#1978 『Rent Romus, Heikki Koskinen, Life’s Blood Ensemble / Manala』
Text by Takeshi Goda 剛田武
Edgetone Records CD/DL EDT4212
Rent Romus : as, ss, fl, kanteles, perc
Heikki “Mike” Koskinen : e-tp, tenor recorder, kantele
Joshua Marshall : ts, ss, fl
Gabby Fluke-Mogul : vn
Tom Weeks : bs, as
David Samas : vo, perc, etc.
Cheryl E. Leonard : perc, object, etc.
Mark Clifford : vib
Safa Shokrai : b
Max Judelson : b
Timothy Orr : ds, perc
1. Maahinen (Gnome) / 地の精
2. Loitsun lukema (Casting the Spell) / 呪文を唱える
3. Tavoittelu (Quest) / 探求
4. Pohjoisen asukas (Hyperborean) / 北の住人
5. Journey to Manala part I / 冥界の旅 その1
6. Journey to Manala part II / 冥界への旅 その2
7. Journey to Manala part III / 冥界への旅 その3
8. True Finders / 真の発見者
9. Vipusen kurimus (Vipunen’s Vortex) / ビプネンの渦
10. Ilman lintu (The Bee) / 自由な鳥
Recorded, mixed, mastered by John Finkbeiner
Oct. 8-9, 2019 at New, Improved Recording Oakland CA
レント・ロムスの冥界巡り~フィンランドの神話詩学にインスパイアされた音楽的探求。
レント・ロムスは自らのルーツであるフィンランド音楽について以下のように語っている。
移民の国であるアメリカ合衆国では、先祖伝来の遺産がミックスされて失われてしまうことが多いのです。2015年にリリースした『Life’s Blood Ensemble / Otherworld Cycle』の制作を通して自分の先祖の失われた遺産を発見しました。この作品はフィンランドの国民的叙事詩『カレワラ』にインスパイアされた組曲です。何百世代にも亘って言葉で伝承され、19世紀半ばに本に書き起こされた叙事詩で、フィンランド独特の視点による創造、冒険、愛、死についての古代の物語です。---レント・ロムス・インタビューより
ロムスをフィンランド音楽の伝統の世界へと導いたパートナーがトランペット奏者のヘイッキ・“マイク”・コスキネンである。1945年フィンランドに生まれ育ち、73年にボストンのバークレー音楽院で学んだあと、フィンランドでトランぺッターとして活躍、有力音楽誌「Rhytmi」読者投票で2年連続ベスト・トランぺッターに選出される。77年にサンフランシスコに移住し、ミュージシャン、音楽教師として活動するとともに、90年代後半からKUSFラジオ「スタジオ・フィンランド」のメインキャスターとしてフィンランド音楽の普及に努めてきた。西海岸アンダーグラウンド・ミュージック・シーンで活動する一方で、自分の祖先のルーツであるフィンランドの血への意識が高まっていたロムスにとっては最良の教師でありコラボレーターだった。
ロムスとコスキネンは、2017年5月にフィンランドを訪れ現地のミュージシャンとOtherworld Ensembleとしてコンサートを行い、その成果は2枚のアルバム『Live at Malmitalo』(2018)と『Northern Fire』(2019)としてリリースされた。
同時にロムスのリーダー・グループであるLife’s Blood Ensemble(生命の血アンサンブル)として『Otherworld Cycle』に続いてフィンランド音楽を探求した意欲作が本作である。「Manala(マナーラ)」とは『カレワラ』に登場する「黄泉の国、冥界」のこと。生きている人間の世界を助けるために、暗い水の中から知識と歌が湧き出る場所とされる。作曲にあたってロムスとコスキネンは、フィンランド神話に加えて、バルト海沿岸のリヴォン海岸からシベリア北東部の北極圏のサーミに至るまで、幅広いウラル語文化圏に遍在する伝承を研究したという。シャーマニックな神話体系とトラディショナルな民俗音楽が、13人編成に拡大されたLife’s Blood Ensembleによりジャズやフォークや即興音楽の手法を通して再構築されている。
視覚的・サウンド的に興味深いのが岩石や樹木によるオブジェを楽器として演奏するCheryl E. Leonardの存在である。詳細な楽器クレジットは“トゲ、ベイビー流木パイプオルガン、リンペット貝棘、砂の器、石板、ハマグリ貝殻、ムール貝殻、モビール(流木、黒曜石の針、石化した木、カニの爪、貝殻)、羽毛、魚の椎骨、和鉢の銅鑼”。2019年5月26日にバークレー・フィンランド・ホールで開催された「Manala」初演コンサートでステージ中央に陣取った彼女の異彩はシャーマンそのもの。石を擦ったり木の枝を弓で弾いたりする物音が、ロムスたちのスポンテニアスなアンサンブルを太古の神話世界へワープさせている。
CDブックレットに記載された解説によると、ワイナミョイネンやレンミンカイネンといった『カレワラ』の登場人物の逸話を基にしたストーリー性のある展開になっている。ただし『ギリシャ神話』や『古事記』と同じように壮大なスケールを持つ神話体系である『カレワラ』だけでなく、フィンランド以外の伝承も素材としているので、ひとつの系統だった物語とは言えないようだ。リスナーとしては曲名と音楽から広がる自分なりのイマジネーションを楽しむのがベストな聴き方である。
『Manala』で奏でられる豊穣の音楽は、ロムスとコスキネンの個人的なルーツであるだけでなく、人類すべてが生まれてきた原初的記憶をたどる旅路を示している。それこそが音楽の冥界巡りの醍醐味と言えるであろう。(2020年5月1日記)
リリース記念公演が6月半ばにサンフランシスコ・ミュージシャンズ・ユニオン・ホールで開催される予定だが、Covid-19の現在の状況では延期になる可能性が高い。CDリリースと記念ライヴ支援のためにクラウドファンディングが行われている。締め切りが5月9日と近づいているが、『Manala』CDの他2019年5月の初演コンサートDVD、前作『Otherworld Cycle』リマスターCD、コンサートの入場パスなど、お得なリワードがあるので、興味のある方はIndoegogoサイトをご参照されたい。