#2107 『ストロング・スイマーズ / Beneath My Fingernails / Swing + A Miss』
Text by Akira Saito 齊藤聡
Strong Swimmers:
Ayumi Ishito (saxophone)
Federico Balducci (guitar)
Trey Cregan (electronics)
1. Beneath My Fingernails
2. Swing + A Miss
2021年6月11日リリース
https://strongswimmers.bandcamp.com/album/beneath-my-fingernails-swing-a-miss
石当あゆみの知名度は日本国内では決して高くはない。それには理由がある。立命館大学に入ってサックスを手にし、ビッグバンドなどでの演奏に打ち込んではいた。国内のステージ上で演奏したのは、卒業後に金沢市のジャズクラブでハードバップなどを演った2年間だけである。彼女はその間に学費を貯め、アメリカのバークリー音楽大学に留学、その後は帰国せずニューヨークに移住した。里帰りの際に演奏するでもなく、たとえば東京で即興演奏を行っている場所や演者たちもほとんど知らないと話す。
だが、ニューヨーク在住11年目を迎えた現在、じつにユニークなサックス奏者として活動領域を確保していることに、遅ればせながら気づかされた。デビュー盤『View From A Little Cave』(2016年録音)は彼女のクインテットによるジャズであり、電気サウンドが爽やかさを増している。2枚目の『Midnite Cinema』(2018年録音)もまた清濁併せのむ都市の夜の雰囲気を湛えた好盤だ。シングル盤をはさみ、2020年に録音された『Ayumi Ishito & The Spacemen Vol. 1』ではそれまでのギターからテルミンに変え、サックス自体の音も加工し、タイトルに偽りのないサウンドを実現している。
これらがジャズ的であるとして、一方、彼女はアヴァンギャルド・即興シーンでの活動も拡げてきた。たしかに即興系のほうが「open-minded」だと感じると話すが、なにも彼女のサウンド領域がジャズから即興へと移行してきたというような単純な話ではない。むしろ、領域にはよらず、彼女自身の「声」、そしてそれを取り巻くサウンドの獲得こそが重要なポイントなのではなかったか。実際、この浮遊感のあるサウンドは、ミスター・バングルやディアフーフといったエクスペリメンタルロックにサックスを乗せたらどうだろうと想像して得られたものだったという。
周囲の空気と溶け合うようなサックスの「声」には、たとえば、彼女がニューヨークでよく足を運んで聴いたというクリス・スピードの影響があるのかもしれない。石当は2014年からメタルを取り込んだような「Eighty-pound Pug(80ポンドのパグ)」というユニットを続けていたのだが、そこにゲストとして招いたダニエル・カーターのサックスのインパクトはとても強いものだった(観客はその音で泣いていたという)。ダニエルは、決して固い幹ではなくどこに流れてゆくかわからない雲のようであり、ときに伴奏するかのようにも聴こえる、唯一無二の不思議なプレイヤーである。そういった体験を含め、彼女は10年間にもろもろの体験を表現に取り込み、試行錯誤し、現在の「声」に至ったということだろう。
そのうえで敢えていえば、本盤は即興領域のサウンドである。ここでは、ギターのフェデリコ・バルドゥッチ、エレクトロニクスのトレイ・クリーガンを加えたトリオにより、気が遠くなるほど大きな宇宙空間に漂い、その音風景が次第に変わっていくようなおもしろさを実現している。空間を外に押し拡げるのはトレイ・クリーガン、空中に画像を描き出すのは石当、両者の役割を行き来するのがフェデリコ・バルドゥッチといったあんばいだが、気が付くと、相互に溶けあい役割を交換しあっているようでもある。フェデリコのアンビエントなギターもまた独特であり、かれが映画音楽の仕事を多く手掛けていることと無縁ではない。さまざまなジャンルの音楽の断片を聴き、それをエモーショナルにまとめあげるアプローチである(ビル・フリゼールに共通していると本人に言うと笑った)。2021年に入ってからも『And watch the earth below (Cadet Chronicles I)』、『A dream of a butterfly』、『Moon Dance』、『Any source of great and unexpected troubles』、『Quay』、『Fallen Angels / Broken Skies』といったソロに近い作品をリリースしており、それぞれに映画的な情景を幻視してしまう作品群だ。こう聴き比べてみるとフェデリコと石当との共演は親和的なものだが、もちろん作曲に基づくソロと本盤の即興とは異なる。フェデリコによれば、サックスという楽器の効果を考慮しながらアイデアを交換し練り上げてゆく作業はとても楽しい過程だったようだ。
フェデリコと石当の出会いのきっかけは、ネット上にアップされた「Eighty-pound Pug」をフェデリコが見つけたことにあった。トレイにも、クイーンズのリッジウッドにあるH0L0という場において月1回行われているギグでおもしろく思ったフェデリコが声を掛け、一緒に演ろうという話になった。また、そのフェデリコがギタリストのアーロン・ネイムンワースを石当に紹介したことにより、石当もブルックリンのブッシュウィック界隈に集う面々とともに3枚組アルバム『Playfield』(2020年録音)に参加、サックスのダニエル、ギターのアーロンやロック系の高橋裕、ピアノのエリック・プラクスらとともに個性を発揮している。石当には、『Playfield』のメンバーを小編成にして、ダニエル、エリック、ベースのザック・スワンソン、ドラムスのジョン・パニカーとともに「Open Question」というバンドを組んでアルバムを出す計画があるという。
石当は、コロナ禍で得られたものは、演奏することのよろこび(『Ayumi Ishito & The Spacemen Vol. 1』は屋上で吹き込まれた)、瞑想的な要素だと話す。個々が引きこもって作業に集中し、ネットや現場で縁をつないでゆく「演者の輪」のありようは、コミュニティ・ベースド・ミュージックとしての即興シーンにおいてなくてはならないものとなっている。そして、それはパンデミック下において副産物的にネットの縁を強化し、ポスト・コロナのフェーズに向かって生き延びている。
石当あゆみ
https://www.ayumiishito.com/
フェデリコ・バルドゥッチ
https://federicobalducci7.bandcamp.com/music
トレイ・クリーガン
https://treycregan.bandcamp.com/
立命館大学校友会・校友会報「りつめい」No.283(2021 JANUARY)
https://alumni.ritsumei.jp/wp/wp-content/themes/alumni/digital-book/283/html5.html#page=5
(文中敬称略)
石当あゆみ、フェデリコ・バルドゥッチ、トレイ・クリーガン