#2048 『藤井郷子ピアノ・ソロ/葉月』
『Satoko Fujii Piano Solo / Hazuki』

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text by Masahiko Yuh 悠 雅彦

LIBRA Records   201-063 ¥ 2300 + tax

藤井郷子 Satoko  Fujii (piano)

1 )   Invisible
2 )   Quarantined
3 )   Cluster
4 )   Hoffen
5 )    Beginning
6 )    Ernesto
7 )    Expanding
8 )    Twenties Four Degrees
All Compositions by Satoko Fujii (Koro Music)

Recorded by Satoko Fujii at her home in Kobe City, August 2020
Mastered by Mike Marciano, Systems Two, Long Island, NY, October 1, 2020


1(いち)ピアニストとしてよりも、それ以上に相棒のトランペット奏者、田村夏樹との夫唱婦随のコンビぶりで世の関心を集めている藤井郷子が、思わず襟を正したくなるピアノ独奏による新作を発表した。いったいこの人の驚くばかりのエネルギーと無尽蔵の創造力はどこから湧き生まれてくるのか、改めて考えさせられた。これまでにも彼女のソロ作品がなかったわけではないが、これほど衝撃的な驚きを覚えた経験は少なくとも私個人にはなかったと言っても言い過ぎではない。たとえば、過去のソロ作品を思い返してみても、これほど真剣な面持ちで自己の内面を露わにした作品があったとはどうしても思えない。もちろんそのことを問い直す意図でこの演奏の評を書こうと思い立ったわけではないのだが、ただそれほどまでに藤井郷子という演奏家が、かくも真剣な面持ちでピアノに向かい合ったことが過去にあったかと思い返してみたとき、私にはどうしてもそれが思い浮かばないのだ。そう言えるくらい、この1作は私には新鮮かつ感銘新たなソロ・アルバムだったと言って間違いない。

この新作が全編、彼女、すなわち藤井郷子自身の作品で構成されていることは、これまでの例と変わるところはない。それと、傍(かたわら)、あるいは背後に、実際それが本当かどうかを確かめたわけではないが、この新作ではいつもなら影のように寄り添う田村夏樹の存在が少しも感じられない、ということも私の勘を正当化させる一つの理由となっている。

さて、左手による4個の音が動機を形成し、右手のラインを誘発して始まる①「invisible」は、まさにこれから始まるストーリーにこめられた期待と不安を浮かび上がらせる。その透徹したアコースティック・ピアノの深遠な響きの音の連なりから、一転して冒険性に富んだ世界が活写される②「Quarantined」の舞台が出現する。数々のアイディアを実際の音の展開に結びつけて展開させる藤井郷子ならではの手法と着想の活写性が驚くべき効果を生んでいく、そのアイディアと楽想の展開の鮮やかさ。まるで水が滴り落ち、清流となって流れ下っていく急流の動きを活写したかのような描写のダイナミックな迫力には改めて舌を巻くしかない。続く③「Cluster」でのハーモニーにも喫驚した。意味深長な音の塊が “音響化” していくスリルを通して、彼女が明るみに出した和音の、その凄みが睨みを利かすまでに “クラスター”化させた底力にはつくづく感心させられた。

とはいえ、どこかで息切れするだろうと高を括(くく)っていた私を一蹴するかのように、この演奏での彼女はあたかも狙った的から目を離さない狩人然としており、正直に言えばここにはいつもの彼女とは別人のような藤井郷子がいた。本作中最長トラック、④の「Hoffen」も同様。この演奏がまた、久しぶりに彼女の子守唄を聴くような味わい深い演奏だったが、実際こんな優しい彼女の子守唄にここで出会うことになろうとは夢にも思っていなかった私は、いささか面食らったくらいだ。彼女はもしかすると本当は繊細な ”ピアノの詩人” とでも呼ぶべき資質の持ち主なのではあるまいか。と、ここまでの4曲の演奏で私はもしや、もう一人、別の藤井郷子の演奏を聴いているのではないかと思ったほどだ。⑤「Beginning」に次ぐ ⑥「Ernesto」がまたいつまでも聴いていたくなる味わい深い演奏だった。こんな優しい眼差しが溢れ出すような彼女のピアノ演奏はいつ以来だろうか。ここでも彼女のイマジネーションの花々が咲き乱れる中をあたかも散策するような気分で聴くアコースティック・ピアノの快感は、詳述した前半の4曲と変わるところはまったくない。同様に変化に富み、それに加えて普段の彼女の屈託ない笑顔を忍ばせる⑥の「Ernesto」でもこのアルバムに一貫して流れる音楽家、藤井郷子の、普段ほとんど表に出ない美意識がごく自然に顔を出しているところが実に興味深い。エルネストとはまさか、指揮者のエルネスト・アンセルメではあるまい。とすると、誰だろう(閑話休題)。

そして、最後の2曲, ⑦「Expanding」と⑧ 「Twenty Four Degrees」 へ。このCD作品への賛辞は語り尽くしたつもりだったが、「Expanding」がフィナーレ(実際にはフィナーレ前の1曲)を飾るにふさわしい、まさに藤井郷子ならではの、渾身、いや会心の、舞台作品でいえば最後の大団円を象徴する1曲だった。極めてイマジネイティヴにして、かつ飛躍力に富む彼女のピアノの弾力性に富む力強い響きが、恐らく多くの聴き手を鼓舞するに違いない。私にとっても痛快極まりない終曲(?)だったが、それ以上にこの『葉月』の中で最も繰り返して聴きたい1曲でもあった。本作品中から1曲を選べと言われたら、文句なくこの「イクスパンディング」に白羽の矢を立てるだろう。

『葉月』とは陰暦八月の異名であるが、藤井がこの作品集を自宅(神戸)で録音したのが今年、すなわち2020年8月だったという以外の意味を(もしあるとしても)私は知らない。彼女のことだから何やからくりがありそうな気もするが---。出来上がった録音はおそらく米ロング・アイランドのスタジオで念入りに調整されたのだろう。新譜案内紙に<内部奏法などの特殊な奏法は控えめだが、藤井の確かな演奏力と楽曲の魅力が伝わる。春頃から書き始めた新曲を中心とし、不安な今とこれからの希望を映し出す一枚>とある。それ以上に付け足す文言はない。

100枚(!)に近い田村夏樹=藤井郷子の吹込作品作品の中で、私が一押ししたい作品である。

実は、この1作発売の少し前に、『モリイクエ、藤井郷子+田村夏樹/プリックリー・ペア・かクタス』(11月発売)、『田村夏樹・藤井郷子/ MANTLE』の2作品が発売され、『MANTLE』に興味を持っていたが、本作を聴いた瞬間断念したことを告白したい。(2020年12月16日記)

悠雅彦

悠雅彦

悠 雅彦:1937年、神奈川県生まれ。早大文学部卒。ジャズ・シンガーを経てジャズ評論家に。現在、洗足学園音大講師。朝日新聞などに寄稿する他、「トーキン・ナップ・ジャズ」(ミュージックバード)のDJを務める。共著「ジャズCDの名鑑」(文春新書)、「モダン・ジャズの群像」「ぼくのジャズ・アメリカ」(共に音楽の友社)他。

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