#2164 『The Dorf / Protest Possible』
『ザ・ドーフ / プロテスト・ポッシブル』
text by 剛田武 Takeshi Goda
LP/CD/DL Umland – umland 50
The Dorf :
Marie Daniels – Vocals
Oona Kastner – Vocals / Keys
Julia Brüssel – Violin
Martin Verborg – Violin
Emily Wittbrodt – Cello
Ludger Schmidt – Cello
Markus Türk – Trumpet
Maria Trautmann – Trombone
Moritz Anthes – Trombone
Adrian Prost – Trombone
Max Wehner – Trombone
Alex Morsey – Sousaphone
Felix Fritsche – Sax
Sebastian Gerhartz – Sax
Florian Walter – Sax
Serge Corteyn – Guitar
Christian Hammer – Guitar
Oliver Siegel – Synth
Gilda Razani – Theremin
Florian Hartlieb – Computer
Kai Niggemann – Buchla
Achim Zepezauer – Electronics
Johannes Nebel – Bass
Volker Kamp – Bass
Marvin Blamberg – Drums
Simon Camatta – Drums
Jan Klare – Air Movement / Composition
1. Protest Possible (可能な抗議)
2. Selbstständig (独立)
3. Sag Warum (どうして?)
4. And Her Tongue (そして彼女の舌)
5. Du, du, du (あなた、あなた、あなた)
6. Tyrannenlied (暴君の歌)
7. Capitalism (資本主義)
8. Tierfreier Nichtraucherhaushalt(ペットのいない禁煙家庭)
9. Sehn und Sucht (欲望と中毒)
recorded by Wolfgang Bökelmann @ Reviertonstudio
and @ home by Christian Hammer / Serge Corteyn / Oliver Siegel / Gilda Razani / Achim Zepezauer / Florian Hartlieb / Kai Niggemann – summer 2020
mixed by Oliver Siegel
graphic design by Achim Zepezauer
all compositions by Jan Klare
Texts by Lisa Danulat, Wolf Kampmann, Natascha Gangl, Jörn Klare, Laurie Penny
mit Unterstützung Kunststiftung NRW
Ministerium für Kultur und Wissenschaft NRW
http://www.thedorf.net/index.php?section=Start
表現のユートピアを実現するための抵抗の歌。
ユートピアのビートとクラウトロック/ジャズ/トランス/ノイズ:25人の音響共同体-これがドイツのルール地方の中心都市ドルトムントで2006年で結成されたザ・ドーフの公式サイトに記されたキャッチコピーである。ビッグバンドでもオーケストラでもなく“共同体(Collective)”。バイオグラフィにはこうある「この大きなバンドは市場やパブのように機能する。それまでお互い知らなかった人々が集まり、常に新しい顔がやってきては、古い知り合いが別れを告げ、常に何人かの常連を見つけることができる」。音楽を奏でるだけでなく、集団の意義や思想を論じ合い、表現活動に反映していく過程については、創設者で指揮者でもあるヤン・クラーレのインタビューを参照されたい。
クラーレが語るようにジャンルやスタイルの制約に捕らわれない活動を信条とするザ・ドーフの最新作は、サウンドの変化がほとんどないドローン・ミュージックでストイックの極致を聴かせた前作『Baobab / Echoes』(2020)(⇒Disc Review)とは真逆の生命感に満ちた「歌もの」アルバムになった。
プロジェクトがスタートしたのはコロナ禍より前の2018年。まずは候補の作家にコンタクトすることから始まった。当初のコンセプトは、伝統的な労働歌やプロテスト・ソングに倣って、現代人がギターの伴奏で歌えるような歌を新たに生み出すことだったというが、単純にリフレインに「資本主義に死を」と盛り込めば通用する時代は過ぎ去っていた。現代に相応しいプロテスト・ソングを模索しているうちに、突然コロナ禍が世界を襲い、永遠に死ぬことはあり得ないと信じられていた資本主義社会がまさかの機能不全に陥ることになった。そんな想定外の展開が、クラーレたちにこの作品を制作する意義を再認識させたことは想像に難くない。
レコーディングは2020年5~6月に行われた。ヴォーカルとほとんどのアコースティック楽器はパートごとに分かれてスタジオでクリック音に合わせて録音され、エレクトロニクスと一部のギターとベースは各ミュージシャンの自宅からリモートでオーヴァーダビングされた。構想から3年、延べ1000時間に亘るスタジオ・ワークにより完成した本作は、ザ・ドーフにとって初の正式なスタジオ作品となった。
全曲を通してマリー・ダニエルズとオオナ・ケストナーの表情豊かなヴォ―カルが前面にフィーチャーされ、楽器群はほぼバックバンドに徹しているが、時に重厚で、時に軽やかなアンサンブルの豊潤さは、ドローンから轟音ノイズまで、ダイナミズムの広いサウンドを追求してきた彼らの本領発揮。サウンド的にはマレーネ・ディートリッヒのようなドイツ歌曲や、ブレヒト/ヴァイルの叙事的演劇、そしてプログレッシヴ・ロック、その中でも特にクラウトロックと呼ばれる60年代末~70年代初頭のドイツの実験的ロックを想起させる。ミニマル・ミュージックや即興ジャズ、チェンバー・ロックやサウンド・ポエトリー(音響詩)の要素を随所に散りばめた多層的な音楽性は、特定のジャンルやスタイルに収まることを拒否するザ・ドーフの信念を証明している。
様々なバックグラウンドを持つ5人の作詞家が提供した歌詞は、1曲を除いてすべてドイツ語なので詳しい内容は分からないが、英語の四文字言葉を使った曲や、硬質な発音の反復が緊張感を高める曲、言葉遊びのリズム感を活かした曲等があり、多次元で繊細な感情が籠められていることが伝わってくる。
本作のアナログ盤は限定100枚で、1点1点スプレーでペイントされたハンドメイドのジャケットに12inch LP+7inch EP+ブックレット入り。表と裏に大きく「YES」「NO」とプリントさたジャケットを加工して抗議デモ用のプラカードを作る方法が書かれている。曰く「さあ、買って、練習して、一緒に歌いましょう」。
ヨーロッパの最深部に蠢く音楽共同体ザ・ドーフが真のD.I.Y.精神を発揮して作り上げた新世代のプロテスト・ソングには、不条理の時代に表現のユートピアを作ろうとする強靭な意思が漲っている。(2022年3月4日記)
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Interview #240 ヤン・クラーレ Jan Klare(ザ・ドーフ指揮者/サックス奏者)
https://jazztokyo.org/interviews/post-74774/