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CD/DVD DisksNo. 269

#2009 『山田貴子トリオ/Remembrance -記憶-』

text by Hiroaki Ichinose  市之瀬浩盟

GoodNessPlus Records / GNPR-1162

「未感の琴線」
18年発売のTryphonicのアルバム 『Fiction』に続いてまたも山田貴子が私自身の未だ知り得なかった琴線をいとも簡単に探り当て、爪弾き、そして掻き鳴らしてくれた。

山田貴子 (p)
清水昭好 (b)
勘座光 (ds)

1. A long way
2. Last snow in April  -平成の終わりに-
3. Remembrance  -記憶-
4. November
5. I want to see you
6. Shenandoah :American fork song
7. Hasu  -蓮-
8. Far away from
9. Unexpected rain
10. Sincerity

Recorded 27th & 28th November,2019
Recorded at TAGO STUDIO 高崎
Mixed & Mastered by Tetsuya Abe (HD Impressions)
Photographer: Takehito Uekusa
Design: Yoshiko
Produced by Takako Yamada


辺りはぼつぼつ雪が積もりはじめている11月…。森の入り口に佇む山田。その向こうに広がる林の中に分け入って行くその前にこちらを向き、ついて来るように促される。
たちまち山田の姿は冬の白樺林と同化するが慌てることはない。紅いチェックのマフラーが木立の間を自由自在に閃いて私を誘ってくれる。深淵な中に一筋の閃光が突き抜けている。
辺りはすっかり冬の入り口。落ち葉も雪に埋もれ始めているが、山田が手を一閃するとたちまち、新芽が芽吹き、新緑の若葉が萌え上がる。一斉にではない。不規則なようで定められた拍子であちこちで萌芽していく様を身体を固め、瞠目し、そして見わたす…。
気がつけばまた辺りは葉が落ち尽くした後の枯れ木ばかり。また真紅のマフラーに誘われ先へと足を運ぶ…。そこは初冬の雪に覆われた平原であったり、あるいは蓮が浮かぶ群青色の湖であったり、不安定な季節がもたらす突然の雨だったり…。

* * *

『My Story』 (’11)、『The Flow Of Time』(’13)、『The farger』(’15)、『Live at TheGLEE』(’16) そして『Fiction』と自己の個性を貫きながら”現在進行形”、”疾走系”、”劇場型” といった”今のジャズ” の形を迷うことなく立ち止まることなく追求してきた山田が新たに結成されたトリオで臨んだ本作でとりわけ大切にしたのは”主旋律”だと感じた。
後記にあるように共演者は若い2人ではあるがすでに実に華々しい演奏経歴を積んでいる。アメリカの民謡のM6の他は全ての曲を山田が書き上げている。自分が歩んできた道の記憶を一つ一つ慌てずにしっかりと確かめながらピアノに向かい奏であげるその美しい旋律に2人が寄り添い、三者で透明感あふれる極上の音色を紡ぎ上げた。
封入されたブックレットに小さく写っているピアノはFAZIOLI F278 グランドピアノ。最近世界中のジャズ・ピアニストの間で”弾き手数多”の現代最高峰の銘器。このピアノはただ宛てがわれただけでは聴く者たちの心を揺さぶることはできない。幼少からピアノに親しみ、これまで歩んできた人生のなかで自分が心を揺り動かされた喜怒哀楽の「記憶」、そのすべてをピアノに込め、若き2人の共演者とエンジニアが全力で支えひとつの限りなく美しい作品としてここに新しい命が吹き込まれた。

– – –

自分は (実音はわからないが) ずっとこのような音を脳髄の奥底できっと無意識のうちに待ち焦がれていたのだろう。だからこの作品が確実に私のなかに決して消え去ることのない”記憶という名の楔”となり、また一つそして深くこの身に打ち込んでくれた。

* * *

本作はネット通販サイトで購入できる他、ライブ会場でも販売されている。余談になるが、本作録音直前の昨年10月、私の地元松本市で山田が率いるTryphonicのライブが盛大に開催された。200席の会場を埋め尽くした聴衆の多くが終演後CDを買い求め、メンバー達も気軽に最後まで変わらぬ笑顔でサインや記念撮影に応じてくれた。あとで聞いた話ではライブ会場での販売数の新記録を打ち立てたそうである。
一切の妥協を許さず全神経を集中させ渾身の演奏を終えたメンバーと、彼らのその音を全身で受け止めた感動に打ち震えた聴衆とが共に作る満面の笑顔はライブ会場ならではである。

そしてその感動に後押しされた演奏者にも、CDを買い求め新たな感動に酔いしれた聴衆達にも必ず”感動の記憶”と”その次に来たるべき感動”が存在し、互いにそれを求めて突き進む姿がある。そんな両者の触発の輪が幾重にも幾重にも膨らんでいき、私ばかりでなく皆の脳髄の中にも”未感の琴線”として新たに享受できればこんな嬉しいことはない。

