#2024 『Okuden Quartet / Every Dog Has Its Day But It Doesn’t Matter Because Fat Cat Is Getting Fatter』

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text by Ring Okazaki 岡崎 凛

中欧の注目プレイヤーとそのアルバム紹介

<このアルバム紹介シリーズでは、中欧と呼ばれる4か国、チェコ、スロヴァキア、ハンガリー、ポーランドのジャズ・プレイヤーのアルバムを取り上げます。そのほか、中欧のジャズ全般の情報、筆者が中欧のジャズを聴くようになった経緯などを書いていきます>

②Okuden Quartet『Every Dog Has Its Day But It Doesn’t Matter Because Fat Cat Is Getting Fatter』(ESP CD, 2020 )

Mat Walerian: alto saxophone, bass clarinet, soprano clarinet, flute
マット・ワレリアン
Matthew Shipp: piano
マシュー・シップ
William Parker: double bass, shakuhachi(尺八)
ウィリアム・パーカー
Hamid Drake: drums, percussion
ハミッド・ドレイク

CD 1:
1.The Forest Council
2.Thelonious Forever
3.Magic World Pt. 1 – Study
4,Magic World Pt. 2 – Work
5,Magic World Pt. 3 – Life

CD 2:
6.Sir Denis
7.Business With William
8.Lesson II.
All the tunes are composed by Mat Walerian

Recorded May 21, 2018 at Parkwest Studios, Brooklyn, New York
Recording Engineer: Jim Clouse
Producer: Steve Holtje
Mixing Engineer: Tadeusz Mieczkowski


マット・ワレリアンの「オクデン」シリーズ第4作目(ESP)

本作はポーランド出身、1984年生まれのリード奏者、マット・ワレリアン率いるOkuden Quartet (オクデン・カルテット)のアルバムで、米国ESPレーベルからリリースされた彼のリーダー作4枚目である。
中欧の中でも特に際立つジャズ文化を誇る国、ポーランドのアルバムの中から、何を最初に取り上げるか迷っていたが、この8月に聴いたマット・ワレリアン(本名マテウシュ・ヤン・ワレリアンMateusz Jan Walerian)の最新作が、本年度のベスト盤に挙げたくなる充実ぶりなので、知名度はとにかく、彼のアルバムを選ぶことにした。

ワレリアンの共演者には米国フリージャズ界の歴史に名を刻む実力者の3人が名を連ねている。彼らをよく知る人は、かつてデヴィッド S. ウェアの共演者として活躍した3人が、ほぼ無名に近いポーランドのリード奏者と共演していることに驚くのではないだろうか。マット・ワレリアンのアルバムに関する記事では、共演者の名前からデヴィッド S. ウェアが連想され、言及されることが多い。ただし、シップ、ドレイク、パーカーの3人は、彼の後継者としてマットを迎えるつもりは全くないだろう。類似性はあるかもしれないが、ほぼ別のタイプのリード奏者である。マットはインドや日本文化の研究者であり、余白の美しさを大切にする日本の美術作品の理解者であり、その美しさを自分の作品に反映させようとする人物と想像できる。そんな彼の美意識を熟知するマシュー・シップ(p)、ハミッド・ドレイク(ds)、ウィリアム・パーカー(b)と、4人の相性の良さ、相互の信頼関係が本作の成功につながっていると思う。暗がりの中で漂うようなワレリアンのサックスやバスクラリネットには、ブルースの香りが漂う。やや重苦しい曲が多いかもしれないが、じっくりと聴いてほしいアルバムだ。

