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CD/DVD DisksNo. 282

#2127 『Mujician / 10 10 10』
『ミュージシャン / 10 10 10』

Text by 剛田武 Takeshi Goda

CD/DL : Cuneiform Records Rune 492

Keith Tippett : piano
Tony Levin : drums
Paul Dunmall : soprano and tenor saxophones, bagpipes
Paul Rogers : 7-string acoustic bass

1. 10 10 10
2. Remember

Engineered, mixed and mastered by Jonathan Scott at the University of Bristol Music Studios, Bristol, UK on October 10, 2010.

Bandcamp

英国ジャズの魔術的音楽家カルテットの遺作。

キース・ティペットの名前は初期キング・クリムゾンのアルバムに客演したことでロック・ファンにも馴染み深いが、筆者の興味は英国ジャズ・ロックの源流の一人としてのティペットにある。キース・ティペット Keith Tippett (本名Keith Graham Tippetts) は1947年ブリストル生まれ。幼少の頃からピアノやオルガン、コルネットなどを嗜み、14歳で学友たちとトラディショナル・ジャズ・バンドを結成、その後モダンジャズ・トリオを結成しブリストルのクラブに出演していた。1967年にロンドンへ移り本格的に音楽活動を開始。奨学金を得て参加したウェールズのサマー・スクールのジャズ・コースで知り合ったエルトン・ディーン Elton Dean(sax)、ニック・エヴァンス Nick Evans (tb)、マーク・チャリグ Marc Charig (tp)らとキース・ティペット・グループを結成。このグループのメンバーが後にソフト・マシーンやキング・クリムゾンといった有名バンドと交わることで、英国ジャズ・ロックおよびプログレッシヴ・ロックの重要な流れを生むことになった。彼らのユニークなところは、一つのバンドに留まることなく、様々なプロジェクトやセッションで自由で多面的な活動を続けたことである。ショー(ロック)ビジネスから見ると“セッションマン”と呼ばれかねないが、ジャズ/即興音楽の立場では真っ当な“ミュージシャン”に他ならない。

ティペットは1970年にシンガーのジュリー・ドリスコール Julie Driscollと結婚(それ以降ジュリーはティペッツ姓を名乗る)。二人の間に生まれた娘インカ Incaが幼い頃、父親の職業を聞かれると“Mujician”と間違った発音で答えていた。ティペットはこの言い方を気に入り、80年代初期から自分のソロピアノ演奏のタイトルに採用した。曰く「魔術 Magicと音楽 Musicの融合であり、しかも“Mu”には神聖な意味もあるからね」。

その名称は1988年に結成されたカルテットの名前にも採用されることとなった。メンバーはティペット(p)、ポール・ダンモール Paul Dunmall (reeds)、トニー・レヴィン Tony Levin (ds)、ポール・ロジャーズ Paul Rogers (b)、全員英国出身の4人。ロック・ミュージシャンと同姓同名が二人いる(トニー・レヴィン:キング・クリムゾン、ポール・ロジャーズ:フリー、バッド・カンパニー)のが紛らわしいが、この4人こそが正真正銘の“ミュージシャン Mujician”である。リーダー不在のグループであり、一切の決めごと無しの完全即興演奏を信条とする。2006年まで7作のアルバムをリリースしてきた。

2010年にトニー・レヴィンの70歳を記念して行われたショート・ツアーの合間の10月10日にブリストル大学の音楽スタジオでレコーディングされたのが本作である。いつものように事前に何の打ち合わせもしないで録音された一回限りの即興演奏は、それぞれ25分・30分の長尺だが、それぞれが培ってきた豊潤な音のプールから流れ出る色彩に満ちた曲想と、呼吸と同じ生命の営みとして自然に発せられる楽音が描き出す陰影のある音楽のパノラマは、英国らしい牧歌的な響きで聴き手を魅了する。即興(インプロ)から連想されがちな激しいプレイの応酬や、調性や構成を破壊する逸脱した展開は殆どないにもかかわらず、予定調和に陥ることのない新鮮な驚きに満ちた演奏が繰り広げられる。伝統的な英国の風土と自由で多面的な音楽経験に支えられた4人の“ミュージシャン≒マジシャン”の表現の前では、Free MusicやNon-Idiomatic Improvisationといった鹿爪らしいお題目は忘却の彼方へ消え去ってしまう。

しかしこのレコーディングの4か月後の2011年2月3日にトニー・レヴィンがリンパ癌で71歳で死去。本作がMujicianのラスト・レコーディングになってしまった。さら10年後の2020年6月14日にキース・ティペットが心臓発作により72歳で死去してしまった。二人が天国に召された後になって、11年前の録音が遺作として世に出るのは不思議な気がするが、残された僕らにできることは、英国ジャズの歴史を歩み後人の為に道を切り開いた二人のミュージシャンの演奏に耳を傾けながら、紅茶とスコーンを嗜むことしかないのかもしれない。(2021年9月30日記)

追記:もうひとりの英国ジャズ・ロックの源流であるエルトン・ディーン(2006年没)の遺作『Remembrance』(2013)⇒Disc Reviewにポール・ダンモールとポール・ロジャーズが参加していることに気付いた。このふたりこそ英国ジャズ・ロック直系の継承者と言えるかもしれない。

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CD Review #1069 『Elton Dean, Paul Dunmall, Paul Rogers, Tony Bianco/Remembrance』
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剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。サラリーマンの傍ら「地下ブロガー」として活動する。著書『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰、即興アンビエントユニット「MOGRE MOGRU」&フリージャズバンド「Cannonball Explosion Ensemble」メンバー。

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