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CD/DVD DisksJazz Right NowNo. 278

#2088 『Jessica Ackerley / Morning/mourning』

Text by Akira Saito 齊藤聡

Cacophonous Revival Recordings

Jessica Ackerley (guitar)

1. Henry
2. Inner Automation
3. Conviction
4. Departure Into Sound Memory
5. Mourning
6. Untitled 3
7. much gratitude to you, for you
8. Coaxial II
9. Morning

All tracks produced, recorded and written by Jessica Ackerley.
Recorded in Manhattan, NY
Mixed and mastered by Lucas Brode
Art and scores by Jessica Ackerley
Photography by No Land
Layout by Dave Petersen
Liner Notes by Wendy Eisenberg

ジェシカ・アッカリーはこの数年間で登場してきたギタリストの中でも耳目を集めるひとりだ。『Morning​/mourning』は、『Pain』(2016年)以来ひさしぶりのソロギター作品であり、それも含め、当初は本人も言及しているように、大きな影響を受けたというメアリー・ハルヴァーソンに共通する時空の歪みがときどき顔を出していた。だが、本盤では内奥のなにものかがトリッキーな音列や音色となって現れるでもなく、雰囲気がこれまでよりも自然なものになっているように感じられる。

そのことをジェシカに尋ねてみたところ、やはりというべきか、2019年に転換があったのだと答えた。翌年にロサンゼルス在住のサックス奏者パトリック・シロイシと即興デュオ作『Extremities』(2020年)を録音するにあたり、自由即興について、またソロワークスについて、彼女は内省のプロセスを踏み、ギターをさまざまなやり方で演奏してみた。コロナ禍ゆえ自分だけの作業の時間を確保できたという理由もあったのかもしれない。それにしても、自由即興ソロへのまなざしが、違ったありようで自由即興ソロを追求する表現者との共演機会にあったとは興味深いことだ。

冒頭の<Henry>が、その曲名が教え子の名前であることを含め、表現そのものと不可分な作業と結びついていることは、彼女の転換をよく示している。レッスンではなにかサウンドを作るだけのことがあった。「ピックアップのオンオフだけに集中してみる」回もあり、それがここでの効果として活かされている。聴く者は割れた音により個人空間に引き込まれる。続く<Inner Automation>もまた思索的だ。

<Conviction>はさらに自身に向かい合うような演奏であり、執拗な繰り返しと変奏によるさまざまな響きの試行が、ジョー・パスのソロギターを思い出させるところがある。また<mourning>や<Untitled 3>における落ち着いた静かさを伴う和音はジム・ホールのそれを想起させる。旋律の飛躍や音色のディストーションさえにも品が感じられる。実際、ジェシカはパスのソロ作『Virtuoso』(1973年)やホールのトリオ作『Live!』(1975年)を長く聴き込んでおり(後者は22歳のとき全ソロを完コピしたという)、影響があるのは避けられないと彼女は謙遜する。だが本盤のサウンドは紛うかたなきジェシカ独自のものである。パスやホールといった偉大なギタリストから得たものを自身の表現に昇華させているのは普通のことではない。

敬意は同時代のギタリストにも払われている。ブータン出身のタシ・ドルジは彼女のヒーローだといい、<Departure Into Sound Memory>の曲名はタシのインタビューにおける発言から引用されている。川島誠(アルトサックス)も2019年にロサンゼルスでタシ、パトリックと共演した際に、「ああ、このふたりは同じ臭いがする」と直感したことを話している(注)。ジェシカもまたパトリックとタシに大きな共感を覚えていることはおもしろい。ここでの演奏は手仕事に焦点が当てられている。弦を押さえて弾くなどの遊びのプロセスは、かつてあれこれと音や響きを試していた幼少期に戻っていくかのようであり、これにより表現領域は間違いなく拡がっている。

速いパッセージで喜びを発散する<much gratitude to you, for you>などのあと、親指ピアノのような音色に彩られる<Morning 2>はまるで光の始まりのような魅力をもっている。

ジェシカはニューヨークでの生活を経て、ハワイのホノルルに引っ越したばかりである。自然の多い環境で自分の仕事をじっくり行うことが彼女の意図である(いまのところ、音楽よりもむしろヴィジュアルアートのシーンに惹かれているという)。そして2022年春には、いちどはコロナ禍で延期せざるを得なかった日本ツアーを計画している。彼女は、2019年の冬にニューヨークで出会った神田綾子(ヴォイス)との再会、さらには新たな即興演奏家との出会いを想像しつつ、日本語の勉強も始めるのだという。サウンドの変容や進化を含め、彼女の音に直接接する日が楽しみでならない。

(注)「Interview #197 川島誠 Makoto Kawashima〜アメリカ・ツアーで得たもの」(JazzTokyo No. 259、2019年11月2日)

(文中敬称略)

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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