#2169 『池田謙+マッシモ・マギー+エディ・プレヴォ+ヨシュア・ヴァイツェル/Easter Monday Music』

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Text by Akira Saito 齊藤聡

577 Records
https://577records.bandcamp.com/album/easter-monday-music

1. Easter Monday Prelude:
Massimo Magee (Sopranino Saxophone, Electro-acoustic Alto Saxophone)
Joshua Weitzel (Shamisen)
2. Easter Monday Music:
Eddie Prévost (Percussion)
Ken Ikeda 池田謙 (Synthesizer)
Massimo Magee (Sopranino Saxophone, Electro-acoustic Alto Saxophone)
Joshua Weitzel (Shamisen)

Recorded by Shaun Crook at 22.04.2019 at Cafe Oto, London
Mixed and Mastered by Joshua Weitzel.
Cover painting by MiHee Kim Magee.

ロンドンのサックス奏者マッシモ・マギー、ドイツ・カッセルの三味線奏者ヨシュア・ヴァイツェル、日本のエレクトロニクス奏者の池田謙は、打楽器奏者エディ・プレヴォ主宰のワークショップで知り合った仲である。プレヴォも、また最近帰国した池田も、長い間ロンドンが活動の拠点だった。したがって、このときヴァイツェルのみが海を渡り、ロンドンのCafe Otoに集まった形となる。

マギーをこれまでのサックス奏者の系譜上に位置付けることはさほど容易ではない。かれの独特な点は、アルトサックスとエレクトロニクスとをいくつもの端子でつなぎ、テーブル上で操作して想像の息遣いと電子音との共存を提示するところにある(*1)。マギー本人によれば、かつてプレヴォとともに英国の即興集団AMMで活動したキース・ロウのテーブルトップ・ギターを観て、サックスでも同様のアプローチができないかと考えたのだという。また、中村としまるの「no-input mixing board」にも触発され、フィードバックを活用せんとした模索のプロセスでもある。

<Easter Monday Prelude>は驚くほど強靭なヴァイツェルの弦とのデュオであり、マギーがノイジーな異音を絞り出すときには不思議にも弦と共通する粘っこさをもつ。またソプラニーノを吹くときには弦と引っ張りあうようにして拮抗する。このように弦と息と電気の共存のヴァリエーションを見出すことが、1曲目のデュオのおもしろさだ。

異なるもの同士のバランスによる音楽という点でいえば、ヴァイツェルの三味線じたいにもそれがある。日本的な旋律や和音が聴こえるのは楽器の出自ゆえのことだが、たとえば、振動子(録音前年に日本でも使ったオトナのヴァイブレーター)によって、弦からまったく「らしくない」音を出す。もとより三味線が中世に中国大陸、琉球を経て伝来してきた越境の楽器であり、それは現代においても越境を続けているのだととらえるほうが愉快だ。

2曲目<Easter Monday Music>に移ると、それまでデュオが鼓膜を震わせていたためか、ヴァイツェルとマギーの音が全体のサウンドに自然に溶け込むように感じられる。たんなる四者の足し算ではなく、四者が随時提示する要素の重なりによる絶えざる変化である。

池田謙はつねに抑制的であり、ことさらに目立って前に出てくる振る舞いはしない。それがかれの音楽的な美学であろうと推察するのだが、それとは無関係に、「池田謙の音」はどうしても届いてくる。おそらくは、共演者たちもロンドンの聴衆もなにかが顔をのぞかせるたびにひそかににやりと笑ったにちがいない。マギーも池田について「環境(共演者)に強い影響力を持つのに、それは間接的に働く微妙なものだ」と話す。たしかに、この不思議な存在感の秘密は、本盤のリリースを機に行われたインタビュー(*2)においても見え隠れするように思える。

「If you compare performing to a movie, I think the typical soloist is like the main actor in the spotlight. But maybe I’m rather like a kind of a stage designer or the cameraman.」

ヴァイツェルが浮上してきたときに、背後でシンセサイザーのピッチベンドにより能楽の掛け声のようなドローンを重ねたのは池田の愛嬌だったのかもしれない。だが、それは変則ではあっても奇を衒ったものではない。「日本を模す」ことが緊張感を欠く様式への依拠ではなく、また日本社会の外でこそ日本を出してみせる安易な行動でもなく、新たな様式をつねに作り出そうとする集団即興にみごとに貢献しているということができる。

そして大御所プレヴォもまたサウンドを静かに彩っている。それはケッパーが料理をさらに美味しくするようでもあり、またいきなりメインディッシュに変身するようでもある。

(文中敬称略)

*1 「닻올림 연주회 dotolim concert series_125 Massimo Magee」
https://youtu.be/q8rX4GUZSsU

*2 「Ken Ikeda about Improvisation」
https://www.15questions.net/interview/ken-ikeda-about-improvisation/page-1

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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