#2097 『落穂の雨 / 酒游舘』
『Ochibonoame / syuyukan』

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Text by 剛田武 Takeshi Goda

CD : Homosacer Records HMSD-009

落穂の雨 Ochibonoame:
川島誠 Makoto Kawashima (as)
ルイス稲毛 Inage Luis (b)
山㟁直人 Naoto Yamagishi (ds, perc)

1. Untitled

Recorded at 酒游館 syuyukan
Photo by 潮来辰秋 Tatsunori Itako
Artwork by 川島誠 Makoto Kawashima
Design by AGE

ホモ・サケルレコード

こぼれ落ちる「祈り」を拾い集めて生まれる即興演奏

2020年2月22日に、川島誠(アルトサックス)、山㟁直人(ドラム パーカッション)、ルイス稲毛(ベース)からなる即興バンドが埼玉県越生町・山猫軒でライヴ・デビューした。その時は「ある理性について」 というバンド名だったが、その日観に来ていた宮岡永樹(分水嶺、終古のオミットなど様々なユニットで活動する若手音楽家)による命名で「落穂の雨」になったという。宮岡がどこからインスピレーションを得たのかは分からないが、即興ユニットのバンド名としては極めて興味深い命名である。「落穂」とは収穫の際に田畑に落ちこぼれた稲穂の意から、物事の本筋からこぼれ落ちてしまった一見無駄な事柄を指す。それを拾い集める行為、いわゆる落穂拾いは、本筋から外れた事柄の中にこそ物事の本質がある、というオルタナティヴな価値観の実践であり、逸れものへの無償の愛の行為である。世間一般に認知される音楽の王道から外れた地下音楽や即興音楽といったスタイルを愛好する者にとっては、落穂拾い的な聴取姿勢こそ日常であり、それによって得られる歓びは、どんな名盤・傑作と呼ばれる作品を聴いても得られない、最高の悦楽である。磨けば光る宝の原石といえる「落穂」が「雨」となって降り注ぐ音楽とは?—無限の想像力が掻き立てられる。

2019年末に川島がバンドの結成を思い立ち、交流のあった山㟁直人とルイス稲毛に声をかけたところ、二人とも二つ返事で参加することになったという。長年ソロ・プレイヤーとして一匹狼のように活動してきた川島が「バンド」をやりたくなった背景には、アメリカ・ツアーでの経験があることは想像に難くない。

“Tashi DorjiとPatrick Shiroishiがいる部屋に入った途端「ああ、このふたりは同じ匂いがする」と直感的に感じて、後ずさりするくらいの興奮と緊張を覚えてます。瞬間に「ここに来て良かった」と思いました。そしてサウンドチェックで3人で最初に音を出した瞬間に、もうほとんど出来上がっていましたね。僕の中のイメージとしてたボルテージとか、絶頂の沸点とか。もう「ああ、そうか」って5分くらいですべて分かっていました。”
―インタビュー:川島誠 Makoto Kawashima〜アメリカ・ツアーで得たもの(2019年11月2日公開)より

同じ匂いを持つ者同士の直観的な相互理解。共演者とは「個」と「個」でありたいと願う川島にとって、何も語らなくてもそれが可能な奇跡の出会いであった。そんな出会いを一回限りで終わらせるのではなく、バンドとして恒常的な関係を持ち続けたいという希求がいつしか彼の心の中に芽生えたに違いない。同じインタビューで、山㟁について「Tashi Dorjiと同じようなものを感じる。重力というか」、稲毛について「音の塊が心地よくて、とてもやりやすかった」と語っている。インタビューが行われた2019年10月19日の時点ではバンド構想はなかったはずだが、この言葉の中に希求の答えが隠されていたのであろう。

2020年8月9日にデビュー・ライヴと同じ山猫軒で開催されたコンサートがライヴ・レコーディングされ、命名者の宮岡永樹による秀逸なアートワーク(筆者が愛するオーストリアの芸術家フンデルトワッサーの「血の雨の降る家々」をパラノイアックに再構築したように見える)が付されて、2021年2月に1st CD『落穂の雨 Ochibonoame』としてリリースされた。3人のこれまでの活動を考えれば、単なるフリー・ジャズやフリー・インプロヴィゼーションになるわけがないと予想していたが、意外なほど真っ向からストロング・スタイルの即興演奏に挑んだサウンドが新鮮だった。

