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CD/DVD DisksNo. 289

#2174 『Jean-Luc Guionnet / l’épaisseur de l’air』
『ジャン=リュック・ギオネ / 空気の厚み』

text by 剛田武 Takeshi Goda

LP/DL : Thin Wrist Recordings TW-R

Jean-Luc Guionnet, alto sax solo

​1. I A 1 12:02
2. I A 2 05:47
3. I B 1 06:30
4. I B 2 05:25
5. I B 3 09:14
6. II A 19:50
7. II B 1 06:26
8. II B 2 04:33
9. II B 3 05:42

Recorded at night, by JLG, in a semi-open shed, Berivanel, France January 2018
Mastering : Rashad Becker
DMM: Calyx Mastering

​Notes by Will Alexander, Andrew Choate
Drawings JLG
Design SEEN Studio

Jean-Luc Guionnet公式サイト

bandcamp

フランスの個性派サックス奏者の呼吸の厚みが刻まれた独演作

​ジャン=リュック・ギオネ Jean-Luc Guionnet は1966年1月29日フランスのリヨン生まれで現在56歳、パリ在住。ソルボンヌ大学でクセナキスの教えを受けた音楽研究者であり、アルト・サックス、エレクトロニクスやフィールド・レコーディング、パイプ・オルガンなどマルチ楽器奏者として知られる。音楽以外にもドローイング画家としての顔を持つ。90年代半ばからフランスを中心に様々なミュージシャンと共演し90作を超える作品に参加している。日本のミュージシャンとの共演も多く、特にフランス在住のパーカッション奏者・村山政二朗とは2006年から現在まで何度もコラボし共演CDを数作発表している。他に中村としまる、宇波拓、森重靖宗などとも共演歴がある。この顔ぶれから想像するに、いわゆる(フリー)ジャズ風の動的・感情的な演奏よりも、静的で禁欲的なパフォーマンスを得意としているようだ。

ギオネの30年を超えるサックス演奏活動の中で初めてのサックス・ソロ作品が本作。このところ注目作目白押しのロサンゼルスのBlack Editions Group傘下のソロ即興音楽専門レーベルThin Wrist Recordingsから2枚組アナログ・レコードでリリースされた(Bandcampのダウンロードもあり)。ギオネの手になるデッサン画があしらわれた厚紙二つ折りジャケットに2枚のカラー・エンボス加工インサートが挿入された重量盤レコードは美術品のような重みがある。

このアルバムのために、ギオネはブルターニュの野外の納屋に引きこもり、数週間かけて夜間に一人で録音を行ったという。ブルターニュはフランス北西部にある半島で、海洋性の穏やかな気候で知られるが、ギオネが過ごした1月の最低気温はo℃。アルバム全体に張りつめる緊張感に、身体に染み込む寒気が影響を与えたことは間違いなかろう。

収録曲にタイトルは付されておらず、レコード・レーベル面にはDisc1・2やSide A・Bの表記もない。ギオネが意図したのは、曲順や流れに関係なく、聴き手の気分で無作為の順序で再生し、音を音としてありのままに感受することかもしれない。なので筆者も曲順に関係なく、聴きながら心に浮かんだ言葉をそのまま記すことにしよう。

・針に糸を通すような音。サーキュレーション・ブリージングによる果てのないロングトーン。

・細い息の続く限り摩滅しないヒスノイズ。タンギングは流れを塞き止める杭。

・息の収縮。咽喉の痙攣。タンギングというより吃逆。

・高域周波数。オーディオチェック用の周波数レコード。音階らしき幻聴。

・エコー効果。ハーモニクス奏法による倍音か?

・フレーズのリピートに飽き足らぬローファイな音の暴走。

・静謐。寂び。管を通る息の抜き方で音の位相を変える。

・息の通過音の軋む音。ハイトーンのハウリング。

・遠くで泣く息の根が音の階段を千鳥足で上り詰める。

このアルバムから筆者が感受するのはサックス演奏ではなく、息=呼吸=空気(l’air)の聴覚ドキュメンタリーである。ギオネの身体は呼吸するための楽器となり、アルトサックスという長く曲りくねった管(Long and Winding Tube)で増幅されて黒い塩ビ盤に傷(溝)を残した。ひとつのレコードの溝にひとつの息(音)だけが記録された4つの面をオーディオ装置で再び増幅して聴く。レコード愛好家にとってこれ以上の贅沢はない。もしそれが演奏家・制作者の意図であったなら理想的なウィンウィンの関係と言えるだろう。そうでなくても聴き手に与えられた自由の徴として、筆者は本作を同じくひとりきりでレコーディングされた橋本孝之『Chat Me』(2019)の隣に置くものである。(2022年4月27日記)

 

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。サラリーマンの傍ら「地下ブロガー」として活動する。著書『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰、即興アンビエントユニット「MOGRE MOGRU」&フリージャズバンド「Cannonball Explosion Ensemble」メンバー。

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