#2055 『Masayuki Takayanagi | Nobuyoshi Ino | Masabumi Kikuchi / Live at Jazz-inn Lovely 1990』
『高柳昌行|井野信義|菊地PUU雅章/ライヴ・アット・ジャズイン・ラブリー 1990』 

閲覧回数 7,159 回

text by Yoshiaki ONNYK Kinno 金野ONNYK吉晃

NoBusiness Records NBCD 135

Masayuki JoJo Takayanagi – guitar
Nobuyoshi Ino – bass
Masabumi PUU Kikuchi – piano

1. Trio III  18:04
2. Duo I (Takayanagi – Ino)  15:21
3. Duo II (Takayanagi – Ino)  11:53
4. Trio I 20:57
5. Trio II 11:10

Track 1,4 & 5 improvised and composed by M.Takayanagi, N.Ino and M.Kikuchi / Track 2 & 3 improvised and composed by M.Takayanagi and N.Ino.
Recorded live by SONY TC-DM at jazz inn Lovely, Nagoya, Japan, October 9th, 1990
Gigs produced by Katsuhiko Kawai 河合勝彦
Tapes provided by Koujiro Tanaka 田中康次郎
Mastered by Arūnas Zujus at MAMAstudios
Design by Oskaras Anosovas
Cover photo ©1980 Tatsuo Minami (Masayuki Takayanagi & Nobuyoshi Ino@Moers, West Germany, 5.26, 1980)
Booklet photos from private collections except Masabumi Kikuchi by Kenny Inaoka
Produced by Takeo Suetomi 末冨健夫Kojirou Tanaka and Danas Mikailionis
Co-produced by Valerij Anosov
Release coordinator – Kenny Inaoka from Jazz Tokyo


明治43年(1910)、幸徳秋水を主犯として総勢12名が「大逆罪」に触れたとして、たった一度の審理で、起訴から一ヶ月で処刑された。この経緯は様々な研究、書籍に詳しいが当時の一般的解釈は「無政府主義者、すなわち暴力革命を信奉する逆賊が、天皇を爆殺せんと企図したが、事前に露見して、その一味を壊滅させた」ということになっていた。これは当時の権力者である山県有朋の強い意志により、社会主義者、共産主義思想を一斉に取り締まり、かつ見せしめにせんとする強権の現れで、計画自体はあったものの極めて幼稚な段階であった。また首魁とされた幸徳は計画を知っては居たが、その実行には肯定的ではなかったようである。獄中、幸徳は弁護士宛に弁明の書簡を送っている。其の中で彼は、真の無政府主義とは、また世界状況、革命と暴動などについて実に明確な論述をしている。(当時、朝日新聞に居た石川啄木はこの弁明書を書き写して所有していた)
其の中ではっとさせられる一文がある。
「検事局と予審廷の調べにおいて、直接行動ということが、やはり暴力革命とか、爆弾を用いる暴挙ということと、殆ど同義に解されているようなので驚きました。直接行動は、英語のダイレクト・アクションを訳したもので、欧米ではふつう労働運動に用います。…具体的に言うと…議会に頼んで工場法をこしらえてもらうよりは、じかに工場主に談判する。それを聞き入れてもらえなければ、同盟罷工(ストライキ)をやるということです。…議会をへないことなら、暴動でも殺人でも泥棒でも詐欺でも、みんな直接行動ではないかと論じられるのは間違いです。…ゆえに直接行動を、ただちに暴力革命にむすびつけ、直接行動論者であることを、今回の事件の有力な一原因にくわえるのは、理由のないことです。」(佐木隆三「小説 大逆事件」より抜粋引用)

