#1972 『CP Unit / One Foot On The Ground Smoking Mirror Shakedown』

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Text by 剛田武 Takeshi Goda
Ramp Local CD/DL : RL48

Chris Pitsiokos – alto saxophone, electronics
Sam Lisabeth – electric guitar
Henry Fraser – electric bass
Jason Nazary – drums and electronics

1. One Foot On The Ground
2. Orelius
3. Sibylant
4. Tarpit

Recorded at Seizures Palace in Brooklyn, NY on August 12, 2018
Mixed and Mastered by Ryan Power
All music by Chris Pitsiokos (BMI)
Album art by Richard Lenz

Chris Pitsiokos official site 

欺瞞を見破り正気を保つためのハーモロディック・ダンシング・ブルース。

2017年に始動したクリス・ピッツィオコスのレギュラー・グループCP Unitの4作目。2018年5月のヨーロッパ・ツアー直後の同年8月にニューヨークで録音された。メンバーはツアー時と同じくピッツィオコス(as)、サム・リザベス(g)、ヘンリー・フレイザー(b)、ジェイソン・ナザレー(ds)。

M1「One Foot On The Ground(片足を地面につけて)」。冒頭のギターのリラックスしたフレーズが、これまでのCP Unit=クリス・ピッツィオコスの過剰で痙攣するスピードに馴染んだ耳に新鮮な驚きをもたらすに。昔の流行歌ではないが「スローなブルースにしてくれ」と誰かにリクエストされたのだろうか。ウォーキング・ベースの上のアルトとギターの微妙にズレたユニゾンは、「ロンリー・ウーマン」のオーネット・コールマンとドン・チェリーを思わせる。ムーディーなアルトのソロは次第に吃逆するように逸脱し、隙間の多い四人のアンサンブルがスピード競争で摩耗した我々の疲弊した魂を洗浄し、正気に戻すデトックス効果を発揮する。

いつも通り一見しただけでは分かりにくい文学的なタイトルが付いている。直訳すると「片足を地面につけて 煙を吐く鏡の淘汰」。One Foot On The Ground(片足を地面につけて)とは、正気を保つこと。両足を突っ張ると硬直してしまうし、両足を地面から離すと文字通り浮き足立ってしまう。片足は自由奔放に冒険するとしても、もう片足はしっかり地面を踏み締めて、コントロールが失われないようにしなければならない。

M2「Orelius(オレリウス)」は2nd『Silver Bullet In The Autumn Of Your Years』(2018)、ライヴ・アルバム『Riding Photon Time』(2019)にも収録されたピッツィオコス節全開の変拍子緊縛チューン。ギター、ベース、ドラム三つ巴の疾走をリズミカルに分断するサックスの斧の鋭さ。アルトとギターの静寂と喧騒の繰り返しは、トムとジェリーの追っかけっこを思わせる。ピッツィオコスの音楽には古き良きアメリカン・コミックスのユーモアがある。次々と場面が移り変わり、それぞれのキャラクター(楽器)が見せどころ(聴かせどころ)を競い合うどんドタバタ劇は、高度な音楽性や鋭い社会観察眼を身につけたピッツィオコスの心の奥に棲む無邪気な子供の顔を垣間見せる。

Smoking Mirror(煙を吐く鏡)とは、人を欺くために意図的に物事を隠す意味で使われる「Smoke and Mirrors」のもじりだという。煙が充満した鏡だらけの部屋に入れられたら、何が本当で何が嘘か分からないだろう。ピッツィオコスによると「鏡」とはスマホやパソコンの画面を意味する。ソーシャル・メディアの虚実入り乱れた情報が真実を曖昧にし、受け手は自分に都合の良い解釈しか受け入れようとしない。つまりスマホのスクリーンは真実を映せない我々の心の鏡に他ならない。

M3「Sibylant(シビラント)」は前作『Riding Photon Time』でライヴ・ヴァージョンが披露された。ハードボイルドなブラッシングで幕を開け、陽気に騒いでいた悪戯ものの演奏家たちが、知らない世界へ迷い込んで戸惑しながら、恐る恐る探索する。曲がり角から何が飛び出すかわからないから慎重に。ベースのユーモラスなオートワウが逆に警戒心を煽り立てる。アルトがひときわ大きく歌い上げるのは、恐怖心を音で掻き消そうとしているのだろうか。自分の音が何かに共鳴し得体のしれないひび割れた音響となって襲いかかる。サスペンス映画の予告編を観ている気分になる。

殺人の証拠となるSmoking Gun(煙を上げる銃)になぞらえてSmoking Mirrorとすることで、スマートフォンやSNSがいまや危険な殺人兵器になり得ることを表している。また、アステカ神話の主要な神のひとつで、キリスト教の宣教師から「悪魔」とされたテスカトリポカ(Tezcatlipoca)が文字通り「煙を吐く鏡」を意味する事も指摘しておきたい。そしてShakedown(淘汰)は、現代社会が経験しているヒエラルキーと価値観の抜本的な変革を意味している。

M4「Tarpit(タールピット)」。悪戯心を取り戻したベースのこんがらがった導入部に薄く絡むエレクトロニクス、追随するアルトとギターの合いの手にドラムが脱臼ファンクを叩き出す。アルトが真っ先に暴走しはじめ、ドラムとベースに火を点ける。ギターが対位法的に加わり、ケイオティックなバトルが繰り広げられるが、自己陶酔の対極にある覚醒した意識の下でコントロールされた混沌は、次第に音数を減らし緊張感が高まる中、四者の魂が互いを刺激し合いながらエピローグへと収束する。

つまりアルバム・タイトルに籠められた意味は、スマホを通して伝えられる欺瞞に騙されないように、正気を保って現代社会を改革しよう、という社会性の強いメッセージなのである。

しかしながら、ピッツィオコス達の音楽が頭でっかちなメッセージソングではないことは、CP Unitの演奏を聴けば明白である。とりわけ本作を聴いて感じるのは、彼らが目指すのが新世代のダンス・ミュージックに他ならないことである。さらにこれまでになかったアメリカーナ=ブルースの要素を加える事で、より広範な音楽ジャンルと演奏スピリットを注入し、逼塞した今の時代を生き抜こうとする強い決意を表明した意欲作となった。スケールアップしたCP Unitの演奏をぜひとも日本で観てみたいものだ。(2020年4月4日記)

剛田武

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。会社勤務の傍ら「地下ブロガー」として活動する。近刊『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。 ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰

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