#31 河崎純「ユーラシアン・ポエティック・ドラマ」

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text by Kazue Yokoi  横井一江
photos courtesy of Jun Kawasaki

 

河崎純によるユーラシアン・ポエティック・ドラマのCDが、3月に発売された第一作目『 HOMELANDS』に続き、第二作目『STRANGELANDS』もBishop Recordsから間もなくリリースされる。両作品共、河崎のユーラシアンオペラ等での活動が基盤となって制作されたCDだ。独自の発想で創作を続けてきた彼の言葉を引用しつつ、これらの作品の成り立ちについて書き留めておきたい。

2015年に音楽詩劇研究所を立ち上げた河崎は、ロシア、中央アジア、トルコなどで異なるバックグラウンドを持つミュージシャンやアーティストとコラボレーションを続けてきた。2018年9月には4人の歌手(河崎は「マレビト」と表していた)、サインホ・ナムチラク、サーデット・テュルキョズ、アーニャ・チャイコフスカヤ、マリーヤ・コールニヴァを招聘し、日本人ミュージシャンやダンサーと、ユーラシアンオペラ「Continental Isolation」を制作する。

私がベーシストとしての河崎を知ったのは随分前で、たぶん2000年頃だったのではないかと思う。近藤秀秋が率いるEXIAS-Jという音楽アソシエーションに彼が参加していたからで、最初に観たのは即興演奏のライヴだった。その後、舞台作品の音楽監督、作曲・演奏に活動の幅を広げ、さらにユーラシアンオペラ・プロジェクトを始動させる。

ユーラシアンオペラ・プロジェクトは、河崎がユーラシア各地を旅し、多様な人々と出会い、対話し、思考することで生まれたと言っていい。その創作の起点は「西洋近代、欧米の価値観や倫理観のみでは生きることが難しくなり、それをユーラシアの大地に訊ねる」ということにあった。河崎によると、ユーラシアンオペラ第一作目「Continental Isolation」は、ほぼ原型を留めていないものの、中国の女性作家、遅子建が書いた小説「アルグン川の右岸」がベースにあり、中露国境地域の少数民族エヴェンキ族が、20世紀に入り国家に吸収されながら、離散してゆく姿を描いたものがベースにあったという。翌2019年にはカザフスタンと韓国で新作の公演が決まった。それに先立って、海外のアーティストとコラボレーションするに際し、メールでやり取りする中で、彼らの家族が時代に翻弄されながらユーラシア大陸を横断するような移動を続けてきたことを知る。第二作目が「さんしょうだゆう」となったのはそこに端を発する。「自身の母語である日本語で語られてきた物語を原作に、彼らの来歴のダイナミズムに対峙してみたい」と思い立ったのだ。「さんしょうだゆう」を取り上げたことについて、河崎はこう語る。

民謡や口承芸能にそれを求める中で、「さんしょうだゆう」がとくに気になりました。本来はダイナミックに野性味あふれる語りで声に表されたであろう、説経節や祭文語り、イタコ語りが、仏教的な叙情をましながら、さらに西洋近代の倫理観やキリスト教的な博愛精神をを受容した森鴎外による近代文学化。そのような変遷じたいに、わたしたち民衆の原像を求めることができるように思いました。

近年の、ナショナリズムやグローバリズムの傾向は、近代的な価値観や倫理観の無条件の受容、そのグロテスクな発露のようにも思えました。民衆の持ちうるアナーキーな感覚は、近世の仏教的な倫理観や、国民国家に吸収されながら封じられたように思います。中世より語られてきた物語は、元来、ときに凄惨で、無秩序なものです。まるで夢の中の不条理を覗き込むように、この物語の変遷に向き合いながら、なおそこにある、現代にも通ずる人間の美しさや優しさを探してみたいと思いました。

ユーラシアンオペラ版「さんしょうだゆう」では、子供たちと行き別れた母は盲目となり流浪する。父母を探す逗子王も流浪し、入水して宗教的な存在に転生した安寿の念力もこの世を彷徨するドラマとして制作された。河崎は彼らの流浪を、2010年にモスクワで出会ったロシアのダンサーのアリーナ・ミハイロヴァのルーツに重ねたという。「山椒大夫」の物語が高麗人のディアスポラに重ねられているのはこのような理由があったのだ。

