#2045 『ヒカシュー / なりやまず』

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text by 剛田武 Takeshi Goda

MAKIGAMI RECORDS CD : mkr-0016

1 なりやまず
2 千羽鶴のダンス
3 モールメイラ(苦い)
4 あらゆる知恵から
5 黒いパンの甘さたるや
6 もいちど会いたい
7 どこまでも途中

ヒカシュー:
巻上公一 ヴォーカル,テルミン,コルネット、尺八、口琴
三田超人 ギター
坂出雅海 ベース
清水一登 ピアノ、シンセサイザー、バスクラリネット
佐藤正治 ドラムス

ヒカシュー公式サイト

鳴り止まない音楽が世界を変えられるか

2020年を象徴する音楽ビデオを選べと言われたら筆者は躊躇いなくヒカシューの「なりやまず」と題された動画を挙げたい(*)。2020年3月にツアーのために訪れたエストニアで新型コロナウィルス感染症に伴う緊急事態宣言が発令され、かろうじて出演できた初日を除く公演がすべてキャンセルになり、人気のないタリン港の波止場で5人のメンバーと招聘元のTUHAT KURGE(千羽鶴)アジア演劇フェスティバルのスタッフのパフォーマンスをスローモーションで撮影した映像は、イメージフィルムのように美しく神々しいが、彼ら以外に生命の営みが全くなく、人間はもちろんカモメすら飛んでいない事実に気づいたとたん、極めてストレンジで非現実的な異世界に変貌する。一夜にして変わってしまった世界の静寂。人類を襲ったカタストロフをこれほど鮮明かつ冷酷に描いた音と映像は他にあっただろうか?

公演が中止されただけでなく、緊急事態宣言で封鎖されたエストニアから日本へ帰国できるかどうかもわからない不安な状況の中で、彼らはタリンの小さなスタジオを借りてレコーディング・セッションを行った。そこで録音された4曲と、帰国後にアルバムのためのインスピレーションで創作した3曲を収録したのが、ヒカシュー24枚目にあたる本作である。予期せぬレコーディング・チャンスにも動じず、極めて完成度が高く、同時にスポンテニアスなチャンス・オペレーション満載のサウンドは、不定形即興ロック集団だからこそ成しえた成果と言えよう。

現地でレコーディングされた4曲(M.4~7)の言葉とサウンドの即興性が渦を巻いて進行していくフリーキーなサウンドは、巻上・三田・坂出による即興トリオ、マキガミサンタチの手法に通じる真剣勝負の即興音楽。意味不明の創作言語または非日本語を散りばめた巻上の歌は、異国での異常な体験の不安と戸惑いを笑い飛ばそうとするように冴えわたり、各楽器が自由勝手に拡散・集合を繰り返す演奏は、重苦しい雰囲気を新鮮な空気で換気するかのようである。特にM.4「あらゆる知恵から」とM.7「どこまでも途中」の不条理劇のように断続的な場面展開には、これまでのヒカシューのレコードにはなかった壮絶な悲愴が感じられる。

数日後、予約していた航空会社が全フライトをキャンセルしたため、急遽別の航空会社の便を手配して何とか日本へ帰ることが出来たが、日本もすぐに緊急事態宣言が発出されエストニアと同じ状況に陥ってしまった。帰国後制作されたM.1~3では「もう笑うしかない」という開き直ったユーモアを持ったポップ・サウンドを聴かせる。ただし「いいひとぶって なりすます」(M1.「なりやまず」)、「苦い思い出 たくさんの裏切り」「迷惑なんだよ」(M3.「モールメイラ(苦い)」)といったネガティヴな言葉からは「笑ってる場合じゃない」という怒りと危機感が溢れ出す。

本作はヒカシューの全作品の中でも一二を争う厭世的な作品かもしれない。ニューヨーク録音の前作『あんぐり』にもAngry(怒り)の片鱗がうかがえたが、それから3年、偶然にせよ再び異国の地で制作された本作に通底する言葉にできないほどヘヴィなメッセージには、マイナスをプラスに転化しようとする意志と希望が込められている。世界にどんなことが起ころうと、ヒカシューがやるべきことはただ一つ、鳴り止まない音楽を奏で続けることだけなのだから。(2020年12月31日記)

*注:動画のタイトルは「なりやまず」だが、使われている楽曲は現地のフェスティバル名に因んでタイトルされた「千羽鶴のダンス」である。

 

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。会社勤務の傍ら「地下ブロガー」として活動する。近刊『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。 ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰

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