– – –

ピアニスト山田貴子オフィシャルWEBサイト:
https://takakoyamada.amebaownd.com/
山田貴子Facebook:
https://www.facebook.com/takakopno

清水昭好 (b)
1985年2月6日生まれ福井県出身
幼少の頃から作曲に興味を持ち、14歳の時エレキベースをはじめる。
大学進学時にジャズ研究会に入ったことをきっかけにウッドベースに転向し、独学で習得する。
2006年から都内でプロ活動をはじめ、宮之上貴昭、岡淳、大山日出男、太田剣、市原ひかり、TOKU、秋田慎治、山中千尋、挾間美帆、など多数のミュー ジシャンと共演。日本を代表するギタリスト宮之上貴昭のバンドは約9年在籍した。
Kit Downes、Scott Reeves、Brenna Whitaker、steve pruitt等、来日ミュージシャンのサポートも多い。
2010年、2012年、宮之上貴昭カルテットでカリフォルニアサンノゼジャズフェスティバルに出演。
2010年シカゴのブルースギタリスト、カルロスジョンソンのジャパンツアーに参加する。
2015年からオリジナルを中心とするリーダーバンドを開始、2020年6月オーストラリアの鬼才トロンボニストJames Macaulayを擁した自己のQuintetでT-TOCレコードよりリーダーアルバムデビュー作「satya」をリリース。
そのオリジナルサウンドは定評を得ている。
現在は自身のQuintet以外に市原ひかりQuartet,坪口昌恭Radio-Acoustique,山田貴子piano trio,James Macaulay Quintet,カムロ耕平guitar trio等を中心に活動中
(本人のサイトより引用)
https://akiyoshishimizubassist.weebly.com/

勘座光 (ds)
神戸市生まれ。5才よりピアノを始め、両親からマリンバや打楽器の手ほどきも受ける。宝塚市に移り、中学時代から吹奏楽部等で本格的に打楽器を学ぶが、高校時代よりジャズに目覚め、ジャズドラムを目指すことになる。
大阪音楽大学音楽学部器楽科でクラシックの打楽器奏法を学びつつ、ドラムを東原力哉氏、熊谷徳明氏に師事。
1998年、音大卒業後、バークリ-音楽大学のアジアン・スカラ-シップ(奨学金)を得て渡米、バークリー音大へ入学。ドラムをジェイミー・ハダット、デイブ・ ウェックル等に師事。在学中から上原ひろみ、タイガー大越、デイブ・サミュエル、ブルース・サンダース等の各氏と共演。2001年冬、バークリー音大を卒業。
2002年4月、ピアノトリオのメンバーとしてダウンビート誌からアウトスタンディングパフォーマンス賞が授与された。2002年7月、関西インターナショナルジャズ フェスティバル及び、オランダのハーグで行われる恒例のノースシー・ジャズ・フェスティバルにピアノトリオで出演。
2003年1月、ロサンゼルスに移りボブ・シェパード、エイブラハム・ラボリエル、オトマロ・ルイーズ、デイブ・カーペンター、ジョン・ビーズリー、カリトス・デル ・プエルト(綾戸智絵、渡辺香津美のベーシスト)、エリック・マリエンサル、スティーブ・タバグリオーニ、サンドロ・アルバート、ブランドン・フィールズ、ジェフ・リッチマン等と共演、元チック・コリアのドラマー、ゲイリー・ノヴァックの代役も務める。10月、一時帰国し米国のアーティストビザを取得。フィルム・コンポー ザー、フィル・ギフィン、ジェームズ・テイラーのサポートシンガー、ケイト・マーコビッツと共にポップスや映画音楽のレコーディングにも参加する。更にロサンゼル ス・ミュージック・アカデミー非常勤助手、シェパード・ユニバーシティー音楽学科非常勤助手を務める。ロスにて自己のグループを結成し日本ツアーを行う。ジャズを 基本スタンスとしてライブ、ツアー、レコーディング等、幅広い演奏活動を行い2006年3月帰国。日本での演奏活動を開始する。
(本人のサイトより引用)
http://www.kokanza.com/kokanza.j/kokanza.2.contents.html


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市之瀬浩盟

長野県松本市生まれ、育ち。市之瀬ミシン商会三代目。松本市老舗ジャズ喫茶「エオンタ」OB。大人のヨーロッパ・ジャズを好む。ECMと福助にこだわるコレクションを続けている。1999年、ポール・ブレイによる松本市でのソロ・コンサートの際、ブレイを愛車BMWで会場からホテルまで送り届けた思い出がある。

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