#2081 『Raimonds Pauls Trio/The Lost Latvian Radio Studio Sessions 1965 / 1966 』
『ライモンズ・パウルス・トリオ /ロスト・ラトヴィア・ラジオ・スタジオ・セッションズ 1965/1966』

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text by Ring Okazaki (岡崎凛)

Jersika Records JRA 013 (2021年5月7日発売予定)

Raimonds Pauls (piano)ライモンズ・パウルス
Aivars Timšs (upright bass)アイヴァルス・ティムシュス
Haralds Brando (drums, bongos)ハラルズ・ブランド
Gunārs Gailītis (drums)グナールス・ガイリーティス
Alexander Pischikov(tenor saxophone)アレクサンデル・ピシュチコフ

A Side  (Total:  15:13)
[Suite DIENVIDU AKVAREĻI (SOUTHERN WATERCOLOURS)] Played by Raimonds Pauls, Aivars Timšs, Haralds Brando and Alexander Pischikov
1. Džungļu taka [Jungle trail] (2:44)
2. Skumja dziesma [Sad song] (3:57)
3. Deja [dance] (2:12)
4. Nakts [night] (4:00)
5. Viesuļvētra [Hurricane] (2:04)

B Side (Total:  23:09)
[Suite IESPAIDI (IMPRESSIONS)] Played by Raimonds Pauls, Aivars Timšs and Gunārs Gailītis
1. Sens motīvs    [An old motif] (1:54)
2. Apmācies rīts [Cloudy morning]  (3:30)
3. Pavasarīga noskaņa[Spring mood] (2:09)
4. Slikts sapnis [Bad dream] (3:21)
5. Strīds [Dispute] (1:57)
[Suite KALNU SKICES (MOUNTAIN SKETCHES)] Played by Raimonds Pauls, Aivars Timšs and Haralds Brando
6. Aizas malā [On the side of the gorge] (1:22)
7. Kalnu dziesma [Mountain song] (2:02)
8. Džigitu deja [Jigita dance] (1:32)
9. Pie klostera drupām [At the ruins of monastery] (3:13)
10.Kalnos [In the mountains] (1:33)

All music composed by Raimonds Pauls
Recorded at Latvian Radio Studio, Riga, Latvia
A 1.- 5. (Recorded on December 14.1965):
Recording Engineer: Viktors Grundulis
Assistant Recording Engineer: Ilga Vidiņa
B 1.- 5. (Recorded on July 23.1965)
Recording Engineer: Viktors Grundulis
Assistant Recording Engineer: Mirdza Kristapa (Ziemele)
B 6.- 10. (Recorded on October 28.1966)
Recording Engineer: Viktors Grundulis
Assistant Recording Engineer: Ilga Vidiņa

This compilation produced and supervised by Mareks Ameriks
Original master tapes property of Latvian Radio Archive Recordings (Latvijas Radio arhīva ieraksti)
Front Cover Photo: Shot from the documentary “Rīga saules ritmā” 1964, property of LKFFDA
Sleeve Design: Edgars Ameriks


本アルバムの概要
1965/1966年録音のRaimonds Pauls のピアノトリオ・アルバムが2021年5月リリース予定。アナログ・レコーディングにこだわるラトヴィアのJersika Recordsより、LP盤とデジタルアルバムが発売される。
https://jersikarecords.bandcamp.com/album/the-lost-latvian-radio-studio-sessions-1965-1966 (☜Bandcampでの購入ページ)

ラトヴィアの著名なピアニストであり、文化大臣も務めたライモンズ・パウルスは、85歳になる現在も多忙な音楽家として活躍中である。ポップスの作曲家として世界的に知られる彼は、1960年代にジャズ・ミュージシャンとしてもその才能を開花させていた。

本作に収録されるライモンズ・パウルスのピアノトリオが活躍した時代には、ロシアとバルト三国(エストニア、ラトヴィア、リトアニア)、東欧諸国各地の都市でジャズフェスが催され、ラトヴィアの人々がジャズに夢中になっていたことは、さまざまな資料から見えてくる。当時は共産圏内でのジャズ交流が活発だったとされるが、その実情を伝えるのが、ロシアのサックス奏者、アレクサンデル・ピシュチコフの本作へのゲスト参加である。

客演したピシュチコフがラトヴィアの3人を刺激したのか、または相互刺激が生まれていたのか、とにかく4人のテンションの高さは凄まじい。その一方で互いの演奏に反応し合うバランス感覚が見事で、小粋なハードバップの魅力が演奏の隅々に行き渡っている。スピーディーでタイトな曲から、ゆったりとした甘いムードの曲へ、という定番的な流れがあるが、このカルテットがとても瑞々しく感じられるのには、パウルスの曲作りの上手さもあるだろう。本作には5部構成の組曲が3つ収録されており、A面ではカルテット、B面ではトリオが登場する。

