#2027 『中尾勘二トリオ / Kanji Nakao trio』

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text by 剛田武 Takeshi Goda

LP/DL : Tonkatsu Records tonkatsu-01

中尾勘二 Kanji Nakao : tenor sax, soprano sax, klarinette
古池寿浩 Toshihiro Koike : trombone
宇波拓 Taku Unami : guitar

A1. Comin Thro’ the Rye
A2. Warszawianka
A3. Matsushima
A4. Mary had a little lamb
B1. Moritat
B2. Vy shertvoju pali
B3. Paris
B4. Goodbye

recorded in Tokyo, between June and November, 2015
engineer : TU
cover photo : KN

tonkatsurecords.bandcamp

自然体のフリースタイルミュージシャン、中尾勘二の郷愁民俗音楽。

中尾勘二はまことに不思議な音楽家である。80年代末から篠田昌已、関島岳郎のトリオ「コンポステラ」や、篠田亡きあと関島、桜井芳樹、久下惠生と結成した「ストラーダ」などで、日本のチンドンをはじめ、フォルクローレ、クレズマー、ジプシー音楽、トラッドといった大衆民俗音楽を即興ジャズのスタイルで演奏するとともに、「マヘル・シャラル・ハシュ・バズ」や「グンジョーガクレヨン」といった地下ロックバンドや、大島保克、大工哲弘、嘉手苅林次といった沖縄の歌手の作品にゲスト参加。2000年代には若手メンバーと共に新感覚インストバンド「NRQ」でも活動している。担当楽器はサックス、クラリネット、トロンボーン、ドラムなど多才。とはいってもマルチ・プレイヤーという気取った感じではなく芸達者という表現の方が似合う。ステージではたいてい後ろか端の方に佇んでいて、寡黙に微笑んでいる姿は才能はあるが目立たない実直なサイドマン、という風情を感じる。

そんな中尾が珍しくリーダーとして率いるユニットが中尾勘二トリオである。メンバーはトロンボーン奏者の古池寿浩とギタリストの宇波拓。二人とも70年代生まれで中尾とはひとまわり以上年が離れているが、中尾同様にジャズ/即興だけではなく実験音楽・地下音楽シーンで活動するミュージシャンである。古池は「ふいご」、宇波は「HOSE」というリーダー・バンドで中尾と共演していて交流のあった3人がアケタの店でやり始めたのがトリオのはじまり。2008年ごろには活動していたというから、すでに10年以上の活動歴がある。本作の録音は2015年。5年間寝かせて熟成させた遅すぎるデビュー作と言える。しかし「待望の」とか「満を持した」といった気負った表現は全く似合わない。気がついたらリリースされていた、というさり気なさが中尾たちの佇まいに相応しい。

中尾が撮影したジャケットの鄙びた田舎の線路の写真は、過ぎ去った日々への郷愁がある。”郷愁”はこのアルバムの音楽を聴くときのキーワードでもある。収録曲はA1:ドリフターズの「誰かさんと誰かさん」の元歌のスコットランド民謡、A2:革命歌「ワルシャワ労働歌」、A3:民謡「大漁唄い込み」、A4:童謡「メリーさんの羊」、B1:クルト・ワイル『三文オペラ』より「マック・ザ・ナイフ」、B2:1964年イタリア映画『奇跡の丘』主題歌、B3:1951年フランス映画『巴里の空の下セーヌは流れる』挿入歌のシャンソン「パリの空の下」、B4:ベニー・グッドマン・オーケストラのエンディング・テーマとして知られるジャズ・スタンダード。いずれも50年以上昔の曲で、多くがどこかで耳にしたことがあるスタンダード・ナンバーである。シンプルなメロディーとカウンターメロディーをサックス/クラリネットとトロンボーンがかわりばんこに担当し、ギターが最小限の音数でバックアップする演奏は、不安定かつ不定形でありながら、三つの楽器が円環状に音の糸を紡いでいく織物のように美しいサウンド・スケープを形作る。どこへ向かうか予測不能の展開は、スリルというよりも忘れていた想い出のページを紐解く歓びを感じさせる。その果てにたどり着くのは自分が知らなかった自分の内的宇宙かもしれない。

リード楽器/トロンボーン/ギターのトリオ編成と言えば、ジミー・ジュフリー(cl, ts, bs)、ボブ・ブルックマイヤー(tb)、ジム・ホール(g)からなる第2期ジミー・ジュフリー・スリーを思い出す人も多いだろう。アルバート・アイラーやアーチ―・シェップのような攻撃的なフリージャズではなく、ブルースを基調にしたフォーク・ジャズを探求し、ほのぼのとした室内楽的な演奏によるフリー・インプロヴィゼーションを提示したジミー・ジュフリーの方法論を、中尾たちはよりミニマルにした盆栽スタイルで発展させている。特にB3「パリの空の下」の後半で各楽器が逸脱したフレーズへ旅立つパートは、自然発生的なフリースタイルの原点といえるだろう。激情的なフリージャズやテクニックの応酬の即興演奏に疲れた時は、風のようにさり気なく、陽だまりのように穏やかな音楽が聴きたくなる。自然体のフリースタイルミュージシャン、中尾勘二が生み出す郷愁のアンサンブルが心の自由度を果てしなく広げてくれる。ふと気が付くといつもそこにある風景のような和風フォルクローレ(民俗音楽)である。(2020年10月25日記)

 

●11月21日「不忍池 木枯らしコンサート」に中尾勘二トリオが出演。詳細 https://jazztokyo.org/news/post-58291/

剛田武

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。会社勤務の傍ら「地下ブロガー」として活動する。近刊『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。 ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰

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