18分を超える最初の曲〈The Forest Council〉は、歌舞伎や日本の古い映画に使われる効果音のようなウッドベースの音に始まるが、それに続く重苦しい咆哮のようなバスクラの音から連想したのは、闇に包まれた西洋の古城や森だった。これはワレリアンの意図に反する感想かもしれない。ピアノ内部の弦をはじく音や、琵琶をかき鳴らすようなベース音が生き生きと響き渡る。続く〈Thelonious Forever〉は、このタイトルなのに、最初はジョージ・アダムス(ts)とドン・プーレン (p)のやりとりを連想させる。これに続く3部作構成のMagic Worldでは、重苦しさと軽やかさが交互に現れる。バスクラの凄みのある音がユーモラスに使われ、組曲のパート3では本作一番のノリの良さを感じるが、やがてこのカルテットが得意とする薄暗さが席巻していく。
後半の〈Sir Denis〉に入ってもその雰囲気は変わらず、4人の姿勢は徹底しているが、雲間から薄日差すように聴こえるハミッド・ドレイクのシンバル、マシュー・シップのピアノが美しく、飄々としたソプラノクラリネットとの対比が面白い。〈Business With William〉でウィリアム・パーカーの激しくも詩情に満ちた演奏が一段と際立ったところで、厳かに始まる最終曲〈Lesson II〉につなぐ構成は見事だ。パーカーの尺八とワレリアンのフルートが激しくせめぎ合った後に、パーカーがベースを持って再登場し、激しくかき鳴らす。

本作最初の曲もそうだが、4人はこの最終曲でただ何となく日本風のサウンドを鳴らしているのではない。ワレリアンが作るのは、アジア文化、特に日本の絵画、映画、音楽への敬意と深い理解に満ちた曲である。これをアルバムのオープニングとクロージングに使うセンスの素晴らしさに驚き、また他の3人が、ワレリアンの思いに寄り添い、そして挑戦するように即興演奏を展開する姿に感銘を受けた。

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さてポーランドで活動していたマット・ワレリアンは、どのようにして米国アヴァンギャルド・ジャズ界の重要人物たちと知り合い、2015年にESPレーベルと契約するに至ったのだろうか?
ESPのホームページには、マット・ワレリアンのポーランドでの活動の情報があまり見つからない。英文ウィキペディアでは、文字数が多いわりに彼の出身高校など具体的な情報が抜け落ちている。その理由は気になるが、とにかくネット上の情報によれば、彼は基本的に独学で現在の演奏能力を身につけたという。また、ポーランドのどこかで日本の音楽を学んだようだ。彼が出した4枚のアルバムのどれを聴いても、日本を含むアジア文化の影響が色濃く、この情報を裏付けている。
2012年のコンサートでは、アジアン・テイストな美意識とフリージャズが融合するような独特の作風を持つようになるマット・ワレリアンだが、ESPとの契約以前のアルバムは見当たらない。フェス参加歴としては、2009年に活動拠点であるポーランドの工業都市トルンの音楽祭でZenというグループで出演している。Zenはハープ奏者で作曲家のZofia Dowgiałłoの加わる東洋風のジャズ室内楽トリオであったようだ。*1
彼は2008年にハミッド・ドレイクからレッスンを受け、彼との交流を深めると、その後マシュー・シップとも出会い、2人との共演のチャンスを得る。彼がトルンの街で立ちあげた音楽プロジェクト「オクデン・ミュージック」の定期コンサートに2人が出演するようになり、2012年に録音されたライヴの一部は、その後ESPからの彼のデビュー盤、さらにはセカンド・アルバムとしてリリースされた。*2

ワレリアンがOkuden(オクデン=奥伝)という言葉を自分の音楽プロジェクトやカルテットに冠した理由について、自ら詳しく語る資料は見当たらないが、「(師から弟子に)奥義を伝授されること」という意味があるこの言葉を、フリー・インプロヴィゼーションにおけるコンセプト共有につなげようとしたのかもしれない。Okudenを‘inner teaching’という言葉で説明する米国のジャズ批評家もいる。武芸の世界を連想させ、厳かな響きのあるこの言葉は、本作の最初と最後の曲の雰囲気にぴったりであるかもしれない。
マット・ワレリアンに関して、これだけ素晴らしいコンサートをポーランドで開催していたにも拘らず、当時の彼についての情報がほとんど英語圏に流れてこないのは、とても不自然な気がする。さらにポーランドでの情報をカットした英文ウィキペディアのワレリアンのページについては、なるべく早く訂正されることを願っている。