アリーナ・ミハイロヴァの曽祖父は、釜山近郊出身で、1910年の併合頃、ロシア、満州に移民し、最終的にロシア極東に定住しました。しかし、高麗人とよばれた彼らは、第二次世界大戦下の1937年に、日本軍のスパイ容疑とされ、スターリンによってカザフスタンの荒野に強制移住(*)させられます。ダンサーの母はのちに、ロシア人と結婚し、ラトビア近くの街で彼女が生まれます。彼女はダンサーになりますが、民族的出自からニュートラルな状態を求め、自己の表現はインプロヴィゼーションを基盤にしました。彼女にとって、インプロヴィゼーションとは何にも属さないことを意味します。それは、これまで私がコラボレーションした海外の歌手が、あるていど自民族の音楽文化をベースに即興表現を試みていたのとは、ある意味逆の方向性です。そんな彼女が、あえて民族と向かい合うような作品を創作したいと思いました。カザフスタンでの上演時には、彼女とともに高麗人の村を訪ねました。そのドキュメンタリー音源をサンプリングしたのが、『HOMELANDS』の10曲目です。中央アジアの声として、2018年の東京でのサインホ・ナムチラクの声も重ねています。老夫妻にインタビューをおこなったあとの、ささやかな食卓で、彼女はこういいました。「民族的な出自と表現(アート)は別のものだと考えてきた。そうしなければ生きてゆけなかった。でもいまそれを分けて考える必要がなくなりました」。
* スターリン政権下では多くの民族が強制移送されたが、その大規模な移送の最初の対象となったのが沿海州に住んでいた高麗人だった。

海外アーチストの家族の移動の歴史と、口承芸能、登場人物たちが権力によって流浪の旅を続けるストーリーをもつ「さんしょうだゆう」を重ねながら、ユーラシアンオペラの視点で描いてみたいと思いました。それを20世紀の日本、ロシア、韓国、中央アジアの歴史も踏まえながら、現代の「さんしょうだゆう」を描こうと思いました。それを、韓国語、ロシア語、日本語の多言語を交錯させて表したいと思いました。

2019年3月には「さんせう大夫」カザフスタン公演を行う。この時はアリーナ・ミハイロヴァ、セルゲイ・レートフ、マリーヤ・コールニヴァなどが出演。10月にはそれを再構成し、ジー・ミナ、セルゲイ・レートフ、マリーヤ・コールニヴァなどによる「さんしょうだゆう」ソウル公演を行った。セルゲイ・レートフはロシアジャズ、とりわけアヴァンギャルドなそれに興味を持つ人達には1980年代終わり頃からよく知られているサックス/リード奏者だが、彼はカザフスタンのセミパラチンスクで生まれ、シベリアのオムスクで育ち、1975年にモスクワに移住している。

その後、2020年2月末に開催される予定だった故金大煥のメモリアル・フェスティヴァルに河崎は招待されたが、新型コロナウイルス感染が拡大しつつあった時期だったために公演は中止となってしまう。しかし、訪韓時には公演以外にも農村での交流も予定されていたので自費で訪韓する。この時、今後の創作のためにジー・ミナによる朗読や歌唱の音源をスタジオで録音したことがCD制作に繋がっていく。長引くコロナ禍で舞台関連の創作や渡航もままならなくなったことから、河崎は彼女の声にあわせてコンピュータで楽曲を創作し、無拍節なフォークロアのアカペラに合わせてアンサンブルを作曲することに没頭する。とはいえ、生楽器で録音したいとの思いが強まり、Bishop Recordsの近藤秀秋に相談したことで、2020年秋に楽器演奏を録音することが出来たのだという。

CD制作において「さんしょうだゆう」は作品を通底するテーマとなった。CDづくりは、ダンサーなどが参加した身体性のある舞台制作とは異なる作業だ。録音作品ということから、『HOMELANDS』では韓国宮廷音楽「正歌」の歌手ジー・ミナを、『STRANGELANDS』はイルクーツク生まれで正教古儀式派(セメイスキー)にルーツを持つ歌手マリーヤ・コールニヴァをフィーチャーしている。河崎は音楽詩劇研究所創設時「ドラマの劇ではなく、詩を身体化、音声化するような詩劇の創作を念頭においていた」こともあって、ユーラシアン・ポエティック・ドラマとしての作品になったのである。

一作目の『HOMELANDS』では、「さんしょうだゆう」での流浪の物語を繋ぐように、パンソリ「沈清歌」や北朝鮮歌謡、明治時代の作曲家田中穂積の作品、アイヌの子守唄などが取り上げられている。ジー・ミナの透明で清涼な声と、現代的なアンサンブルだけではなく、トラックによってはエレクトロニクスを用いたり、サウンド制作面においての創意工夫がフォークロアを今日的に蘇らせている。

