#2142 『松田美緒/セルヴァ』
text by Shuhei Hosokawa 細川周平
SEIRAN RECORDS
松田美緒 Mio Matsuda – vocals
ウーゴ・ファトルーソ Hugo Fattoruso – arrangement, keyboards, vocals
アルバナ・バロッカス Albana Barrocas – drums, percussion, vocals
Guest musicians :
“El viaje de la libélula”
Nicolás Ibarburu – guitar
Gerardo Alonso – bass
Yukihiro Atsumi – guitar
“El despedido II” Francisco Fattoruso – bass
“Palo y Tamboril” Familia Silva, Cuareim 1080
Mathías Silva – Tambor Piano
Guillermo Díaz Silva – Tambor Chico
Wellington Silva – Tambor Repique
1. La selva – Esa luz 密林、その光
2. Destinos cruzados 交差する運命
3. Hurry!
4. La caricia カリシア
5. El viaje de la libélula トンボの旅路
6. El desperdido II 迷い飽きて
7. Cualquier cosa たわいもないもの
8. Esa tristeza その悲しみ
9. El día que me quieras 想いのとどく日
10. Pal’ que se va
11. Palo y Tamboril スティックとタンボリン
録音: HA Studio ウルグアイ・モンテビデオ
ボーカル録音:森崇 (studio BOSCO)
編集・ミックス: Gerardo Alonzo
マスタリング 小島康太郎 (FLAIR Mastering@VICTOR studio)
カヴァーアート 山田学
デザイン 後藤英人(Studio Tooza)
プロモーション 野崎洋子(MUSIC PLANT)
ウルグアイのキーボード奏者ウーゴ・ファトルーソを知ったのは十数年前、ヤヒロトモヒロとのデュオ、ドス・オリエンタレスだった。アコーディオン、ハーモニカ、口笛、それに体をたたいて相棒に反応するのにすっかり乗せられた。いわゆる変拍子が多く、転びそうなバランスで二人三脚しているようなスリルを感じた。60年代、ロック・バンドで音楽界入りし、70年代、ニューヨークでデオダートやアイアート・モレイラと組んでいたというので、それまで聴いてきたラテンアメリカの音楽とは足場が違った。やりとりの合間にユーモアが仕組まれ、彼の度量の深さも伝わってきた。
その頃から松田美緒とウーゴの交流は始まり、二枚のアルバムに実を結んでいる(『クレオールの花』『コンパス・デル・スル』)。このアルバムは10年ぶり、三枚目にあたる。彼女の声質を考えて書かれた自作曲を含め、ウルグアイとアルゼンチンの曲でまとめられている。この間に築かれた信頼と敬意の絆が前二作より強く感じられる。歌手と伴奏者としてではなく、声とキーボードとして対等に向かい合っている。美緒さんはふだんにも増して歌いやすそうだ。そのためうっかり聴き飛ばしそうで、かえってまずい。
懐メロに新しい意匠を凝らすのがウーゴのお得意で、ここでは百年近く前のガルデルのスタンダード二曲が選ばれている。「たわいもないもの」はロックに、「想いのとどく日」は七拍子に編曲されている。こういう料理はクラシック・タンゴ好きには邪道かもしれないが、美緒さんは品のある歌を毅然と歌っている。化石化したような曲は地元ではホテルの歌謡ショーで、おざなりに歌われるぐらいとも聞いているが、自分の意図に適った歌手と地球の裏側で会ったことに、ウーゴのほうが感謝しているかもしれない。アルバムの最後は対照的に、モンテビデオの黒人地区の儀式に発する太鼓芸能、カンドンベを讃えた「スティックとタンボリン」で、太鼓の荒打ちがフェイドアウトして終わる。ウーゴは正反対の出自を持つ曲を並べて、ラプラタ流域の豊かな音楽的土壌を思い出させようとしているようだ。
なお録音はすべて遠隔セッション。今に始まったことではないが、全曲オンラインとは時代を感じさせる。言われなければ気づかないのだが。