#1995『Marcin Wasilewski Trio, Joe Lovano / Arctic Riff』
『マルチン・ヴァシレフスキ・トリオ、ジョー・ロヴァーノ/アークティック・リフ』

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text by Kimio Oikawa 及川公生

ECM 2678 2020

Marcin Wasillewski  (piano)
Slawomir Kurkiewicz  (double bass)
Michal Miskiewicz  (drums)
Joe Lovano  (tenor saxophone)

01 Glimmer Of Hope (Marcin Wasilewski)
02 Vashkar (Carla Bley)
03 Cadenza (Marcin Wasilewski, Slawomir Kurkiewicz, Michal Miskiewicz)
04 Fading Sorrow (Marcin Wasilewski)
05 Arco (Marcin Wasilewski, Slawomir Kurkiewicz, Michal Miskiewicz)
06 Stray Cat Walk (Marcin Wasilewski, Slawomir Kurkiewicz, Michal Miskiewicz)
07 L’amour Fou (Marcin Wasilewski)
08 A Glimpse (Marcin Wasilewski, Slawomir Kurkiewicz, Michal Miskiewicz)
09 Vashkar (var.) (Carla Bley)
10 On The Other Side (Joe Lovano)
11 Old Hat (Marcin Wasilewski)

Recorded at Pernes-les FontainesのStudios La Buissonne, August 2019
Engineer: Gerard  de Haro
Mastered by Nicolas Baillard
Produced by Manfred Eicher


マルチン・ヴァシレフスキ・トリオとジョー・ロヴァーノの意外な(はずの)初顔合わせのレコーディング。どう考えても違うタイプ同士だけに「いったい、どういうことになるのだろう」と不安にすらなった。でも、この「初顔合わせ」にはなぜか大きな既視感があった。両者のアルバムをリアルタイムで聴きすぎたためか知らず知らずのうちに自分勝手にイメージ合成をして妄想のデジャブ感を演出してしまったのだ。このマッチングを「底のあたりでは深くつながっている」といくら調べたところで繋がりは見えてこないはずである。
ヴァシレフスキもロヴァーノのも本来は饒舌な演奏家だ。そのことは各々のライブアルバムを聴くとわかる。
ヴァシレフスキ・トリオはアントワープでの“Live” (ECM 2592 2018)
たしかにこれは力作です。しかしヴァシレフスキの音楽にはじめて、すこし過剰なものを感じた。ライブ作品だから当たり前なのかもしれないが、ECMのライブアルバムでの「過剰」はめずらしい。
ロヴァーノの方はずいぶんと古いけれど Joe Lovano Quartets “Live at the Village Vanguard” (BLUE NOTE 1995) がある。もちろんすごいことはすごい。でも今聴くと「タフで饒舌」のかたまりです。以降、ロヴァーノにはこのときのマッチョなイメージがつきまとうことになった。

マルチン・ヴァシレフスキ・トリオは前身の「SAT」(シンプル・アコースティック・トリオ 1991〜)、トマシュ・スタンコ・グループとしてのアルバムなどをへてECMで

“Trio” (ECM 1891 2005)
“January” (ECM 2019 2008)
“Faithful” (ECM 2208 2011)

のスタジオレコーディング三連作が、ほぼ三年おきにつくられている。レインボー・スタジオ(コングスハウク)、NYアヴァター・サウンド(J.ファーバー)、そして新たな本拠地ルガーノ(S.アメリオ)での録音と一作ごとにスタジオ、エンジニアを贅沢に変えて表現を極めていく。まだ「SAT」名義の美しい“Trio”から一転して動的な“January”とを聴き比べると「いま、ここ、NY、アヴァターのスタインウェイを弾いている」というトリオの強い思いと喜びが伝わってくる。そして“Faithful”ではよそ行きの表情は消え、ふたたびヨーロッパの静謐な音楽に戻る。三連作は土地の違いが音楽を変える好例だ。アイヒャーが短期間にこれほどまでに実験精神を込めて渾身のプロデュースを繰り返した例はあまりみられないと思う。トリオのメンバーは初期の「SAT」時代から不動、音楽は急速に深化を遂げて「ポスト・ユーロピアノ世代」を象徴する端正でエッジーな世界に達していく。
“Live”の前にはヨアキム・ミドラー (T.Sax)を加えた“Spark Of Life” (ECM 2208 2014)がある。ミドラーとの組み合わせは「ヨーロッパ的共有」があまりに大きく、違和感がなさすぎる。ロヴァーノとのセッションのように花火を散らすことはない。

ジョー・ロヴァーノのECM作品を聴くとそのたびに「こんなをロヴァーノを聴くのは初めてだ」と思う。ヴァシレフスキ以上にECM以前、以後で音楽自体がはっきりと変化しているからだ。
ロヴァーノ初期の3つのECM作品はポール・モチアン、ビル・フリゼールとのトリオのアルバム。

“It should’ve happened a long time ago” (ECM 1283 1984)
“I Have The Room Above Her” (ECM 1902 2004))
“Time and Time Again” (ECM 1992 2006)

