#2188 『Nick Dunston / Spider Season』
『ニック・ダンストン / 蜘蛛の季節』

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text by 剛田武 Takeshi Goda

CD/DL Out Of Your Head Records OOYH 016

Nick Dunston – bass, fx, compositions
Kalia Vandever – trombone, fx
DoYeon Kim – gayageum, voice (track 5)

1. Dystopian Christmas(暗黒郷の聖誕祭)
2. Rewind Fee(巻き戻し費用)
3. Thousand-Year-Old Vampire(1000歳の吸血鬼)
4. Ficus Elastica(印度護謨の木)
5. Pre-Nasal Tension(鼻腔前緊張症)
6. Vicious Daily Fashion(悪質日常ファッション)
7. Der Dunst(煙霧)
8. Spider Season(蜘蛛の季節)
9. Inhale/Exhale(吸気/呼気)
10. Pollinator(花粉媒介者)
11. Venera 3(ベネラ3号)

Recorded on October 31st 2021 at The Creamery.
Engineered by Quinn McCarthy.
Mixed and mastered by Lee Meadvin.
Produced by Nick Dunston and Lee Meadvin.
Executive Producer: Adam Hopkins, Out Of Your Head Records.
Artwork and Design by TJ Huff (huffart.com).

All compositions 2021 Nick Dunston (Nick Dunston Music, ASCAP)

Bandcamp

変則トリオが紡ぐ雑踏の中の環境音楽。

2年近い自粛生活が明けて、街中に徐々に人出が戻ってきた。テレワークで出社することが少なかったオフィスへ出勤する機会も増えた。自粛中は人のいない公園を散策したり、遊歩道をジョギングしたりして、それまで気が付かなかった風の音や雨音、虫や鳥の鳴き声といった自然の音の美しさを再認識したが、今度は街頭や交通機関の雑踏の中に、実に豊かな音楽が隠れていることに気付いて新鮮な歓びを感じることが多い。人工物が発する音ではあるが、我々の生活の中に当たり前に存在する環境から生まれるサウンドは、現代に欠かせないHuman Nature(人間性)の胎教音楽と言っていいだろう。

ベース、トロンボーン、伽耶琴(カヤグム、箏に似た韓国の伝統楽器)という変則トリオのデビュー作『Spider Season(蜘蛛の季節)』の気紛れで雑多な演奏に、都会の雑踏の中で瞬間的に立ち現れる人間性の発露と交錯を感じた。三人の演奏家はお互いを意識しすぎないように細心の注意を払ってコラボレーションしているように聴こえる。集団の中で他者を意識しつつ同時に無視しながら世渡りする現代人の相対性、或いは携帯電話片手に目の前の相手と会話する日常が、三者三様の奏法と旋律を奏でながらも破綻しないアンサンブルに投影されている。

このプロセスは、たとえ独りぼっちでも変わることはない。我々の思考回路はもはや一つの方向性を固持することを善しとはしない。現実/仮想、フィジカル/デジタル、事実/虚実、平和/戦争という二律背反では収まり切れない情報が否応なしに頭脳に総攻撃をかける。拒否できないからには、すべてを受け入れながらも取捨選択し、その都度行く道を選ばなければならない。一つの人格だけでは通用しない世界を生きる定めに生まれた「私」にとって、「私は私」という真理は、もはや根なし草と同じ程度の重力すら持ちえないのが現実である。

蜘蛛の季節とは、そうした現代社会に網を張り、失われた自己(私)を捕まえようとする捕食行動の例えだろうか。太く低い四弦、糸のような十二弦、伸縮するスライド管、という似て非なる構造の楽器であるが、基本的にはいずれも腕を伸ばして奏でる楽器である。三者の腕の動きが蜘蛛が巣を張る行為に似ていなくもない。彼らにとって作曲と即興は表裏一体である。ダンストンの発案になる曲想(作曲)を、三者が拡張・拡散・霧散(即興)するうちに、あれゆる方向のベクトルを持つ楽曲が並存するアルバムが生まれた。あらかじめ完成形を定めることはせず、各プレイヤーが瞬時に形式を取捨選択する手法で創造された11曲には、意味を無意味化する超自然的な標題が付されている(一部ロシアへの言及も)。無意味(他人)と意味(私)の境界を曖昧にする技法こそ、私を見失った現代人の渡世術ではなかろうか。

L to R: Kalia Vandever, Nick Dunston, DoYeon Kim

主導者はニック・ダンストン。2010年代後半からニューヨーク即興音楽シーンで活動を始めたベーシスト/作曲家/即興演奏家である。初のリーダー作『Atlantic Extraction』 (2019)では、フルートとヴァイオリンを含むクインテットで解体的なアンサンブルを展開し、「野心的なバンドリーダーであり作曲家」(Downbeat Magazine)、「頭の中で繰り返し反芻できる傑出したパフォーマンスのアルバム」(Free Jazz Collective)、「ダンストンは、他にはない、そして完全に形成されたサウンド・チャートを完璧に実現している」(NYC Jazz Record)と評価され一躍注目の存在になった。同じメンバーによるライヴ・アルバム『Nick Dunston- Atlantic Extraction: Live At Threes』 (2020)に続く、Out Of Your Head Recordsからの第三弾が本作。サイドメンとしてはメアリー・ハルヴァーソン、チェス・スミス、タイショーン・ソーリー、マーク・リボーなどと共演している。http://www.nickdunston.org/

カリヤ・ヴァンデヴァ―は、カリフォルニア生まれでブルックリンを拠点に活動する作曲家/トロンボーン奏者。これまで『In Bloom』(2019)、『Regrowth』(2022)の2枚のリーダー作をリリース。どちらもニック・ダンストンがベースで参加している。https://www.kaliavandever.com/home

キム・ドヨンは、韓国伝統音楽家であり伽耶琴(カヤグム)奏者。伝統音楽の世界で数々の賞を受賞するほか、この楽器を即興音楽の世界に導入した先駆者として知られる。これまでタイショーン・ソーリー、ジョー・モリス、アンソニー・コールマン、バリー・ガイなどと共演している。本作では奇矯なヴォイス・パフォーマンスも披露している。https://www.doyeonmusic.com/#/Home

このトリオが一回限りのものなのか、これから先も続くものなのかは分からないが、彼らが吐き出す三つの音の蜘蛛の糸の絡み合いが、雑踏時代の人類と音楽の関係を再定義する兆しになれば是幸いである。(2022年6月30日記)

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。会社勤務の傍ら「地下ブロガー」として活動する。近刊『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。 ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰

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