二作目『STRANGELANDS』はユーラシアの伝説、神話、詩人の言葉の3部からなる。1部はフィーチャーしている歌手マリーヤ・コールニヴァのルーツである正教古儀式派に伝わる湖底都市「キーテジ」伝説。そして、2部は「さんしょうだゆう」が取り上げられ、流浪する母の心象風景が描かれる。ここでは高麗人にルーツをもつリュドミーラ・ツォイや一作目でもその詩が取り上げられているロマン・ヘが書いた詩に作曲している。このプロジェクトでは詩は重要な役割を果たす。河崎は邦訳詩集も日本語での情報もない彼らをどのような経緯で知ったのだろうか。詩人ならば国際詩祭で知り合ったり、情報を得ることが出来るだろう。しかし、河崎は音楽家である。率直に疑問を投げかけたところ、SNSで世界と繋がっている現代ならではのこのような答えが返ってきた。

2019年に「さんしょうだゆう」をカザフスタン 、韓国で上演することになり、構成台本を書きました。そのとき、ロシアや中央アジアの高麗人の詩を探しました。日本では、ロックスターだったヴィクトル・ツォイの詩や、アナトーリ・キムというカザフスタンの小説家が翻訳されていますが、日本語の情報は皆無でした。インターネットを頼るしかありません。ウズベキスタンを中心とする文化団体が運営する高麗人関連のwebサイトをみつけ、そこに多くの詩がロシア語(英語、韓国語翻訳もあり)で掲載されていました。わたしはあまりロシア語ができないので、なんとか辞書や翻訳ソフトも利用して内容を把握しました。そこで二人の詩人の存在を知りました。

ユジノサハリンスク在住(ウクライナのドネツク生まれのアーニャ・チャイコフスカヤ(**)も幼少期は、サハリンで暮らしていました。サハリンはウクライナ系多いですね。相撲の大鵬もそうですし)のロマン・へさんは、すぐにFacebookでみつけて連絡しました。リュドミーラ・ツォイさんは、私と同じ年代の女性ですが、なかなか所在がつかめませんでした。中央アジア出身の高麗人の何人かとFacebook上で友人となっており、そのうち中央アジアから韓国に再移住した高麗人社会や文化を発信する韓国のTVの製作会社の男性が、「たずねびと」のような投稿をロシア語でしてくださり、連絡先を知ることができました。二人それぞれと連絡をしますが、わたしは、SNSで使えるほどロシア語を使いこなせないので、英語を用いるしかありません。彼らは英語を使いませんので、コミュニケーションはスムーズではありませんが。
**アーニャ・チャイコフスカヤはユーラシアンオペラ第一作「Continental Isolation」で来日している。

ユーラシアンオペラ「さんしょうだゆう」でアリーナ・ミハイロヴァがダンスで演じた盲目の母の孤独な旅路の心象風景は、5楽章の弦楽四重奏によって表されている。シナウイや子守唄などを間に挟みつつ、物語が展開し、母は日本海から北海道(アイヌ)、サハリン、チェチェン(カザフスタンのチェチェン移民)、韓国へと向かうのだ。河崎はそれぞれの民族音楽の断片や特性を解体し、ポリフォニックに再構成したという。ここで弦楽四重奏を用いた理由のひとつに、ミハイロヴァの一方のルーツ、父がロシア人だったこと、そのロシアの「西洋性」をあらわすこともあった。そして、3部では、ロシア「銀の時代」の詩人ソフィア・パルノークとアンナ・アフマートヴァの詩が取り上げられている。アフマートヴァの詩は「湖上都市キーテジにて」。そして最後を締めくくるのは「イスタンブール」、河崎が書いた「ユーラシアンオペラへの道」(→リンク)によると、その始まりはイスタンブールだった。ここで河崎はセルゲイ・エセーニンの詩をイメージする。

『HOMELANDS』ではジー・ミナの歌唱が先に録音されていたが、『STRANGELANDS』は逆で、弦楽四重奏曲は既に作曲されていたため、その録音を先に行い、それをバックトラックにしてイルクーツクの小さなスタジオでのボーカル・パートの録音となった。「録音時にオンラインで繋げたが、接続が悪かったので完全なリアルタイムとはいかなかったものの、ファイルが次々にエンジニアから送られてきて、その場で内容を確認し、メッセージを交わしあいながら録音した」のだという。これはコロナ禍ならではの録音風景である。『STRANGELANDS』はユーラシアの詞華集ということだが、マリーヤ・コールニヴァのヴォイスに多様な弦楽四重奏を始めとするアンサンブルが重なって、イマジナティヴな音空間に詩篇が浮かびあがり、3部構成のドラマを見ているような気持ちにさせられる。

