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CD/DVD DisksNo. 289

#2175 『Tomasz Dąbrowski(トマシュ・ドンブロフスキ)/The Individual Beings』

text: Ring Okazaki 岡崎凛

April Records  (2022年2月リリース)

Tomasz Dąbrowski – Trumpet and Electronics トマシュ・ドンブロフスキ
Fredrik Lundin – Tenor Saxophone フレデリク・ルンディン
Irek Wojtczak – Tenor and Soprano Saxophone plus Electronics イレク・ヴォイトチャク
Grzegorz Tarwid – Grand Piano and Keyboards グジェゴシュ・タルヴィド
Max Mucha – Double Bass マックス・ムハ
Knut Finsrud – Acoustic Drums  クヌート・フィンスルー
Jan Emil Młynarski – Electric and Acoustic Drums ヤン・エミル・ムウィナルスキ

Produced by Tomasz Dąbrowski and Michał Kupicz
Recorded by Michał Kupicz
Mixed by Michał Kupicz
Mastered by Kæv Gliemann
Photos by Filip Ćwik (front) and Sisi Cecylia (back)
Liner Notes by Peter Margasak, DownBeat
Cover design by Enrico Andreis

1. JR 06:19
2. Old Habits 05:10
3. In Transit 03:36
4. Sandy 06:06
5. Troll 06:41
6. Queen of Mondays 04:21
7. Short Gesture 05:08
8. Spurs of Luck 04:25
All compositions by Tomasz Dąbrowski


ポーランド出身、デンマーク拠点のトランぺッターで、2018年に日本公演を行ったトマシュ・ドンブロフスキが、母国と北欧の仲間を集め、ツインドラムで3管のセプテットを結成し、敬愛するトマシュ・スタンコ(tp)に捧げるアルバムを創り上げた。うなりをあげる電子音、立体感あるツインドラムの音を織り交ぜた個性豊かなポスト・バップ作品で、トランペットとサックスによる美しいハーモニーと情感豊かなソロが心に沁みる。

<トマシュ・ドンブロフスキ(tp)について>
トーマス・ダブロウスキーとも英語表記されるポーランド人トランぺッターで、主にデンマーク拠点で活動し、すでに数枚のリーダーアルバムを出している実力派である。彼は2018年に′Tomasz Dąbrowski AD HOC with 南 博 (Hiroshi Minami) Unit′ のアルバム『Ninjazz』のリリース・ツアーを日本で行ったが、2016年にも来日しており、大阪にも足を運んで西島芳(p)のセッションに参加し、伸びやかなトランペットの音を響かせていた。
本作『The Individual Beings』は『Ninjazz』に続く彼のアルバムで、デンマークとノルウェーのプレイヤー2人と、ドンブロフスキを含めポーランド人5名が加わるセプテット作品。

<トマシュ・ドンブロフスキとトマシュ・スタンコ>
タイトルの『The Individual Beings』は、アルバムタイトルであると同時に、トマシュ・ドンブロフスキの率いるバンド名でもある。そしてこの言葉は、ポーランド・ジャズ界のレジェンド、トマシュ・スタンコ(1942-2018)が語った言葉、“I am an individual being”に基づいている。

彼はトマシュ・ドンブロフスキが長く憧れていたトランぺッターだった。やがて2人の共演が実現し、深い交流が生まれる。トマシュ・スタンコはドンブロフスキにとって、メンターであり、共演者であり、友人だった。だが2018年7月29日、スタンコは78歳の生涯を閉じた。
ドンブロフスキは、彼のグループが2020年5月、ポーランドの都市ウッチ(Łódź )のジャズフェス「Letnia Akademia Jazzu」の最終演奏者となったときに、この機会にスタンコを追悼しようと考えた。そして彼のステージは成功し、翌年(2021年)にはこの時の企画をアルバム化する案が生まれた。その後新たな曲を用意して録音されたのが本作であるという。

バンドキャンプの解説やネット記事を読むと、ドンブロフスキは師であるトマシュ・スタンコから受け継いだこの言葉(an individual being)を踏まえ、この世に一人しかいない自分の「声」を大切にしたい、といった趣旨のことを語っている。少し長くなるが、これについて説明しておきたい。