A面は全て未発表音源らしい。B面は前半の組曲のうち4/5、後半の組曲のうち2/5の章はレコードやベスト盤CDなどに入っている。だがこの2つも、組曲全体がまとまってリリースされるのは初めてのようだ。

Jersika Recordsの資料によれば、ラトヴィア・ラジオのアーカイヴに保管されていたマスターテープを元に、ダイレクト・カッティングによりLPが製作されるという*。

Raimonds Paulsについて**
本作のリーダーであるRaimonds Pauls(ライモンズ・パウルス)は、1936年ラトヴィアのリガに生まれる。作曲家・ピアニストとして有名であるだけではなく、ラトヴィア大使館のホームページによれば、「元国会議員、元文化大臣、元ラトヴィア国会対日友好議員連盟メンバー」であり、日本との文化交流に尽くした音楽家であるという。彼の代表曲「百万本のバラ」(ラトヴィア語原題は「マーラが与えた人生」)は、世界的に人気の高い曲であり、日本でも多くの歌手によってカバーされている。

ライモンズ・パウルスは、ポップスの作曲家、政治家としての功績があまりにも大きいために、60年代頃の彼のジャズプレイヤーとしての活躍は近年それほど注目されて来なかったのかもしれない。本作のリリースによって、ライモンズ・パウルスがラトヴィアのジャズ界で果たした役割の大きさが再認識されることだろう。一方日本では、ラトヴィアの60年代のジャズシーンが語られる機会は、ほとんどないのが現状だと思う。本作のリリースによって、バルト3国にどれだけ豊かなジャズ文化が根づいていたか、日本でも知られるチャンスになることを期待したい。

Raimonds Pauls Trioの特徴
B面の曲を聴き始めると、スタイリッシュで先鋭的な作風に驚く。引き続きハードバップ・ジャズを聴くのかと思っていたら、少し不思議な世界が広がっていた。最初の組曲〈IESPAIDI (英名:IMPRESSIONS) 〉で連想したのは、デューク・エリントンのアルバム『Money Jungle』である。独特のユーモアにあふれ、パーカッシヴなピアノを弾くところが類似する。抒情的なメロディーは使われるが、抒情性をメインにはしない。そして典型的な4ビート・ジャズはどこにも見当たらない。
二つ目の組曲〈KALNU SKICES (英名:MOUNTAIN SKETCHES)〉では、ベーシストのAivars Timšs がアルコを多用するなど、作風がかなり変わり、現代クラシック的な要素も加わる。パウルスはこうした組曲で、当時誰も踏み込んだことのない音楽世界の開拓にチャレンジしていたのだろう。

〈KALNU SKICES〉第5章:

2人のドラマーが2つの組曲にそれぞれ参加している。カルテットでの演奏でラテン・テイストなボンゴを叩いていたHaralds Brando は後半に登場し、ドラムの強弱を丁寧に叩き分ける一風変わった曲にも、しっかりと対応している。もう1人のドラマーのGunārs Gailītis は、トリオでの前半の組曲で、パウルスのはじき出す高速なピアノのバックで、激しくも正確な早業を披露している。

Haralds Brando、Gunārs Gailītisは、ベーシストのAivars Timšs と同様に、パウルスが率いるビッグバンド、Rīgas Estrādes orķestris(リガス・エストラーデス・オルケストリス)に参加していた。

リガス・エストラーデス・オルケストリスについては、活動期間が1957–1975と長かったので、資料が比較的多く見つかる。
ちょうど本作のトリオのメンバーである、ドラマーのGunārs Gailītis、ベーシストのAivars Timšs、指揮者のライモンズ・パウルスが偶然左側に集まる写真があった。今見れば古色蒼然とした印象かもしれないが、このバンドは当時ジャズを聴いて踊る若者たちを大いに楽しませたはずだ。撮影時期は60年代とだけ記されている。

Rīgas Estrādes orķestris
Rīgas Estrādes orķestris

ゲスト参加のロシア人サックス奏者、Alexander Pischikovの存在感
ライモンズ・パウルスの躍動感に満ちた演奏、優れた楽曲とともに、本作で注目されるのは、ロシア人サックス奏者のAlexander Pischikov(アレクサンデル・ピシュチコフ)である。(彼の名前の表記については下記補足事項を参照***)

本作のオープニングはボンゴの音が効いたラテン・テイストなハードバップ曲。軽く踊るようなリズムに乗って登場するテナーサックスが、じつに渋い音を鳴らす。弾けるようなピアノとのバランスのとり方もよく、「このサックスは誰だろう?」と思わずにいられない。こうしてクレジットに載るアレクサンデル・ピシュチコフに興味津々となった。大げさかも知れないが、ほんの一瞬聴いただけで、彼の吹くサックスに引き寄せられる人は多いのではないかと思う。

