#2109 4K+5.1ch版『真夏の夜のジャズ』

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text by Eisuke Sato 佐藤英輔

わあああ。そうだったのか。オノ セイゲンの音磨きのもと、新装DVD(新調サラウンド・サウンドと擬似ステレオだったものをモノラルに戻した2種類の音を収める)がリリースされる著名ジャズ映画『真夏の夜のジャズ』を見て、いろいろな発見や思いにとらわれてしまった。まずは、ロングアイランド州の避暑地であるニューポートの野外フェスティヴァルにおけるジャズ享受のあり方の得難いドキュメンタリーとなっているのが、改めて感慨深い。それは、その後の数多の夏のジャズ・フェスの指針となっているだろう。

撮影されたニューポート・ジャズ・フェスティヴァルは1958年のもので、とにもかくにも甘酸っぱい気持ちなってしまう。それは、一番豊かだった時代のアメリカ合衆国のハレある余白〜それはホワイト・アメリカの価値観を介したものであったとしても〜をこれでもかと伝えてくれるからだ。そして、白人の“眼”を介しているからこそ、人種を超えてインターナショナルに訴求したグレイト・アメリカン・ミュージックたるジャズの魅力を直裁に伝えるものになっているとも指摘できる。

また、ジャズの担い手だけでなく、ロックンロールのチャック・ベリー(披露しているのは、前年に全米2位に輝いた「スウィート・リトル・シックスティーン」。リズム隊はジャズ奏者で、クラリネット・ソロも入る)、ほぼブルース歌唱と言えるビッグ・メイベル(前年に彼女は、サヴォイからビッグ・バンドを使ったR&B作とも言うべきこってり盤『Big Maybelle Sings』を出した)、ゴスペルのマヘリア・ジャクソン(映画では、彼女がトリとして描かれている。1969年のNYハーレム・カルチャル・フェスティヴァルの映像をソースとする2021年映画『サマー・オブ・ソウル (あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』を見ると、いかにここで彼女が白人向きのパフォーマンスをしているかが分かる)など、繋がってきているアフリカン・アメリカン音楽の様々な様式を鷹揚に括っているところにも、ぼくは頷く。やっぱり、いいジャズ映画だと思う。

そして、そんなぼくの印象をより濃いものとするのが、オールスター名義で出てくる、ルイ・アームストロングの勇姿だ。彼は1901年生まれだから、このとき60歳、少し前。スーツを着た彼はぼくのイメージにある像より少し痩せていて、若い。ぼくはよほどジャズ界最大級のレジェンドのことをじじいな感じに捉えていたのか。

かような彼のパフォーマンスは何気に若々しく、創意に富む。ぼくがアームストロングというとすぐに思い出すのは「聖者の行進」(この映画でも披露される)に代表されるようなニューオーリンズ・ジャズ様式と結びつく古風なそれ。そして、聞く者の笑顔を誘う、ユーモラスな歌声……。ここでも、彼はそんな歌をトランペットを吹きつつ十全に披露する。歌あってのサッチモ表現と言うか、音楽とはもともと歌と楽器演奏が等価にあるものであり、その相乗こそが黄金を生むと言う、アフリカ由来の真理を彼は十全に浮かび上がらせる。とともに、ぼくの頭のなかにいるルイ・アームストロングより颯爽と歌い、クールに吹いている感じがあり。ここにいる彼は老人ではなく、意気盛んな壮年の個性と経験を持つジャズ・アーティストだ。

そうした印象をぼくが持ってしまうのは、そのライヴの総体から受ける音楽性からでもある。だって、そこにはスウィング・ジャズを超える、“同時代的な”と書いてしまうと誇張になってしまうが、彼なりに一歩先を求めんとする活力や創造性のかけらを容易に見つけることが可能であるからだ。ここにいる御大は意欲的で、レトロでなく今様で太っ腹。だから、かなりオルタナティヴと言えるチコ・ハミルトンのところ(そこでフルートを吹いているのは、エリック・ドルフィーだ)は無理でも、二回り年下のソニー・スティットの演奏には笑顔で合流できそうな、ポスト・スウィング期の岸に立つ彼を見つけることができるのだ。

ここには、ルイ・アームストロングのジャズの担い手として不可欠な自由さ、動的感覚が鮮やかに見て取れる。また、ぼくのなかではニューオーリンズ・ジャズのアイコンとして留まっていた彼がもっと意気盛んなジャズ・マンであった事実を強く覚える。そして、そんなことを感じてしまうのは、ぼくが彼のことをちゃんと追っていないからでもある。まさか、著名ジャズ音楽映画を見て、猛省をするとは思いもよらなかった。

晩年のルイ・アームストロングというと、多くの人が思い出すのは、大ヒューマン曲の「この素晴らしき世界」だろう。名プロデューサーのボブ・シール(デッカ、インパルス!、フライング・ダッチマン、ドクター・ジャズなどで辣腕をふるった)が変名で作者の2分の1に名前を連ねる、そのジャズという枠を超えた曲/歌唱の訴求力は本当に素晴らしい。そして、『真夏の夜のジャズ』を見た後だと、腑に落ちる思いをぼくは得たりもする。こんなしなやかさや軽妙な羽を持つ彼ならば、ニュ〜オーリンズで得た価値観を糧にどんどん変化していっても何の不思議はないではないか。とともに、ジャズとはクロスオーヴァーしていく表現であるとも再確認させられてしまうのだ。


佐藤英輔
1958年、福島県生まれ。出版社に3年半務め、1986年9月よりフリーランスの物書きとなる。ジャズに限らず、変なもの、グルーヴィなもの、歌心があるものが好きで、いろいろ書いています。ブログは、https://43142.diarynote.jp

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