#2075 『Ky / CYRCLES』

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text by Takashi Tannaka 淡中隆史

openmusic  OPJPCD1012

Ky:
Maki Nakano 仲野麻紀 (a.sax, metal clarinet)
Yann Pittard ヤン・ピタール(g, oud, fx)
Featuring:
Nicolas Pfeiffer ニコラ・フェイファー (doubele bass)
Mogan Cornebert モガン・コルネベール(drums)

1. Gymnopédies No.1 (E.Satie) ジムノペディ1番 (1888年)
2. Cyrcles 1 (Ky)
3. Le Yaching (E.Satie) ヨット遊び「スポーツと気晴らし(1914年)」より
4. Cyrcles 2 (Ky)
5. Cyrcles 3 (Ky)
6. La Balancoire (E.Satie) ぶらんこ「スポーツと気晴らし(1914年)」より
7. Cyrcles 4 (Ky)

録音:2019年 5月フランス
Recorded & Mixed by: Pipostar
Mastered by Tom Van Den Heuvel
Drawing by Mogan Cornebert
Cover art by Christine Guais
Produces by Ky for Openmusic

“旅するサックス吹き” 仲野麻紀のあたらしいアルバム

旅に出て、ゆっくり立ちどまる。「土地に鳴る音」(*)を聴いて、そこでおぼえた料理をつくる。新しい音楽仲間をつくって一緒にまた旅を始める。私の知るかぎりこうした「世界のどこかへ探し物の旅に行き、そこ住んで音楽を考える」タイプは3人目。みんな女性の音楽家ばかりでおまけに名古屋とその近くの出身なのです。とても偶然の一致とは思えない。センシティヴなひとが愛知県に生まれて青春期を送っていると、ほどなく地霊から「ここではなく、世界のどこかへ自分の場所を探しに行きなさい」と囁きかけられるものなのか。

3人とも新しい地に住むにあたって、食べものがキーになっているところもよく似ている。地元の市場をさまよい、そこがあまりに気に入ったので日本からもってきた「有次」の包丁一本と、すぐそばに住みついて音楽づくりを始めた人もいる。でも麻紀さんは音楽と料理だけではなく、俳句を詠むし本も書く。とりわけ欲張りだからではなく、音の佇まいはおだやかで美しい。日々の悦びと悲しみ、新しいものにふれた驚きをつづった音楽の日記。そんな麻紀さんの「日記帳」を見せてもらうのは楽しみに満ちている。この時代に迷っている人々に生きていくたのしみ方をこっそりと教えてくれるようだ。

むかし、たった一夜だけ吉祥寺の地下のライブハウスで麻紀さんの音楽を聴いたことがある。

別のセッションにゲストとして登場、オリジナルを2曲ほど演奏したあとにサックスをプレイし、歌ったのはなぜか「大漁歌い込み」。「なんだ、なんだこの人は、この奇妙な音楽は」と驚いているうちあっという間に演奏は終わってしまった。その時わからなかったことが、今あたらしく届いた『Ky / CYRCLES』を聴くとよくわかる。旅の途中で天然、自然に湧いてきたようなリラックスした感覚を麻紀さんと共有した気持ちになれた。

パリ市立音楽院ジャズ科で学び、そこで出会ったヤン・ピタール(ギター/ウード)とユニット“Ky”(キィ)を組んで「楽師との付き合い」(*) は現在まで16年間つづく。フランスからあらたな辺境をめざして旅はヨーロッパ、アフリカ、中東や東洋の各地へと続く。日本でも毎年のようにツアーを行っていて、2020年もいつもと変わらず一人でやってきて各地を演奏行脚しているのには驚いた。

2016年には音の生まれるところを探し、訪ねる「旅する音楽~サックス奏者と音の経験」(せりか書房)がある。音楽家が書いた本としては異色の「旅する哲学」の本だ。他方で「カイエdu 俳句」、“Traveling Haiku”、“openradio”などなどしっかり進行中。それらを覗いてみると「咳をしても一人」、「土地行けば 古代現代 月の声」という、たおやかなメッセージが溢れている。勁草書房のサイト「けいそうビブリオフィル」の「ごはんをつくる場所には音楽が鳴っていた」がおもしろい。食べ物と音楽の嗜好は旅と出会いにひもづいていて、まるで瓜二つなのだ。2009年からは音楽レーベルでありコンサートの企画・招聘を行うopenmusicの主宰を始めた。2013年以降ブルキナファソの葬送儀礼楽師 Kaba-kô、レバノンのラッパー Rayes Bek (a.k,a/Wael Koudaih)、盲目のウード奏者 Mustafa Said、シリア人フルート奏者Naissam Jalalを日本に招聘、それらの経緯は「旅する音楽」にくわしい。控えめなイメージを感じさせるのに、あたらしく未知なるものに出会うためにはとりわけ熱心、精力的になる。その地に根差したものに出会えた悦び、他者から発せられる音への温かい反応が基調になっている。

『Ky / CYRCLES』はヤン・ピタールとのユニット“Ky”(キィ)にニコラ・フェイファー(ベース)とモガン・コルネベール(ドラムス)の二人を加えたアルバム。長年のテーマであるエリック・サティの「ジムノペディ1番」、「スポーツと気晴らし」からの2曲と自身のオリジナル<Cyrcles”>1〜4まで計7曲。ランダムに配置したように見えて、よく考えられた組み合わせは美しい。なるほど、こうして並べて聴いていると「BGMことはじめ」ともいえるサティと麻紀さんの音楽とはおどろくほどの親和性がある。生活の中できいているうちに、情景の一つとなって記憶に染み込んでしまうようなところがある。「どこか」、「だれか」から発せられる音を全身で受けとめておだやかに挨拶を交わす。だから大きな声を出す必要は少しもない。すぐれた聴覚の持ち主が他者を理解し、敬意を示すときの作法だ。

2019年 5月のレコーディング。すなわち彼女が暮らすフランスも世界もパンデミックを迎える半年も前にできた作品。「コロナ禍」のフランスでの過ごし方と音楽のあり方については “Interview #219 サックス奏者 仲野麻紀” で語られているけれど、(もし、「コロナ後」というものがあるとしたら)麻紀さんとその音楽はどのように変わってくるのだろうか。

あたらしい日記帳を楽しみに待っています。

(注 *)いずれも仲野麻紀「旅する音楽~サックス奏者と音の経験」(せりか書房)より

淡中 隆史

淡中隆史Tannaka Takashi 慶応義塾大学 法学部政治学科卒業。1975年キングレコード株式会社〜(株)ポリスターを経てスペースシャワーミュージック〜2017まで主に邦楽、洋楽の制作を担当、1000枚あまりのリリースにかかわる。2000年以降はジャズ〜ワールドミュージックを中心に菊地雅章、アストル・ピアソラ、ヨーロッパのピアノジャズ・シリーズ、川嶋哲郎、蓮沼フィル、スガダイロー×夢枕獏などを制作。

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