最後に本作のベーシスト、ウィリアム・パーカーについて補足しておきたい。おそらく彼は、ワレリアンにとって素晴らしい理解者であると思われるからだ。
ポーランドの首都ワルシャワから車で行くと3時間弱かかるというトルンの街で、オクデン・コンサートは開催されていたが、その素晴らしさに気づいたのは、出演していたハミッド・ドレイクとマシュー・シップだけではなかった。2人の盟友ウィリアム・パーカーもワレリアンを絶賛することになる。
パーカーは2枚のアルバムのライナーノートを書いているが、そこには並みならぬ興奮がにじみ出ている。少し意訳になるが「ワレリアンのプレイは雪舟の日本画のみごとな筆遣いを彷彿とさせる。そこには俳句のような語り口があり、謎めいた魅力がある」という言葉は、パーカーの思いを顕著に表すものだろう。
その後ワレリアンとの共演を果たしたウィリアム・パーカーは、ときにはワレリアンの描く絵に加わるように日本情緒に満ちた世界を描き、彼の真骨頂とも感じられる激しいプレイも聴かせる。他の3人への賛辞も山ほどあるのだが、このベーシストが登場すると、まずはそのプレイに圧倒されずにはいられない。そして本作は彼のリーダー作ではないが、重要作品として記憶に残るものだと思う。
(ウィリアム・パーカーは、このカルテットに加わる前に、マシュー・シップとともにトリオToxicのメンバーとして、ワレリアンのサードアルバムに参加している。*3)

(注)*1
ハープ奏者のZofia Dowgiałłoは1979年ワルシャワ生まれ。現代音楽の作曲家としての受賞歴のある彼女は、ワレリアンとハミッド・ドレイクのトリオ、White Lotusにも参加し、2011年にワレリアンが企画するOkuden Music Seriesと名づけられた定期コンサートに登場している。Zofia Dowgiałłoは作曲家として、共演者だったマット・ワレリアンに何らかの影響を及ぼしていると想像されるが、詳しい情報は得られていない。

(注)*2
マット・ワレリアンのファースト、およびセカンドアルバム:
『THE UPPERCUT | MATTHEW SHIPP MAT WALERIAN DUO “Live at Okuden”』 ESP 5007〔2012年録音、2015年リリース〕
『JUNGLE | MAT WALERIAN MATTHEW SHIPP HAMID DRAKE Live At Okuden 』ESP 5009〔2012年録音、2016年リリース〕

(注)*3
マット・ワレリアンのサードアルバム:
『TOXIC | MAT WALERIAN MATTHEW SHIPP WILLIAM PARKER/”This Is Beautiful Because We Are Beautiful People”』 ESP 5011 (2015年録音、2017年リリース)
Mat Walerian | saxophone + woodwinds
Matthew Shipp | piano + keys
William Parker | double bass + shakuhachi

このアルバムの中で、ウィリアム・パーカーが尺八を吹く〈Lesson〉は本作の最終曲の元になる曲と思われる。比較して聴くと興味深い。

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岡崎凛

岡崎凛 Ring Okazaki 2000年頃から自分のブログなどに音楽記事を書く。その後スロヴァキアの音楽ファンとの交流をきっかけに中欧ジャズやフォークへの関心を強め、2014年にDU BOOKS「中央ヨーロッパ 現在進行形ミュージックシーン・ディスクガイド」でスロヴァキア、ハンガリー、チェコのアルバムを紹介。現在は関西の無料月刊ジャズ情報誌WAY OUT WESTで新譜を紹介中(月に2枚程度)。ピアノトリオ、フリージャズ、ブルースその他、あらゆる良盤に出会うのが楽しみです。

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