スタンコが語ったという言葉、“I don’t feel lonely. I am an individual being” は、「ぼくは寂しいと感じることはない。(自立した)個人だから」と訳せるだろうか。「…私は私であり、固有の存在だ」とも解釈できるだろう。
この言葉には続きがあり、彼はこう語ったという。「私はポーランドに生まれ、ポーランド語を話す人間だ。母国と自分はしっかりと結ばれている。だがそのこと以上に、私は私なんだよ。ポーランド人であるということ以上に、まずは、自分は自分だ。この宇宙に、この世界に、私は他にいないのだから」

ドンブロフスキは次のように語っている:「長い間、すべての演奏は “正しく” 聞こえるようにするのが重要だと思っていました。だがトマシュ・スタンコに会ってから、もっと重要なことがあると気づきました。一番大切なのは、自分の “声(voice)” を持つことです。どんな状況でも変わらず存在し、パワーを持つ自分の “声” を」(Bandcampのアルバム購入ページの解説より抜粋訳)

ドンブロフスキが語るように、本作では彼の “声” に触れるような演奏をしているように思う。以前のアルバムに比べて、パーソナルで個人の記憶に根差すものに触れる感じがある。それが本作のリリカルで瑞々しい表現につながり、トマシュ・スタンコのレガシーに触れるような演奏が生まれている。
本作のためにドンブロフスキが書いた荘重な楽曲は、トマシュ・スタンコの過去作品だけでなく、クラシックとジャズが結びついたポーランドのジャズ歴史との深いつながりを感じさせるものだ。そうしたジャズ史の継承と、電子音楽を大胆に取り入れる進取の精神が、本作の中で共存している。

<本アルバムで活躍する2人のサックス奏者>
本作では、サックス奏者フレデリク・ルンディンの存在感が大きい。ウェイン・ショーターやジョン・コルトレーンに傾倒したような、倦怠感と憂愁をにじませるルンディンのプレイは、確実にこのアルバムに大きな魅力を添えており、5曲目〈Troll〉のソロは傑出している。ルンディンは、トマシュ・スタンコと共演した数々のサックス奏者の中でも特に印象的なポーランド人、トマシュ・シュカルスキ(Tomasz Szukalski)のように、存在感が際立っている。
だがアルバムのクレジットを見るだけでは、2人のサックス奏者のどちらがソロをとっているのか分からない。プロモーション用に公開された動画を見て初めて、誰のソロかがはっきりと分かる。これがルンディンのプレイだと、彼を知る人には分かるのだろうが、自分は初めて彼のサックスを聴いたので分からなかった。じわじわと心の奥に染み入るような彼のソロは、本アルバムをいっそう輝かせている。
フレデリク・ルンディンはデンマークで長く活躍するサックス奏者であり、彼が率いるラージ・アンサンブル′Maluba Orchestra′にはドンブロフスキが参加している。

もう1人のサックス奏者でポーランド人のイレク・ヴォイトチャクは、シンセサイザーやエフェクターの使用で本作に大きく貢献している。もちろんサックスで3管ハーモニーを作り上げるという点でも大きな役割を果たしているが、彼はサウンド作りでの貢献度が高いように思う。メインのソロをルンディンに任せ、彼自身はあまり目立たないかもしれないが、公開されたアルバム録音時の動画を見ると、セプテットのまとめ役として活躍する姿が印象的だ。

<ツインドラム>
アルバムの最初から、個性的なドラム音が飛び交う。
クヌート・フィンスロー(Knut Finsrud)とヤン・エミル・ムウィナルスキ(Jan Emil Młynarski)はややタイプの違うドラマーである。
正直なところ、この2人が一緒に音を出すと、どちらの出す音か分からない。時にはギターシンセ音のような音が聴こえるが、それがシンバル音か、シンセの合成音なのか分からない。ムウィナルスキは電子ドラムも担当しているようだが、彼の音がどれなのかは想像するだけだ。
しかしアルバムを聴くうちに、細かいことは気にならなくなる。まるで彫刻を眺めるように、立体感あるな打楽器音が2人から聴こえてくる。シンバル音の響きがとりわけ印象的だ。ときには乾いたコンクリートや鉄骨をイメージさせる鋭い音が、管楽器のゆったりとした音の間で鳴り続ける。

