#2036 『近藤等則/月刊 Beyond Corona 1~5』

閲覧回数 8,801 回

2020年5月~9月: TKRecordings

Text by Kayo Fushiya 伏谷佳代
Photos by TKRecordings, Moto Uehara

Beyond Corona 1 (2020年5月10日発売)
1. Breath
2. Sky
3. Shining
4. Corona’s Dream
5. On the Earth
6. Corona’s Mood
7. Change
8. Port

Beyond Corona 2 (2020年6月7日発売)
1. Moving Body
2. Energy Field
3. Crazy Sun
4. Knock the Door
5. Strange Fantasy
6. Mask the Air
7. Liquid Stream
8. Spring is Open

Beyond Corona 3 (2020年7月5日発売)
1. Mysterious Direction
2. Sudden Change
3. Corona City
4. Crisiss&Light
5. Solitude
6. Demension Free
7. Peaceful Sky
8. Shiny Morning

Beyond Corona 4~Dedicated to Kansai Yamamoto (2020年8月15日発売)
1. Theme of 7 Samurai
2. Dark King
3. The Battle
4. Fascination
5. Theme of Genki
6. Sunset
7. Karakasa
8. Goddess

Beyond Corona 5 (2020年9月30日発売)
1. 富士見高原 秋の夜明け
2. 富士見高原 秋の中を
3. 富士見高原 秋が動く
4. 阿蘇 雲海
5. 蘇陽峡のメロディー
6. 阿蘇 湧水
7. 北海道の秋光
8. 屈斜路湖 静寂の夕暮れ

All tracks composed & produced by Toshinori Kondo

☟『Beyond Corona』はbandcampで購入可能;
https://tkrecordings.bandcamp.com/


2020年を振り返ればコロナに尽きる。当たり前の暮らしの消失。眼に見えるコミュニケーションの場が根こそぎ奪われる。街が強圧的な静けさに見舞われた5月、コロナが収束するまでを想定して近藤等則が始めたのが月刊『Beyond Corona』(以下、BC)の刊行である。CDR各100部限定。川崎のプライベート・スタジオで昼夜制作される、手造りの音楽通信。「今の音」にこだわる近藤ならではの音楽的営為がここにある。
スタイルとしては、打ち込みのトラックにエレクトリック・トランペットの音を重ねてゆくシンプルなもの。従って、音楽用語を用いて演奏の推移をああだこうだと羅列するようなレヴューは不毛だ。
そぎ落とした境地からは、素の近藤等則が垣間見える。
強面の外見や破天荒な来し方からは意外とも思える、屈指のメロディ・メーカーとしての姿が。

