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CD/DVD DisksJazz Right Now特集『クリス・ピッツィオコス』No. 293

#2197 『Chris Pitsiokos / Combination Locks』
『クリス・ピッツィオコス / 音の符号錠』

text by 剛田武 Takeshi Goda

bandcamp Self Release

Chris Pitsiokos : composition, church organ (tracks 1 & 5), synthesizer (track 4)
Joanna Mattrey: viola (tracks 2 & 3)
Aliya Ultan: cello (tracks 2 & 3)
Henry Fraser: bass (tracks 2 & 3)
Webb Crawford: guitar (track 3)

1. Base Ten (organ)
2. Combination Locks #1
3. Combination Locks #2
4. Base Ten (sine waves)
5. Dedicated to the Artist No Land

All music composed by Chris Pitsiokos in the Fall of 2019

Track 1 recorded in Middletown, CT by Chris Pitsiokos in Fall 2019
Chris Pitsiokos: church organ

Track 2, recorded at Figure8 Recording in Brooklyn, NY by Lily Wen in Winter 2020
Joanna Mattrey: viola
Aliya Ultan: cello
Henry Fraser: bass

Track 3, recorded at Figure8 Recording in Brooklyn, NY by Lily Wen in Winter 2020
Webb Crawford: guitar
Joanna Mattrey: viola
Aliya Ultan: cello
Henry Fraser: bass

Tracks 4 recorded in Brooklyn, NY by Chris Pitsiokos in Fall 2021
Chris Pitsiokos: synthesizer

Track 5 recorded in Middletown, CT by Chris Pitsiokos in Fall 2019
Chris Pitsiokos: church organ

Tracks 2 and 3 mixed and mastered by Ryan Power

Tracks 1, 4 and 5 mixed and mastered by Chris Pitsiokos

Album Art by Chris Pitsiokos

http://chrispitsiokos.com/

 

即興発、作曲行為の異化作用。

クリス・ピッツィオコスは2022年1月にニューヨークを離れベルリンに移住した。その動機は語られていないが、数年前から何度もヨーロッパをツアーし、特にドイツではメールス・フェスティバルをはじめ各地の音楽フェスやイベントに出演し、現地のミュージシャンとの交流を育んできた。いわばニューヨークとベルリンを拠点として遊牧民のような音楽活動をしてきたと言える。30歳を過ぎてベルリンへ移ることで人生の新しいチャプターへと踏み出したのである。実際に1月以降、ドイツはもちろん、フランス、イタリア、スイス、オーストリアなどヨーロッパ各地をツアーし、忙しくも充実した活動を行っている。

2月には公式ウェブサイトを、写真やデザインを排した文字のみのレイアウトにリニューアル。一見かなり味気ないが、ライヴ情報はすみやかに更新され、音楽活動や作品についてのマニュフェストやスコア(楽譜)へのリンク、日常の雑感を記したブログがあり、情報量は数倍に増えた。本人曰くマインド・コントロールや金儲けとは無縁のソシャル・メディアとのこと。(おっと、今見たら過去のブログが全て削除されていた。何があったのか、ちょっと心配?)。

ベルリン移住後、5月にリリースした『Two Live Solos』(2019年と2021年のサックス・ソロ・ライヴ音源)に続いて、7月にデジタル・リリースしたのが本作。彼がサックスを演奏していない初のアルバムである。実は収録曲のうち2曲M2「Combination Locks #1」M3「Combination Locks #2」は、2020年にBandcampでリリースされた作品で違う曲名で発表されている(⇒Disc Review #1657 『Fucm Hawj / Steeple』)。いったん発表したものの、十分な注目を集めていないと感じたピッツィオコスはこの作品を数か月後に何のアナウンスもなくBadcampから削除した(筆者も聴けなくなったことに全く気が付かなかった)。代わりにアナログ・レコードで発売したいと考えていたが、折からのアナログ・ブームとレコードの原材料不足で、製造に2年近くかかる状況になってしまったため、どんな形であれ世に出すべきだと考えたピッツィオコスは、再びBandcampで新たな作品としてリリースすることにした。

M2「Combination Locks #1」は弦楽トリオ、M3「Combination Locks #2」はそれにギターが加わったカルテットによる演奏。ジャズ的イディオムのないコンテンポラリー・ミュージックに聴こえるが、新ウェブサイトからリンクで公開されたスコアによると、ジョン・ゾーンの『コブラ』、ジョン・ルイスの『Artificial Life』、クリスチャン・ウルフの『For One, Two, or Three People』といったルールを用いたリアルタイム・コンポジションの検証のもとに、ピッツィオコスが考案した符号(文字合わせ)錠のようにスコアを組み合わせる方法論による構造的音楽創造の試みである。

M1とM4「Base Ten」は同じスコアをオルガン(M1)とシンセサイザーのサイン波(M4)で演奏した曲。楽器が違っても演奏できる作品、つまり音色よりも音程とリズムの関係が重要な音楽を書いたJ.S.バッハの才能を想定して、音色に依存しない音楽に挑戦したという。音の起伏とダイナミズムを生み出すオルガンのドラマ性と、リズムとピッチだけに特化したサイン波の無機質性の対比が、バロック音楽とコンテンポラリー・ミュージックの間に横たわる真空地帯を露呈させる。

M5「Dedicated to the Artist No Land」は、ピッツィオコスの記憶の中にだけ存在する微分音と不協和音の振動パターンの演奏。スコアはないが、いわゆる即興演奏ではなく、構成(コンポーズ)された音楽である。

クリス・ピッツィオコスの作曲家・理論家としての才能を詳らかにする野心作であり、即興音楽を内包した作曲音楽の現在進行形を明らかにする注目作である。西洋古典音楽の本場ヨーロッパへ乗り込んだ彼の知性が今後どのような異化作用を発現するのか楽しみにしていたい。(2022年9月1日記)

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。サラリーマンの傍ら「地下ブロガー」として活動する。著書『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰、即興アンビエントユニット「MOGRE MOGRU」&フリージャズバンド「Cannonball Explosion Ensemble」メンバー。

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