#2134 『マーク・ルワンドウスキ / Under One Sky』

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Text by Akira Saito 齊藤聡

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Mark Lewandowski (bass)
Addison Frei (piano)
Kush Abadey (drums)

1. Introduction (3459 Miles)
2. Licks
3. Provavus
4. For Paul Bley
5. The Same Moon
6. Islands
7. Very Well
8. Queen of the Orchid
9. For Andrew Hill
10. Skyline
11. Under One Sky

All Compositions by Mark Lewandowski
Recorded at Acoustic Recording, Brooklyn, NY (Jun, 2021)
Recorded by Michael Brorby (Brooklyn, NY)
Mixed and Mastered by Alex Bonney (London)
Produced by Mark Lewandowski
Assistant Producers – Addison Frei & Kush Abadey
Executive Producer – Mark Lewandowski
Original artwork by Naomi Allen
Design by Kassandra Charalampi

マーク・ルワンドウスキはイギリス・イングランド出身のベーシストであり、2017年に活動拠点をロンドンからニューヨークに移して4年以上が経つ。越してきてから師事したベーシストが巨匠ヘンリー・グライムスであり、グライムスのマーガレット夫人との3人でニューヨークのあちこちのライヴを観てまわったりもしていた。筆者がルワンドウスキと知り合ったのはその頃のことだ。隣の席に偶然グライムスが腰掛け、気さくな夫人にルワンドウスキを紹介してもらったことを覚えている。

とは言え、ルワンドウスキのベース演奏はグライムスのアプローチとはまったく異なる。グライムスがときに恐竜の足踏みのような轟音をもつ剛の者だとすれば、ルワンドウスキは柔の者である。きめ細かな和音をもつアディソン・フライのピアノ、目が覚める繊細さと速度をもつクッシュ・アバディのドラムスとともに提示されるサウンドはシンプルでありながら複雑な変化やグラデーションがあり、少なからず陶然とさせられてしまう。それも、ルワンドウスキのベース演奏がサウンド全体に溶剤のように行き渡っているからだ。跳躍するリズムやフレーズはダンスを踊っているようだが、デイヴ・ホランドよりもずいぶんと軽やかだ。そして、たとえば<Provavus>においてトリオをぐいぐいと牽引するさまも強力でありながらじつに品がある。また、<The Same Moon>や<Very Well>でのベースソロなど、弦の震えにより香りが立つようだ。

かれがロンドンを発つ直前に吹き込んだアルバムが『Waller』(Whirlwind Recordings)である。本盤と同じピアノトリオだが、本盤とは雰囲気がまるで異なる。タイトル通り、往年の大エンターテイナー、ファッツ・ウォーラーに捧げられた作品であり、心が浮き立つゴキゲンさを発散しているのは当然かもしれない。だが、コンセプトの異なるサウンドをどちらも極めて自然に成立させているのは、サウンド全体を俯瞰する人ゆえのことにちがいない。

本盤には、やはり偉大なピアニストであったポール・ブレイやアンドリュー・ヒルに捧げられた曲も収録されている。前作でのファッツ・ウォーラー然り、新型コロナウィルスの合併症で亡くなったヘンリー・グライムス然り、ブレイやヒル然り、ルワンドウスキの中にはジャズの歴史があるのだ。しかも、柔軟に現在につながったものとして。

◆マーク・ルワンドウスキ インタビュー(2021年10月26日回答)