高柳昌行は死の半年前に『カダフィのテーマによる三つの即興的変奏』を録音してCDに残している。ここでは四台のギターの同時演奏に依る密度の高い「いわゆるノイズ」が横溢している。これは彼の到達した、というか死の予感を前に、成し遂げておかなければならなかった一つのレベル(level=水準とも、rebel=反逆とも)なのだ。そしてまた我々は、高柳が目撃しなかった2011年の悲惨なカダフィの死の現場も思い出すのだが。
高柳はこの85年に開始したこの演奏形態を「アクション・ダイレクト」と名付けている。曲解、誤解を承知でこれを「直接行動」と訳してもいいのだろうか。

さて、かなりの遠回りをしたが、今回レビューをしなければならないのは『カダフィのテーマ』のほんの2ヶ月前に録音された未発表録音である。基本的には井野信義のチェロとのデュオではあるが、そこに菊地雅章が一部参加して希少なトリオを聞かせている。
それにしてもこのデュオ/トリオ・インプロヴィゼーションの延長にか、意識下に平行してか、アクション・ダイレクトが、『カダフィのテーマ』が存在することに驚きを禁じ得ない。しかも同じ90年の8月、10月(同月である)にはギターセクステットによるタンゴのライヴ『EL PULSO』さえも録音しているのである。
ボサノヴァの奏者としてデビューした高柳が、ジャズにおいてはトリスターノの理論に共感し、強烈なリズムを生み出すタンゴへの関心を持ち、そしてフリージャズの領域でも類例のないアンサンブルを生み出し、平行して無伴奏ギターソロの可能性を追求した。その過程の果てに井野とのデュオ共演は続いた。どんどん体調は悪化して行った。其の最果てに、そして彼の音楽の集成としてアクション・ダイレクト=直接行動があると考えるのは早計だろうか。
もし、そう考える事が許されるなら、このアルバム『Live at Jazz inn Lovely 1990』は、高柳の最後の跳躍、直接行動の彼方へ向けて旅立つ寸前の、非常に穏やかな安らぎの時間だったのではないだろうか。
いや、決して『カダフィのテーマ』を、日本の音楽界、世界のジャズの商業主義的偏向への反逆の狼煙として、圧倒的音塊の暴力革命であると見なしているのではない。ノイズ=暴力的音響と考える程アタマは腐っていないつもりだ。
しかし、井野や菊地と過ごす時間は、もはや直接行動あるのみという覚悟を裡に秘め、陰腹を切ってステージに上がり、さあ丁々発止の即興妙技をお聞かせしようというほどの和やかささえ感じる。井野も高柳もビール片手に微笑んでいる。「やあプー、久しぶりだな。お前さんとやるのは嬉しいね。今日はたっぷり可愛がってやるぜ」とでも語っただろうか。
実際、菊地の入ったトリオと、井野とのデュオは気迫がまた違う。菊地は時にモンク、時にブレイのように変幻する。高柳は時折やっていることだが、ギターにフェイザーのようなエフェクトをかけて、人工的波動をこしらえている。それは彼の断続するような、そしてギリギリのピッキングを、どこか柔らかなものにしている。無伴奏ソロでも妙に気になったことだった。
しかしデュオではもはや遠慮なくたたみこんでくる。井野のピチカートとボウイングの受け流しの妙。
アクション・ダイレクトの前の静けさ。三人の時間は美しく流れた。

金野 "onnyk" 吉晃

Yoshiaki "onnyk" Kinno 1957年、盛岡生まれ、現在も同地に居住。即興演奏家、自主レーベルAllelopathy 主宰。盛岡でのライブ録音をCD化して発表。 1976年頃から、演奏を開始。第五列の名称で国内外に散在するアマチュア演奏家たちと郵便を通じてネットワークを形成する。 1982年、エヴァン・パーカーとの共演を皮切りに国内外の多数の演奏家と、盛岡でライブ企画を続ける。Allelopathyの他、Bishop records(東京)、Public Eyesore (USA) 等、英国、欧州の自主レーベルからもアルバム(vinyl, CD, CDR, cassetteで)をリリース。 共演者に、エヴァン・パーカー、バリー・ガイ、竹田賢一、ジョン・ゾーン、フレッド・フリス、豊住芳三郎他。

コメントを残す

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。