<エレクトロニクス効果>
本作では、ドンブロフスキ、ヴォイトチャク、ムウィナルスキの3人がエレクトロニクス担当となっている。時にはうなりを上げ、〈In Transit〉では鳴り続けるシンセ音に驚くが、全般にはアコースティック音とのバランスが取れた使い方だと思う。全般にはアコースティックサウンドだが、ときに大胆にシンセ音、エフェクターをかけた管楽器の音を使っている。
7曲目〈Short Gesture〉では、穏やかなトランペットのソロに続いて、乾ききった砂地に染み入るような、人間味に満ちたサックス・ソロ、これに寄り添うようなピアノの音が聴こえて、トランペットがテーマを吹き、エフェクターのかかったサックスの音が漂い、それにかぶさるようにシンセのドローン音が始まり、ベースが加わり、穏やかに終結を迎える。

<2人のドラム奏者とベーシスト>
ノルウェー人のクヌート・フィンスロー(Knut Finsrud)は、ピアニストSimon Toldam (シモン・トルダム) のトリオをはじめジャズ系の複数のバンドで活躍する。シモン・トルダムのトリオのドラマーとして2018年に来日している。非常に個性的なドラムセットを使う人のようだ。

ヤン・エミル・ムウィナルスキはポーランドの人気ドラマーである。ポーランド文化広報センターのサイトに載るオラシオ氏の記事に、彼がドラムを叩く動画が登場していた。「ミクスチャージャズユニットBaaba バーバ ―〜ドラムのJan Emil Młynarski ヤン・エミル・ムウィナルスキの父親は、偉大な作詞家でシンガーソングライターのWojciech Młynarski ヴォイチェフ・ムウィナルスキです。」と解説がある。
ヤン・エミル・ムウィナルスキは人気ピアニストMarcin Masecki (マルチン・マセツキ)とJazz Band Młynarski – Maseckiというユニットを組み、ポーランドでは有名らしい。超絶技巧タイプのドラマーでエンターテイナー、という立ち位置だろうか。

ポーランド人ベーシスト、マックス・ムハ(Max Mucha)は、チェコ、ポーランドなど欧州で活動するベーシスト。
ピアニストでは、Paweł Kaczmarczyk(パヴェル ・ カチマルチク)、Kuba Płużek(クバ・プウジェク)、スワヴェク・ヤスクウケと、ギタリストではSzymon Mika(シモン・ミカ)と共演歴がある。今回も抜群の安定感といい音色で好サポートを見せている。

<グジェゴシュ・タルヴィド(p)>
グジェゴシュ・タルヴィド(Grzegorz Tarwid)は本セプテットで最年少の1994年生まれ。母国で師事したのは、Wojciech Kamiński(ヴォイチェフ・カミンスキ)、Andrzej Jagodzińskiアンドレィ・ヤゴジンスキMichał Tokaj(ミハウ・トカイ)、デンマークでは Jacob Anderskov(ヤコブ・アンデルシュコフ)、Carsten Dahl(カーステン・ダール)から学ぶ。その後ケルンでロバート・ランドフェルマン(ベーシスト)のトリオに加わる。ツアーではZbigniew Namysłowski(故ズビグニェフ・ナミスウォフスキ)、Maciej Obara(マチェイ・オバラ)、そして本作のトマシュ・ドンブロフスキに同行する活躍ぶりである。彼の音楽は20世紀のクラシック作品、現代のオルタナシーン、コンテンポラリージャズなどから影響を受け、それを物語る共同作品をリリースしてきた。来日経験のあるドラマー、アルベルト・カルフの参加するトリオ Sundial (Jachna / Tarwid / Karch)のほか、いくつかのプロジェクトに参加している。最近では著名なピアニストMarcin Masecki(マルチン・マセツキ)との共演も注目を浴びている。

 

岡崎凛

岡崎凛 Ring Okazaki 2000年頃から自分のブログなどに音楽記事を書く。その後スロヴァキアの音楽ファンとの交流をきっかけに中欧ジャズやフォークへの関心を強め、2014年にDU BOOKS「中央ヨーロッパ 現在進行形ミュージックシーン・ディスクガイド」でスロヴァキア、ハンガリー、チェコのアルバムを紹介。現在は関西の無料月刊ジャズ情報誌WAY OUT WESTで新譜を紹介中(月に2枚程度)。ピアノトリオ、フリージャズ、ブルースその他、あらゆる良盤に出会うのが楽しみです。

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