音楽家としての信念の強靭さを感じさせた。
PSFのカタログ再発を手掛けるBlack Editionsの8作目にあたる本作は、2004年にCDでリリースされた3rdアルバム『Corridor Of Daylight(昼光の回廊)』のアナログ・リイシューである。ファンタジックなアートワークと付属絵本がオリジナルCDを凌駕するほど美麗な装丁で再現され、「レコードはアート作品」と語るレーベル主宰者ピーター・コロヴォスの愛情が反映されたリリースである。前作同様ピアノ、ピアニカ、ウインドチャイム、パーカッションなどアコースティック楽器によりハンドメイドで織り成された素朴な小品が無作為に投げ込まれたようなさり気なさの裏に、レコードショップやライヴで感じた平野の鋭利な眼差しが潜んでいるのが感じられる。しかし「意志の重み」を微塵とも感じさせない浮遊感は、サイケデリック・トリップの悪夢から醒めたあとの薄明の先に見える風景に通じるに違いない。
ここ数年海外の音楽ファンから注目されるアンビエント/環境音楽ブームのおかげで、平野の音楽にも関心が集まっていると聞く。どのような形でも構わない。謎多き日本地下音楽の闇に薄暮の光を放つ秘宝がより多くの人たちの耳に届くことが、何よりも重要なことである。(2020年1月28日記)