河崎の音楽詩劇研究所による活動から、ユーラシアンオペラ・プロジェクトが生まれ、そこからユーラシアン・ポエティック・ドラマによるCD作品となった。これらのプロジェクトは旅と国境を超えた数々の人との出会いから、言葉(フォークロアや詩)が選ばれ、作編曲することによって、それぞれ作品として練り上げられてきた。そこには関わった音楽家やアーティスト、詩人の感性、そして生きざまやバックグラウンドが投射されている。西洋近代の価値観の奢りと行き詰まりがひときわ強く感じられる今日、そこから落ちこぼれていった種々の大切なものを、現代的に再生されるフォークロアや詩から気づかせてくれる稀なプロジェクトだ。そして、言葉と声とインストゥルメントが織りなす音世界に耳を傾けながら、今を憂う。2月24日、ロシアがウクライナに侵攻した時に世界は変わってしまった。その作品性が高いだけに余計哀しくなる。なぜならば、このプロジェクトにはロシアの各地域やウクライナに住む/ルーツを持つ人たちが多く関わり、彼の地でも公演を行っているからだ。

軍事的な戦争は、情報戦、経済戦争へと拡大し、当事者だけではなく、世界中の人々を巻き込もうとしている。国民国家が確固として存在する傍ら、グローバル化によるサプライチェーンが張り巡らされているため、各所で亀裂が起こり、経済面への悪影響もまた測りしれない。戦争は数多くの犠牲者と様々な悲劇をもたらし、大きな禍根を随所に残す。一日も早い停戦を心から願う。

クレムリンに居てはならぬーー改革者は間違ってはない
そこではまだ昔の残虐さの細菌が蠢いている
ボリスの途方もない恐怖と全てのイワンの悪意が
また僭称者の尊大さが民の法に代わって

アンナ・アフマトーヴァ「スタンザ」(『レクイエム』木下晴世翻訳、群像社、2017)より

 


『河崎純 feat.ジー・ミナ / HOMELANDS -Eurasian Poetic Drama-』

Bishop Records EXJP024

ジー・ミナ (vo), 河崎純(comp,arr.)

青木菜穂子(pf), 河崎純(cb, programming), 熊坂るつ子(acc), 近藤秀秋(gtr, biwa), 崔在哲(korean perc), 高岸卓人(vln), 高橋奈緒(vln), 松本ちはや(perc), 森口恭子(vla), 山本徹(vcl), 渡部寿珠(fl),

セルゲイ・レートフ(sax), ヌルヒャン・ラフムジャン(kobys, dombra), マリーヤ・コールニヴァ、三浦宏予、吉村章、サインホ・ナムチラク、サーデット・チュルコズ、三木聖香(voice, cho),


『河崎純 feat.マリーヤ・コールニヴァ / STRANGELANDS -Eurasian Poetic Drama-』

Bishop Records EXJP025

マリーヤ・コールニヴァ(vo), 河崎純(comp,arr.)

青木菜穂子(pf), 任炅娥(vcl), 小沢あき(eg, eb), 大塚惇平(sho), 河崎純(cb, programming), 小森慶子(cl, sax), 近藤秀秋(g), 立岩潤三(dr, perc), Tamuran Music (singing bowl), 崔在哲(korean perc, voice), 中澤沙央里(vln), 松本ちはや(perc, marimba), 八木美知依(21-string koto, 17-string bass koto), セルゲイ・レートフ(sax), ヌルヒャン・ラフムジャン(dombra)
弦楽四重奏:高橋奈緒(vln1), 高高岸卓人(vln2), 森口恭子(vla), 山本徹(vcl)
声:サインホ・ナムチラク、ジー・ミナ、吉村章、坪井聡志


アルバム詳細:https://www.biologiamusic.com/cd-eurasian-poetic-drama/

Bishop Records  http://bishop-records.org
こちらのサイトで購入できます。

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横井一江

横井一江 Kazue Yokoi 北海道帯広市生まれ。The Jazz Journalist Association会員。音楽専門誌等に執筆、 雑誌・CD等に写真を提供。海外レポート、ヨーロッパの重鎮達の多くをはじめ、若手までインタビューを数多く手がける。 フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年~2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)、共著に『音と耳から考える』(アルテスパブリッシング)他。趣味は料理。当誌「副編集長」。 http://kazueyokoi.exblog.jp/

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