それから4か月、早くもリリースされた2nd CDが本作。タイトル通り2020年10月3日近江八幡サケデリックスペース酒游舘におけるライヴ録音である。酒蔵を改装した、アコースティック・サウンドの素晴らしさに定評のあるこの会場は、音楽に加えて美味しいお酒を楽しみに遠地から訪れるミュージシャンやファンも多い。川島にとっても山猫軒や白楽Bitches Brewと並ぶ演奏拠点のひとつである。酒の神が宿るとも言われるこのスペースで繰り広げられた落穂の雨の演奏は、阿部薫のポートレートが見下ろす山猫軒とは趣の異なる霊性を帯びて聴こえる。

冒頭の鎖を引き摺るような音は、川島が床に置いた鈴飾りを裸足で踏んで歩く清めの儀式の音である。スネアやシンバルをスティックで擦る山㟁の独特な奏法、ロック的なスケールを封印した稲毛のストイックなベース、郷愁のメロディを奏でる川島のハーモニカ。音数の少ない静的な演奏がしばらく続く。10分強過ぎたところで川島がアルトに持ち替える。情念の重みに軋むようなソロとは異なり、バンドの力で重力から解放されて開かれた音色が酒蔵の天井に反響する。演奏は次第に熱を帯び、30分過ぎには、雷鳴のようなドラム、詠唱するサックス、パルスを重ねるベースが三位一体となって『Spiritual Unity』の如き疾走感を生む。しかし狂騒は長くは続かず、一瞬にして沈静する。それぞれがソロ演奏をしているように聴こえるが、即興の場の緊張感は保たれている。終盤はベースが一定間隔でミニマルなフレーズを繰り返す上で、サックスとドラムが四方八方にエネルギーを噴出する。その後、酒の神が降臨したのを確認したかのように61分のロング・セットは終焉する。CDが停止した後、三人が酒の神に祝杯を挙げる姿が残像として脳裏に浮かんでくる。あたかもボーナス・トラックのように。

それぞれが異なる地平に立ちつつも、演奏が進むにつれて表情を変化させて、ダイナミックに響き合ったり、静寂に収斂したりしながら同化と異化を繰り返すプロセスに、ひとつのバンドならではの魂の共感と進化を感じる。川島自身が手掛けた今作のアートワークには、三つの魂が音の靄の中を軽々と上昇していく様が描かれている。「どこにも混ざらない音」とは川島が書いた故・橋本孝之への追悼文のタイトルだが、同じ匂いを持ちながらも混ざり合わない三つの「個」としてあり続けるこのバンドが生み出す祈り(=落穂)を雨のように浴びながら、バンドがどのように深化し、それぞれのソロ活動にどのように反映されていくのか、興味津々追い続けることが「落穂拾い」の醍醐味なのである。(2021年7月2日記)

【参考記事】川島誠 インタビュー:みんなの「心」が集まって生まれる即興演奏(2019年3月2日公開)

落穂の雨 Live Information

■8/7(sat) サケデリックスペース酒游舘(滋賀)
「酒游舘」発売記念公演

18時開場 18時30分開演
入場料 予約2000円 当日2500円
(ドリンク代別600円 地酒のみお代わり自由)

サケデリックスペース酒游舘
近江八幡市仲屋町中6
TEL:0748-32-2054
(電話対応10:00~17:00)

​■8/8(sun) Gllery Nomart(大阪)
小谷くるみ / 砂から星へ
Kurumi Kotani / Sand to Stardust (Cosmos)

2021.7.17 sat – 8.21 sat
13:00 – 19:00
closed on sundays, national holidays and 8.13 – 8.15
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[関連イベント] 音楽 Live “砂から星へ”
2021.8.8 sun, open 18:00 / start 18:30
charge:¥2,000. *予約制 By reservation only

performer:落穂の雨 ochibo no ame [川島誠 makoto kawashima(altosax), ルイス稲毛 inage louis(bass), 山㟁直人 naoto yamagishi(drums,percussion)], sara(.es / piano)

more infomation >>
https://www.nomart.co.jp/exhibition/detail.php?exhCode=0186

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。会社勤務の傍ら「地下ブロガー」として活動する。近刊『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。 ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰

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