これらではモチアンの繊細な音楽のもとでいつものロヴァーノの男性的なビッグ・トーンは激変して、まるで別人のように心地よく浮遊している。「こんな姿を見せるはじめて」という瞬間だ。
ほぼ同時期、ロヴァーノは同じNYアヴァター・サウンド、エンジニアがジェームス・ファーバーで“I’M ALL FOR YOU” (BLUE NOTE  2003) をレコーディングしている。セルフプロデュース作なので、これが彼の「本音」ということなのだろう。ハンク・ジョーンズ(P)、ジョージ・ムラーツ(B)、ポール・モチアン(Ds)との(たぶん当日のリハ以外はない)二日間のセッション。だれかが「ステラ・バイやってみようぜ」といえば、残る二人が「イェー」と返す会話が聞こえてきそうだ。このメンツですからね。2チャンネル、アナログ一発のレコーディングでマスタリングはスターリングサウンドのエリック・カルビ。ECMとは対極的な音響に驚く。なんだかいつもはガンガンなロヴァーノの「音」に親密でとてつもなく大きな人間性、ユーモアまでを感じてしまう。ロヴァーノを聴くひとつの指標になる。
さらに2008年になると、アイヒャーがNYを訪れて再度の「アヴァター&ファーバー」で“MOSTLY COLTRANE” (ECM 2099 2009)が制作された。キューンいわく、これはご本人のアイディアによってとのこと。スティーブ・キューン(P)のトリオにロヴァーノが「コルトレーン役」で登場、というおよそECMらしくない作品。まるで日本人が考えそうな企画なのだが、ロヴァーノが自作でも聴けないほど最高の演奏を発揮しているところが興味深い。音楽は端正にして豊かで、美しいリヴァーブの薄衣をまとっている。コルトレーン+キューン、ラファロ、ラロッカによる「幻のコルトレーンカルテット1960」を半世紀後に再現するにあたり、キューンがロヴァーノを選んだのは間違いではなかった。それまでのブルーノートで作られてきたロヴァーノのイメージがまたまた一変して「ECMロヴァーノ」が生まれた、と思う。(あくまで個人的に、ですが)
それにしても、これら全てが同じスタジオ、そのピアノ、エンジニアで起こったことだなんて信じられない。
近作マリリン・クリスペル(P)、カーメン・カスタルディ(Perc)との“Trio Lavano”(ECM 2615 2019)も「ECMロヴァーノ」の転機ともいえるアルバムだ。極度に節約され抑制されたサウンドポエムともいえる音楽はロヴァーノの従来のタフなイメージをさらに大転換させてみせる。どうしてこんなことができたのか。彼がライブでみせるタフな姿はあいかわらずなのに。アヴァタースタジオからほんの数ブロックさきのシア・サウンドに移動、ミックスはフランスだ。
ヴァシレフスキとロヴァーノのふたつのプロジェクトでいろいろな実験、経験が繰り返され、それらが布石となって新しいプロジェクトにつながっていく。

新作“ARCTIC RIFF”はフランス、ペルヌ・デ・フォンテーヌのビュイソンスタジオでのレコーディング。エンジニアはロヴァーノの“Trio Lavano”でミックスを行なったジェラルド・ドゥ・アロー。現在のECMのヨーロッパのエンジニアとしてはステファノ・アメリオが傑出しているけれど、ドゥ・アローの紡ぎ出す音響も圧倒的に美しい。フランス、スイス、イタリアなどラテン系言語圏での音づくりには不思議な湿度感、温かみ、深さの中にはなにがしか肯定的なマジックがひそんでいる。北欧やNYにはありえない音の造型だ。
全11曲、カーラ・ブレイの“VASHKAR”のふたつのバージョンとロヴァーノの“ON THE OTHER SIDE”を除く8曲はヴァシレフスキの側に委ねられている。NYジャズの大先輩に挑むフレッシュな「気負い」がいくばくか感じられるのもかえって好ましい。トリオにはめずらしくソリッドなジャズそのものの匂いが充満している。
アイヒャーはラヴァーノとヴァシレフスキ・トリオから音楽のエッセンスをあっというまに掬いとってしまう。どう聴いてもそこにはなんのサジェッションも編集も介在した形跡はなさそうだから。そうして5分を少し超えるほどの11のトラックに封じ込め、キュレートしてみせているのは神業に近い。「演説が 好きな人には 俳句よませる プロデュース」みたいである。どうすればこんなことができるのか。アイヒャーのような人であれば、ふたつのプロジェクトを平行して進めているうちに、自然と「スタジオに入って黙って座っていさえすればよい」状況が訪れるのか。
“GLIMMER OF HOPE”や“oLD HAT”などに漂う豊かな完結性は尋常ではないです。最後の一曲を楽しんだ後でタイミングをチェックすると「え、これがたった5分35秒なの」と驚く。あのラヴァーノにまで「一筆書き」だけをさせて、おまけに深い余韻まで獲得している。アイヒャーはずうっとこのマッチングを考えていたのか、それとも何かがこのアイディアの背を押したのだろうかと再度、想像を巡らせてみるが音楽作りの謎はやはりわからない。



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淡中 隆史

淡中隆史Tannaka Takashi 慶応義塾大学 法学部政治学科卒業。1975年キングレコード株式会社〜(株)ポリスターを経てスペースシャワーミュージック〜2017まで主に邦楽、洋楽の制作を担当、1000枚あまりのリリースにかかわる。2000年以降はジャズ〜ワールドミュージックを中心に菊地雅章、アストル・ピアソラ、ヨーロッパのピアノジャズ・シリーズ、川嶋哲郎、蓮沼フィル、スガダイロー×夢枕獏などを制作。

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