― ヘンリー・グライムス(ベース)から得たものは何だったのでしょうか。あるいは、一緒に出歩いて印象深いコンサートなどあったでしょうか。

ヘンリー・グライムスはわたしのヒーローでした。ロンドンのカフェ・オト(Café Oto)という素晴らしい場所でマーク・リボー(ギター)との共演を観たのが最初の出会いです。それからヘンリーに師事し、勉強も話もして、行動をともにして、良い関係を築きました。かれは音楽がオープンであることを教えてくれました(だって、かれはベニー・グッドマン(クラリネット)からアルバート・アイラー(サックス)まで実に幅広い人たちと共演したのですよ)。特にサウンドについても教わりました。かれは、ベース演奏の個人的なアプローチを愛してくれる偉大なミュージシャンたちと、真に結びついていたのです。わたしたちは、かれのアパートなんかで共演する幸せな時間を共有しました。いつもマーガレット夫人と一緒に外出しては、音楽をチェックしたり、シットインしたり、若いミュージシャンを励ましたりしていました。わたしにとって祖父母のような存在でした―――わたしがベースとスーツケースだけでニューヨークに着いたとき、ふたりは空港に迎えにきて、いまわたしが住む家まで連れてきてくれたのですよ。もちろん同行した際の印象的なコンサートは多いのですが、出演しているミュージシャンたちがいつもかれの存在を認めていたことは、おそらくずっと忘れられないでしょう。ニューヨークのブルーノートにロイ・ヘインズ(ドラムス)を聴きに行ったときのことを覚えています。ロイが立ち上がり、マイクを手に取って、「淑女紳士の皆様、今夜は偉大なマスターのヘンリー・グライムスが客席にいらしています」と言ったのです。また、数年前にヘンリーと一緒にセシル・テイラー(ピアノ)の入院先を見舞ったときのことも覚えています。セシルは壁に向かって横たわっていました。わたしたちが部屋に入ったところ、こちらを向くでも見るでもなく、「父親が死んだ日に、あなたをバンドに誘ったんだよ、ヘンリー・グライムス」と言ったのですよ。セシルはヘンリーの存在を感じ取り、目で見なくてもそこにいることがわかったのです。かれらがいかに深く強い関係をもっているかということでしょうね。ヘンリーが亡くなったときは本当に寂しかったのですけれど、わたしには良い思い出がありますし、すべての録音が、人間として、ミュージシャンとしての素晴らしさを思い出させてくれます。

― ロンドンとニューヨークのシーンの違いはどのようなものでしょうか。

最初に言っておきたいことは、ロンドンもニューヨークもわたしにとって魅力的で大切な「ジャズ・シティ」だということです。歴史上の貢献、アート・フォームの発展と維持、どちらも大きいものがあります。これまでもこれからも両都市のミュージシャンたちと共演できて幸運だと思いますし、それがわたしの演奏や作曲へのアプローチに強く影響しています。今回のアルバム『Under One Sky』は、両方の場がわたしにいかに影響を与えてくれたのかということに捧げたものです。音楽とは場所について感じ取るアイデアを表現するものですし、アイデンティティは即興を行うミュージシャンにとって大切なものです。ロンドンには素晴らしく多様でクリエイティヴなジャズ・シーンがあります。演奏場所も多いし、知的で個性的なミュージシャンが多く、強力な教育システムがあります。ニューヨークにはそれはもう活気とエネルギーがあって、魅力的なミュージシャンたちが同じ場所に集まっていることに圧倒されずにはいられません。週のうちどの夜に出かけていっても、世界クラスの偉大なミュージシャンや現役のマスターたちを聴くことができます。演奏をはじめたころからニューヨークに移り住むことをいつも夢見ていましたから、それを実現できてとても嬉しく誇らしいです。住むにはとても難しいですけれど、ミュージシャンにとってはその犠牲を払う価値があります―――たしかに私の人生はいまそこにあります。ですが、音楽上のアイデンティティは両都市で異なりますね。ニューヨークがアメリカであることは、ここの音楽においてブルースをより大事なものにしています。素晴らしくクリエイティヴで豊かな音楽がここにありつつも、依然としてビバップの街なのです。人びとはスイングするアートに価値を見出します。ニューヨークにおける音楽の切迫感に代わるものはありません、とくにドラマーにとっては。ロンドンが良いなと思うのは、作曲家の活動です。音楽は深く個人的なもので、ミュージシャンがイギリス(や他)のバックグラウンドによるアイデンティティ感覚は音楽から聴きとることができます。ロンドンの人びとは作曲という手仕事を本当に大事にします。ニューヨークに住むイギリスのミュージシャンとして、わたしも、今回のアルバムでそれらの異なる要素をバランスさせようと試みました。もちろんロンドンをいつもなつかしく思っています―――とくに友人たち、街の美しさ、それに魅力的なトルコ料理!