調べてみると、彼が「ロシアのコルトレーン」の異名を持つらしいと知る。これには一瞬なるほどと思ったが、少し違うような気もした。いずれにせよ、このサックス奏者がどういう人物なのか興味は深まった。
その後、Jersika Recordsがプロモーションのために公開した動画の1つを見ると、ライモンズ・パウルス本人が登場し、「ピシュチコフはロシアに戻ったらしいが、その後のことは知らない」と語る。すると録音技師らしい人物が、「彼を2000年以降に、SoundCloudで聴いたよ」と答える。そしてステージに立つアレクサンデル・ピシュチコフの近影がちらりと写る。
うまい宣伝だと思ったが、実はピシュチコフは10年ぐらい前にロシアの若手や中堅プレイヤーとひんぱんに共演していた。この動画に映る彼の後ろにも、若手のベーシストがいる。

本作で特に着目されるのは、ラトヴィアの重鎮ライモンズ・パウルスの若き日の偉業かもしれないが、この動画にも登場する67年のエストニア、タリンで開催された伝説のジャズフェスティヴァル、タリン-67(Tallinn-67 International Jazz Festival)の歴史的な重要性を考えると、このアルバムを、ラトヴィアという一国の範囲内で考えるより、バルト三国とソ連、さらに西側諸国とのつながりの中でとらえる方が意義深いかと思う。ピシュチコフの参加により、本作はロシアジャズ史への入り口にもなっている****。

アレクサンデル・ピシュチコフについて調べていくと、行き当たった人物の中には、現在のロシアジャズ界を牽引するアルトサックス奏者、アレクセイ・クルグロフ(Alexey Kruglov)がいる。自身のアルバムのライナーノートでピシュチコフに言及していた彼は、ロシアのジャズ史のベテランの偉業を踏まえつつ、ロシア・ジャズ界の新しいページを開いていく人物と言えるだろう。
2011年とあるので、すでに10年前の演奏だが、彼とアレクサンデル・ピシュチコフの登場する動画をここに紹介しておきたい。若き日の演奏と比べれば、やや体力の衰えを感じるが、志を高く持ち、若手たちと共演する彼の姿がある。

もう一つ、若き日のピシュチコフの名演が聴ける動画を紹介してこの原稿の終わりとしたい。
ロシアの著名なアルトサックス奏者、Alexey Kozlov(アレクセイ・コズロフ)とのピアノレス・カルテットでテナーを吹く彼は、この上なく輝いている。
1968年。Alexey Kozlov Quartet – Freedom Jazz Dance

補足事項:

*本作をリリースするJersika Recordsは、ラトヴィアのリガで2017年にMareks Ameriksが創業したジャズと即興音楽のためのインディペンデント・レーベル。徹底したアナログ処理によるレコード盤製作を目指し、デジタル音源についても音の温かみを重視した盤に仕上げるのが、このレーベルの流儀だという。
同レーベルは2021年3月、先鋭的なサックス奏者2人による即興作品『Liudas Mockūnas / Arvydas Kazlauskas / PURVS(湿地)』をリリースしている。

**Raimonds Paulsの読みは、レイモンド・ポールという英語風の表記もあるが、ライモンズ・パウルスとするのが原音に近いようだ。また正式な名前はOjārs Raimonds Pauls(オヤールス・ライモンズ・パウルス)であり、この名前で令和2年秋の外国人叙勲受章者に選ばれている。

***Alexander Pischikov(Александр Пищиков)は、アレクサンデル・ピシュチコフ以外に、アレキサンダー・ピシコフなど、別のカナ表記も考えられる。
また、キリル文字のアルファベット変換の際に、Pischikov、 Pishchikov、 Pishikovなど、いくつかのヴァリエーションが生まれるらしく、そのために検索がうまくいかない場合がある。なので、Александр Пищиковでの検索もおすすめしておきたい。

****旧共産圏のジャズ史に関しては、2019年ディスクユニオン発行の「Jazz Perspective vol.18」と、鈴木正美氏によるPDFファイルでの論文「1960年代のジャズ・フェスティバルと聴衆」を参考にした。PDFファイルへのリンクのあるページ:
https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/handle/2115/47672

岡崎凛

岡崎凛 Ring Okazaki 2000年頃から自分のブログなどに音楽記事を書く。その後スロヴァキアの音楽ファンとの交流をきっかけに中欧ジャズやフォークへの関心を強め、2014年にDU BOOKS「中央ヨーロッパ 現在進行形ミュージックシーン・ディスクガイド」でスロヴァキア、ハンガリー、チェコのアルバムを紹介。現在は関西の無料月刊ジャズ情報誌WAY OUT WESTで新譜を紹介中(月に2枚程度)。ピアノトリオ、フリージャズ、ブルースその他、あらゆる良盤に出会うのが楽しみです。

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