#2081 『Chris Pitsiokos / Carny Cant』
『クリス・ピッツィオコス / カーニー・カント』

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text by 剛田武 Takeshi Goda

DL/LP : Eleatic Records ELEA005

Chris Pitsiokos: alto saxophone, baritone saxophone, harmonica, electric bass, electronic drums, voice, all electronic/midi instruments, and electric guitar on track 6.
Rick Eye: electric guitar on tracks 2-5
Jason Nazary: drums on tracks 2, 3, 5

1. Invocation
2. Journal: The Burden of Solidity
3. Go Ahead Rick
4. Lapsarian
5. Journal: The Burden of Memory
6. Question Mark

All music composed, produced and mixed by Chris Pitsiokos.
All words by Chris Pitsiokos
Album Art by Katharina Huber

パンデミックで明らかになった本当の自分の具現化

昨年のパンデミック以来、クリス・ピッツィオコスと何度かメールで連絡を取り合った。ニューヨークに非常事態宣言が発令された2020年3月に母が住むヴァージニア州に避難し1か月間田舎暮らしをしたが、4月にブルックリンに戻ってからは自粛生活を余儀なくされた。ライヴ活動はおろか、友人や他のミュージシャンと会うことすらできない我慢の時期は、逆に彼にとって有意義な時間になったようである。

「僕はこの時間を利用して、自分の人生や価値観、そしてそもそもなぜ音楽を作り始めたのかを再検討することにしました。久しぶりに練習に励み、集中力も高まり、サックスの修理方法も独学で学びましたが、これは大きなウサギの穴を下りていくように深いです。自分自身や自分のレーベル、ライヴ企画に集中することで、経済的にも感情的にも、そして創造的にも、より自給自足できるようにシフトすることを決めました」(2020年5月22日付けメールマガジン)。

自粛期間にレコーディングした音源を『Aswoon』(2020年11月)と『Milquetoast』(2021年1月)の2作のミニ・アルバムとしてBandcampでデジタル・リリースした。いずれもストイックに研ぎ澄まされたサックス・ソロで、若干のオーバーダブはあるものの、直感的に録音された即興作品だった。その一方でじっくりとプロデュースされた作品にも取り組んでいた。

「パンデミックの間、私は本やビジュアルアートに多くの時間を費やしてきましたが、最近は音楽よりもその種のアーティストの創作活動に影響を受けています。特に、ひとつの作品にじっくりと向き合い、レコーディング、リシェイプ、ミキシング、プロデュース、マスタリングを経て、ゆっくりと作品を作り上げていくことについて考えています。本当に一つの世界を作り、その中にゆっくりと入っていくのです。深く個人的で、私にとってユニークなもの」(2020年9月5日私信)。

上記の言葉にある「個人的で、自分にとってユニークな」作品が本作『Carny Cant』であることは間違いない。2020年1月から10月にかけて作曲・録音・制作され、ドラムにCP-Unitのメンバーでもあるジェイソン・ナジー、ギターにテキサス州デントン出身のマルチミュージシャン、リック・アイ(Gay Cum Daddies, Flesh Narc, Bukkake Momsなど)がリモートで参加した他は、ハーモニカ、エレクトリック・ベース、アルト・サックス、バリトン・サックス、そして多くの電子楽器をすべてピッツィオコス自身が演奏している。タイトルは「カーニバル特有の言葉遣い=外部の人には分からない仲間内の秘密の言葉」の意味。普通に聴くと何を意味するのか分からないけど、自分の仲間になれば意味が通じる秘密の音楽、という意味だろうか。実際に一聴するとこれまでのピッツィオコスの音楽とは異質な感触に驚く人は多いだろう。さらにジャケットの手斧の意味を考えると、過去の自分(の音楽)を断ち切り新局面に進む決意も感じられる。

「控えめに言っても、このアルバムは僕のこれまでの音楽とは一線を画しています。僕にとってこの作品は、当時世界で起こっていたすべてのことに対する瞑想であり、その中での自分自身の個人的な旅でもありました」(2021年2月6日付メールマガジン)。

M1『Invocation(呼び出しの呪文)』は多重録音されたバリトンとアルトの嘶き。場と空気を清め、新たなピッツィオコスの音楽を召喚する。M2『Journal: The Burden of Solidity(日誌:固形物の重み)』。インダストリアルなビートに驚く。無理数(分数で表せない実数。例√2、円周率)を用いて生成されたリズムだという。切り裂くような即興サックスが飛び交う中、ピッツィオコスがラップ、というよりスポークン・ワード(ポエトリー・リーディング)を聴かせる。アブストラクトな前衛ヒップホップ。M3『Go Ahead Rick(進めリック)』はリック・アイのギターをメインにしたヘヴィロック・ナンバー。ピッツィオコスが吹くハーモニカが妙に明るい牧歌的な雰囲気を醸し出す。重苦しさと虚無感が同居したミスマッチは、まさに非現実的な自粛生活の空虚感に繋がる。M4『Lapsarian(ラプサリアン:アダムとイヴの堕落の後の世界)』は、サックス版ラップのようなリズムを分断するアブストラクトな曲。ピッツィオコスの超絶技巧サックスが味わえる。M5『Journal: The Burden of Memory(日誌:記憶の重み)』は、M2と対になるスポークン・ワード・ナンバー。再びハーモニカが感傷的な気分を醸す。ジェイソン・ナジーのドラムがバックで淡々とインプロを続ける中、ピッツィオコスのスポークン・ワードがダウナーな呟きとなり、アイの歪んだギターへと変容する。アルバムの最後を飾るM6『Question Mark(疑問符)』は、なんとピッツィオコスのギターの弾き語り。正直に言ってギターも歌も上手ではないが、茫漠とした浮遊感の中で「これが自分だ」と悟りの境地に辿り着いたことを感じる。

ギターとドラムが参加しているが、このアルバムに描かれているのは間違いなくクリス・ピッツィオコスというひとりの人間の魂と肉体である。現在のピッツィオコスのありのままの音楽を時間をかけて濃縮することにより、彼自身の未来の音楽と人生の在り方を刷新した。1年間にわたる非日常的な生活はアーティストにとって決して無駄ではないどころか、ライフタイムで最も有用な変容期間となり得るのである。(2021年4月27日記)

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。会社勤務の傍ら「地下ブロガー」として活動する。近刊『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。 ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰

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