#2143 『This is It! / MOSAIC』

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Text and photos by Akira Saito 齊藤聡

Libra Records 203-068

Natsuki Tamura 田村夏樹 (trumpet)
Satoko Fujii 藤井郷子 (piano)
Takashi Itani 井谷享志 (percussion, drums)

1. Habana’s Dream
2. Dieser Zug
3. Kumazemi
4. Sleepless Night
5. 76 RH
All compositions by Satoko Fujii (BMI)

Recorded by Satoko Fujii and Takashi Itani at their homes in Kobe City and Soka City, Japan in June, 2021.
Mixed and mastered by Mike Marciano, Systems Two, Long Island, NY in August, 2021.

筆者は2017年7月20日にThis is It!のこけら落としとして行われたライヴを観たのだが(入谷・なってるハウス)、その際に、複雑で巧妙、冷たくて熱いサウンドだという印象を抱いた。それは数多くの試行を経て発展し、現在に至っている。

バンドのはじまりは、2011年に井谷が誘われて田村・藤井とのトリオで演奏したときである(千駄木・Bar Isshee)。2012年には、藤井、井谷とベースのトッド・ニコルソンにより藤井郷子ニュー・トリオが結成され(なってるハウスにて初演)、翌13年に冷たい火花が散るような傑作『Spring Storm』をリリース、やがて田村をゲストとして迎え、ニュー・トリオ+1に進化した(稲毛・Candyにて初演)。これが14年にTobiraというバンド化し(なってるハウスにて初演)、同年に『Yamiyo Ni Karasu』をリリース。だが、ニコルソンが年末にニューヨークに戻ってしまい、15年にTobira-1(マイナスワン)となった(新宿ピットインにて初演)。17年、上記のなってるハウスでのライヴ告知段階で名前を変更してThis is It!となる。

ニコルソン曰く、田村が「扇動者」としてのインパクトとともに、狂気、ドラマチックでユーモラスな要素をバンドに持ち込んだ。それに加え、サウンドの推進を重力で刻んでゆくベースがいない意味は大きく(ニコルソン自身も、役割は曲を「キープ」することだったと振り返っている)、それゆえに方法論からの逸脱ぶりが遊びのようなあんばいになったのではないか。

2018年にリリースされたバンドの初作『1538』を『Yamiyo Ni Karasu』と聴き比べてみると性質の違いが伝わってくる。それはリズムやテンポの変化が複雑で目まぐるしく、絶えず体制変更をみごとに行うことを前提とした先鋭的な音空間を実現したものだった。そして本盤は先鋭からやや内省へとヴェクトルを転じた。背景には後述するようにコロナ禍があった。(なお、同年にはパーカッシヴ・ダンスのミズキ・ウィルデンハーンを加えたグループ・AmuによるCD・DVD作品『Weave』がリリースされている。)

井谷の音には独特の存在感がある。そのことは、冒頭の<Habana>において、重みのある藤井のイントロに続いて井谷がトランペットと同時に自然に加わり、次第にサウンドの中心への間合いを詰めてくるさまから実感できる。この曲では藤井が中心の流れとなり、そこに田村と井谷が柔軟に近づいては離れてゆく。途中で静かにぽっかりと空いた空間における井谷のパーカッションソロは聴きものである。

この不思議な感覚も、<Dieser Zug>で井谷のヴァイブが極私的な作業のように聴こえることも、コロナ禍のために井谷と田村・藤井とが離れた場所(草加市と神戸市)から共演したことによるのかもしれない。同曲終盤において田村がしばし寂寥感の漂うソロを取るのも、実際に集まって共演するときよりも自身を見つめているように思える。

<Kumazemi>は、演者がまるで夏の移ろいゆく音風景に「なる」印象を与える演奏でありながら、藤井がおりおり差しはさむテーマが曲世界をフレームのように切り出しており、鮮やかだ。そして<Sleepless Night>もまたタイトルから想像できる心象風景的であり、抑制基調から感情にシンクロして増幅する田村のトランペットや脳内のノイズのように暴れる井谷のドラムスがおもしろい。アルバムを締めくくる<76 RH>は三者の音絵巻だ。

おそらくは再び実際に集まってライヴを重ねることにより、バンドサウンドはまた別の姿に変貌してゆくのだろう。

This is It! 初演(2017年7月20日、なってるハウス)

(文中敬称略)

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『温室効果ガス削減と排出量取引』(共著)、『阿部薫2020』(共著)、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(共著、細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』(共著)など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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