― ポール・ブレイ(ピアノ)やアンドリュー・ヒル(ピアノ)に捧げられた曲は素晴らしく、かれらの個性を思い出させてくれます。

先輩ミュージシャンたちへの深いリスペクトと畏敬の念を持っています。ポール・ブレイとアンドリュー・ヒルはクリエイティヴなスピリットを体現しています。ブルースを、重たく、ビバップにインスパイアされた音楽に仕立て、前に進めているのです。かれらのサウンドがいかにモダンなものに聴こえようと、ピアノ史の系譜上にあり、演奏の豊かさは歴史に刻み込まれています。わたしもベースで同じことをしようと試みました、いつもピアニストに惹きつけられてきたのではありますが。もし他の楽器を演るとしたらピアノでしょうね。ピアニストが他の人と共演する能力が好きですし、実はうらやましいのです。ポール・ブレイとアンドリュー・ヒルの音楽は循環的です。かれらは作曲の重要性に価値を見出していますし、書き譜からのモチーフが即興を通じて表出しています。わたしも作曲するときにはかれらからのインスピレーションを得ています。さまざまなテーマや旋律が曲全体に織りなされている。かれらが想起させる静かさも好きで、それは音数が多いときにさえも、です。多くの平衡、鳴らされる音、その流れは、水を思い出させてくれます。作曲と即興演奏へのアプローチは印象主義のようで、それゆえにかれらの音楽はとても視覚的だと思えます。年上のミュージシャンが音楽を作りあげるクラフトマンシップによって音楽を大事にすることは、深くインスピレーションに富んでいます。最近わたしは、ふたりの生きるマスターと別々に共演する機会を得ました。偉大なドラマーのジョー・チェンバース、それから偉大なサックス奏者のデイヴ・リーブマンです。同じように、細かさのレヴェル、音楽を作る全プロセスにおける集中とケアは、若いミュージシャンのわたしにとって信じられないくらい触発的なものでした。

― コロナ下での活動はどうでしょうか。

ええ、このおそろしいパンデミックの独特さは、この惑星上のすべての人間に影響を与えるところにあります。どれだけの時間が過ぎたのか言い立てたくはありません。多くの人たちが苦しんだことに比べれば悪くはありませんから。もちろんすべての仕事を失い、生活や社会的なかかわりがとても難しいものになりました。わたしはずっとニューヨークにとどまって、微力ではあっても、音楽シーンを再起動させる努力の一部であることを誇りに思っています。以前には知らなかった友人や仲間と信じられないくらい近しくなりました。状況が平常時に戻ったら、音楽になにかルネッサンスが起きるのではないかと期待しています。人びとがアーティストにより価値を見出し、社会環境における音楽やアートの重要さに目を向けることも期待します。この期間内に今回のアルバムを作ることができて幸運でした。レーベルの助けなく、すべて自分自身でやろうと試みました。最初は、Bandcampから音源をリリースすることでリスナーと直接つながりミュージシャンとリスナーとの間のギャップを小さいものにしようとする点で、ジェイソン・モラン(ピアノ)やデイヴ・ダグラス(トランペット)といったミュージシャンたちにインスパイアされました。やり方を学ぶのはすごく大きな体験でしたが、結果にはこの上なく幸せです。アディソン・フライ(ピアノ)とクッシュ・アバディ(ドラムス)という素晴らしい仲間が、このアルバムに多大なケアと注意と愛を捧げてくれました。感謝しています。

(文中敬称略)

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『温室効果ガス削減と排出量取引』(共著)、『阿部薫2020』(共著)、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(共著、細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』(共著)など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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