『BC 1』—脳裡に張りつく近藤独自の音色が歪曲しながらフィードバックしてゆく“Breath”で始まる。真空管のなかへ放り込まれたかのような、狭窄感と静寂の世界へ。空気へ染みつけられる音の粘度と色調。静止とリヴァーブ。インダストリアルな冷たさと東洋的な余白の濃厚な相乗にで戸惑いつつも、聴き手の意識は呼吸へと向かう。“Sky” (track 2)や “On the Earth” (track.5)などにつかの間の風穴が。終曲 “Port” で訪れる柔らかな哀愁は「終わりの始まり」を暗示するかのよう。そのまま第1 曲目に戻っても違和感がない円環性がある。第一作目に相応しい茫漠たる宇宙観。
『BC2』—アクティヴなビートは得体のしれぬ不穏さを内包しつつも乱舞せずにはいられない(“moving body”)。アンビヴァレンツを同時に提示する近藤らしい強硬なファジーさがここでも炸裂。打ち込み部分のリフが効果的に脳内へ堆積しては霧消し一時的な開放をもたらすものの、ペーソスは空気中へ残存、随所で現れる濃厚なメロディのなかに吸収されてゆく。終曲 “spring is open” のテーマではいぶし銀のダンディズムに唸る。こういう情緒をエレクトリックでさらりと出してしまえるところが近藤等則の心憎いところだ。40分に満たないアルバムながら、音が描く軌跡の距離は途方もない。近藤の音楽航路がそのまま滲む。
『BC 3』—近藤の音楽が「呼吸とシンクロする音楽」だとすれば、その抑揚や韻律は西洋音楽の衣を纏(まと)いつつも日本の伝統芸能を思わせる。序破急のように、ひとつのシークエンスが複数を兼ねるのだ。終わりの見えないコロナ禍、『BC3』ではその長い序が終わり、いよいよ破へ突入したような肝の座ったエネルギーを感じる。音域や音色の振れ幅など双極が充実する一方で、狭間からこぼれ出る多彩な層にぐっと厚みが増す。疾走のなかに冷めた覚醒が居直る “corona city” に至って、いよいよコロナも生活の一部になってしまったかのような妙な感慨。
『BC4』—2020年7月に逝去した山本寛斎へのオマージュ。BC5枚中もっとも華やか且つ視覚的。2010年の山本寛斎スペクタクル・ショー『七人の侍』で近藤は音楽を担当、当時のテープをもとに制作された。極彩色のショーを眼前にしているかのごとき錯覚がメタリックな絢爛さで展開し降り注ぐが、この1枚は何といっても心揺さぶるメロディの宝庫。山本寛斎の “Genki” のテーマを境に、音色に色濃く煙(けぶ)る情が個別の輪郭を失い脱人格化してくる。端唄の栄芝が登場するころには、突き抜けた無常の境地が拓ける (“sunset”-“karakasa”)。
『BC5』—テーマは「日本の秋」。2009年の『地球を吹く』から8曲がセレクトされている。熊本や北海道の厳かな自然。それと一体化せんとする祈りにも似た清澄さが全編をおおう。思えば『地球を吹く』とはライヴ・ペインティングに近い行為だ。何が引き出されるかは、もはや為手すら無意識の領域だろう。天啓の降臨のみぞ知る。しかしながら、拡がるのは単なるトランスとは対極の、骨に沁み入り消失してゆく鋭利な静けさ。類まれな頭脳と感性を駆使してトランペットの音を「改造」してきた近藤の音は、雨風に程よく洗われた、極めてナチュラルな位相を描く。

音楽の共鳴の対象を人間から大自然へと解放し「響命」してきた近藤にとって、スタジオに籠って昼夜を問わず営みつづけた『Beyond Corona』は、もはや、自らの居場所も聴き手の肉体もコロナ現象をも透過して、ひたすら時へと放たれていた強靭でしなやかな矢だったのか。瞬時の想いをどう共時させるか。同時に、こうした焦燥と非常時感覚こそ創造たるものの根源のはずだが、忘れられて久しいこの原点を奇しくも鋭くあぶり出すことになったのか。「ライヴができないなら動画配信」が主流になってきた昨今、日本の一都市・川崎の片隅で、極めてアナログな流通形態にこだわりながら日々発信し続けた近藤等則のミュージシャン魂と矜持、その無窮(むきゅう)の音世界は、かけがえのないギフトとして今こそ深く心に刻まれるべきだ。(*文中敬称略)

© Moto Uehara

☟『Beyond Corona』のCDRは、ナンバーとサイン入りの全エディションは完売しているものの、本人のスタジオより白盤が発見された。若干の在庫がオフィシャル・サイトより購入可能;
https://www.toshinorikondo.com/2020/11/10/now-on-sale/

☟被写体・近藤等則の魅力を追った上原基章氏のコラム;
https://jazztokyo.org/issue-number/no-271/post-58536/

☟近藤等則の機材の変遷については、沼田進氏のコラムに詳しい;
https://jazztokyo.org/issue-number/no-271/post-58406/

伏谷佳代

伏谷佳代

伏谷佳代 (Kayo Fushiya) 1975年仙台市出身。早稲田大学卒業。幼少時よりクラシック音楽に親しみ、欧州滞在時 (ポルトガル・ドイツ・イタリア) に各地の音楽シーンに通暁。欧州ジャズとクラシックを中心にジャンルを超えて新譜・コンサート/ライヴ評、演奏会プログラムの執筆、翻訳などを手がける。

コメントを残す

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。