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CD/DVD DisksNo. 270

#2018 『Russ Lossing / TRACES』

Text by Akira Saito 齊藤聡

Aqua Piazza Records 002
https://russlossing1.bandcamp.com/album/traces

Kyoko Kitamura 北村京子 (voice)
Russ Lossing (p)
Adam Kolker (bcl)
Mark Helias (b)

1. Orchid
2. Gone
3. Traces
4. Autumn Moon
5. Echo
6. Impermanence
7. True Person
8. In The Stream
9. Home
10. Zazen

Two Song cycles based on the poems of Zen Masters Ryokan Taigu and Dogen Zenji, monks from the 18th & 13th Century, respectively.
Tracks 1-5, Ryokan
Tracks 6-10, Dogen
All compositions by Russ Lossing, Woodworth Edition Music, BMI
Recorded September 17, 2014 by Paul Wickliffe at Charlestown Road Studio, NJ
Mixed and Mastered by Paul Wickliffe, Skyline Studio, NJ

ラス・ロッシングは不思議な魅力を持ったピアニストであり、逆説的だが、それを具体的に説明しにくいところが魅力のコアであるようにも思える。

ロッシングには、ドラムスのポール・モチアンの音楽をテーマにしたアルバムが2枚ある。ピアノトリオによる『Motian Music』(Sunnyside Records、2019年)と、モチアンが亡くなった翌年に発表されたピアノソロ『Drum Music – Music of Paul Motian (solo piano)』(Sunnyside Records、2012年)だ。ここにはモチアンの持つ、時間の自在な伸び縮みという特徴が取り込まれている。それがとりもなおさず、ロッシングのピアノが持つ力でもあるのかもしれない。

今般のロッシングの作品はかなりユニークだ。10曲の半分ずつを良寛と道元の歌をテーマとして、北村京子がことばをヴォイスで表現する(歌唱と呼ぶとイメージが狭められてしまう)。アダム・コルカーのバスクラとマーク・エライアスのベースが禅世界の登場人物となり、ロッシングはピアノと構成で時間の進み方を制御している。

前半は良寛である。冒頭の<Orchid>で峡谷の竹藪という夢のようなイメージがロッシングの響かせるピアノで夢のようにあらわれ、バスクラとベースによって次第に色づけされ繰り返される。その停滞は、<Gone>において不可逆の時間軸を与えられ、<Traces>において、進んできた微かな痕跡をぼんやりと眺めるに至る。これが人生の深みを強く思わせるのは、北村により「We meet only to part」と、すなわち仏教でいう「会者定離」が歌われるからでもあるだろう。バスクラは心を鎮め、ピアノは世界と時間とを支配する。

続く<Autumn Moon>ではサウンドが内的なものから風景描写的なものに移り変わり、とても巧みだ。ここでピアノが音を散らし、北村のことばが乱れて聴き取ることができなくなるのだが、その擾乱がさらに聴く者に光の明滅のような効果を与える。光は<Echo>において響きに変わり、さらに雪(ということばのイメージ)によって吸音され、ベースとバスクラの手助けもあって内奥へのヴェクトルとなる。

後半の道元となり、再び広い空間に響くピアノにより別世界のサウンドに一変する。<Impermanence>での月光の下での混乱は狂か。<True Person>において歌われる「The true person is not anyone in particular」「It is everyone, everywhere in the world」というあまりにも広い世界は、北村の透徹するヴォイスやコルカーの包み込むバスクラと相まって、聴く者に自分の身を世界に投げ出すことを促すような効果を持っている。

この内的な思考のサウンドは、<In The Stream>で事件性や動きを持たされ、<Home>で漂泊と帰郷との両方を提示する。そして<Zazen>において、聴く者は北村の語りとともに透き通る水と反射した月と自身の心とを眺めることになる。だが、息詰まる内省に向かうわけではない。サウンドは静かに不思議な喜びに満ちている。

本盤は異色作にちがいない。だが良寛や道元の原典で謎解きを試みるのではなく、英詞の断片とサウンドにより音世界を幻視するべきものだろう。その旅を導くロッシングはやはり魔術師である。

(文中敬称略)

(参考文献)ジョン・スティーヴンス訳『Dewdrops on a Lotus Leaf: Zen Poems of Ryokan』(Shambhala、1993年)、スティーヴン・ハイン『The Zen Poetry of Dogen: Verses from the Mountain of Eternal Peace』(The Zen Poetry of Dogen: Verses from the Mountain of Eternal Peace、1997年)

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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