#2113 『遠藤ふみ/Live at Ftarri, March 8, April 11 and June 27, 2021』

閲覧回数 2,981 回

Ftarri Live
https://ftarrilive.bandcamp.com/album/live-at-ftarri-march-8-april-11-and-june-27-2021

Fumi Endo 遠藤ふみ (piano)
Masahide Tokunaga 徳永将豪 (alto saxophone)

1. Touch (Fumi Endo)
2. Improvisation
3. Carve (Fumi Endo)

Recorded live at Ftarri, Tokyo, March 8 (2), April 11 (3) and June 27 (1), 2021
Recorded and mastered by Ftarri

最近の即興シーンにおいて注目しているピアニストのひとりが遠藤ふみである。アルトサックスのロングトーンにより独自の音響空間を創出し続けている徳永将豪とのデュオを開始したときには驚かされたのだが、それはなにも意外さによるものではない。筆者は3回の演奏の場においてサウンドの模索過程を観察することができた。

1曲目が3回目の共演の記録である。テキストによる作曲をもとにしており、遠藤曰く「もどかしい曲」。「演奏時間のかなりの部分が静寂で占められている」と書くのは正確ではない。なぜならば、そこには、徳永がアルトサックスを吹き始め、吹き終えるときの管や場の響き、鍛錬された息の流れが空気を伝わる音が入っているからであり、また、遠藤が鍵盤に触れたあとの減衰音が1とゼロの間の極めて微妙な領域で残っているからである。鍵盤が物理的に引き起こす摩擦音もある。徳永のアルトはさまざまなかたちや色のオーバルを作り出し、途中で形を変えたりもする。それが流れゆく現象だとすれば、遠藤が静かに選んで作り出す音は事件だということができる。両者が別々の行動をする序盤から干渉し重なり合ってゆくプロセスなど、静かでありつつも予定調和からはほど遠く、劇的で、過激でさえもある。

そのような演奏であるから、2曲目のピアノソロに移ったことに気が付かなくても不思議ではない。デュオと大きく異なるのは、楽器どうしの接近による色合いの変化ではなく、鍵盤のタッチが多様に提示され、和音であっても単音と単音の時間をずらした重なりあいであっても暗闇の蠟燭の火を思わせるグラデーションを描き出し続ける。遠藤は菊地雅章のピアノトリオ『Sunrise』に大きく影響を受けたというが、むしろ菊地のピアノソロ『After Hours』に近い世界なのではないかと思わせるものがある。ここでは、聴く者の意識の中で時間が揺らぐのである。

3曲目が2回目のデュオの記録である。音数、長さ、響きや減衰の方向性など、主に音の出し方の制約が指示された作曲がもとになっており、「微妙な静寂」は1曲目よりは少ないようだ。そして多様な動きをしている結果か、霧の中を歩く夢のように幻視的であり、親密でもある。これまでストイックに音の響きを追求していた徳永のアルトが、遠藤のピアノによって別の個性を与えられたような印象を覚える。

これは間合いと響きの可能性をこっそりと拡げる悪巧みのような試みだ。

なお、同じ3回のギグから、徳永の作曲によるデュオとかれのソロを収録した徳永名義のアルバムが別途リリースされる。きっと本盤と聴き比べる愉しさがあるだろう。

(文中敬称略)

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 環境・エネルギー問題と海外事業のコンサルタント。著書に『新しい排出権』、『温室効果ガス削減と排出量取引』(共著)、『阿部薫2020』(共著)、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(共著、細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』(共著)など。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

コメントを残す

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。