#2226 『藤井郷子/Hyaku, One Hundred Dreams』
『Satoko Fujii / Hyaku~One Hundred Dreams』

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text by Siroh Mtasuo 松尾史朗

Libra 209-071  ¥2300+税(2022年12月9日リリース)

Ingrid Laubrock イングリッド・ラブロック – tenor sax
Sara Schoenbeck サラ・シェーンベック – bassoon
Wadada Leo Smith ワダダ・レオ・スミス – trumpet
Natsuki Tamura 田村夏樹 – trumpet
Ikue Mori モリイクエ – electronics
Satoko Fujii 藤井郷子 – piano
Brandon Lopez ブランドン・ロペス – bass
Tom Rainey トム・レイニー – drums
Chris Corsano クリス・コルサーノ – drums

1.One Hundred Dreams, Part One 15:47
2.One Hundred Dreams, Part Two 10:01
3.One Hundred Dreams, Part Three 10:48
4.One Hundred Dreams, Part Four 11:26
5.One Hundred Dreams, Part Five 10:04

Recorded on Sept. 20, 2022 at DiMenna Center for Classical Music by Joseph Branciforte
Mixed on October 4 by Joseph Branciforte at Greyfade Studio
Mastered on October 16 by Joseph Branciforte at Greyfade Studio

This record is made possible by the support of Robert D. Bielecki Foundation.


ピアニスト、作編曲家、バンド・リーダー藤井郷子の100枚目のアルバムである。デューク・エリントン、チャールス・ミンガス、セロニアス・モンク、マイルス・デイヴィス、セシル・テイラー、そしてアンソニー・ブラクストン… 質量ともに比肩しうるジャズ・ミュージシャンの名を上げれば途方もなくビッグな顔触れとなる。いや、気後れする必要など全くない。言っておくが、アドリブの個性だけで世を渡ることも可能だったジャズの黄金時代の話ではなく、我々はCDが現物商品として流通しなくなろうかという時代を生きているのである。わずか26年でこれだけの成果を上げられた原動力は一体何処にあるのか。

もちろん自前のレーベルを維持してきたことは大きい。しかしそれだって運営を任せられる敏腕家が傍らにいるわけではない。夫君のトランペッター田村夏樹との共同作業で全てを賄っているのだ。さぞかし忙しい毎日であろう。だが彼女に限っては執念という言葉は全く相応しくない。正にライフワークなのだ。生みの苦しみがあるほど喜びは大きい。これほどワーカホリックという言葉を負の要素と捉えさせない人も珍しい、と私は思う。

百枚の内容はどうか。ソロ、様々な相手とのデュオ、数種類のトリオ、オーソドックスな、あるいはとても変則的な中編成のグループ、そして国内だけで3つ、海外を含めれば5つのビッグバンド、とその多彩さに唖然とするが、それぞれの活動が単発に終わらず充分に継続性と発展性を両立させているところがまた凄い。そして集った顔触れをざっと見てほしい。文字通りインターナショナルである。当然のように欧米での評価は以前から相当に高いのだが、国内的にはどうか。断然アングラである。最初に述べた肩書きがまだ必要なのである。口惜しい限りだ。中には新潟県長岡市在住で都内、都下に限らず関西方面にもライヴの度に参上し、アルバムも全て収集している猛者もいらっしゃる。演者にしてみれば心強い限りだが、正直、そんな存在が少なくても百人はほしいところだろう。

NHK大河ドラマのテーマ音楽を作編曲して演奏もし、一切合切の過程をドキュメンタリーで放映してもらう。ジャズという枠を超えて彼女の存在を広く認知してもらうにはそれくらいしか手はないのではないか、と個人的にはかなり長いこと思ったりもしているのだが…

それでも今回の作品は突破口となる可能性が充分ある。百枚目といったって単なる通過点でしょう、と涼しい顔をしそうだが、還暦時には毎月一枚、年間12枚のアルバム・リリースをノルマと課し、軽々とそれをクリアしてしまった彼女である。一応イベントは考えていた。コロナ禍における希望を主題に組曲を作りNYのオケで録音、というのが当初のアイディアだったという。でもせっかくだから初物企画にしたい。そこでアレンジをし直し、是が非でも今一緒にやりたいオールスター級のメンバーが集ったNYでの一夜のライヴ。音を聴きながら紹介していこう。

冒頭、まどろみから覚醒する5分余りの序奏部分が正に藤井郷子そのものである。旧知の間柄のイクエ・モリによる微音の装飾、ベース、パーカッションの囁きを伴いながら徐々に沸騰していくピアノ。虚心坦懐になって興奮できるならばフリー・ジャズは難解な音楽でもなんでもない。管楽器のソロイスト一番手はサラ・ショーンベック。藤井の姿を追うように登場した女流ピアニスト、クリス・デイヴィスのレーベルから昨年、素晴らしいデュオ集でデビューしたバスーン奏者である。見るからに扱いが難儀そうなこの楽器を見事にコントロールしてみせる。もちろん藤井とは初顔合わせだ。

今世紀米国シーンの良心であるサックス奏者、ティム・バーンのバンドで鍛えられたトム・レイニー、坂田明やジム・オルークとの共演でお馴染みとなったクリス・コルサーノ。この二人のドラマーと藤井は幾度か手合わせしているが録音は共に初めて。その剛腕ぶりを封印しながら実に繊細な表情でバトルを展開する。そして彼も初顔、ベースのブランドン・ロペスは88年生まれ。無論このメンツ中では最年少だが、その弓弾きのソロを聴いてみるがいい。末恐ろしいテクニシャンである。

手の込んだ数種のリフを経ながらワダダ・レオ・スミスのワン&オンリーなヴォイスが聞こえてくる。『Aspiration』での初共演から早5年。80を過ぎて尚血気盛んなトランペッターは真鍮や鉛といった金属そのものの響きを聴き手に実感させながら独特の間合いで貫録ぶりを見せつける。さらには今かと出番を待ち構えていたかの如く気合の入ったソロをかますイングリッド・ラブロック。藤井との録音は初めてだが既に顔なじみである。トム・レイニー夫人でもある彼女はスイスのIntaktレーベルの常連で、NYのシーンでも紛れもない重鎮の一人に挙げられよう。

「全員が心地よい緊張感に包まれ、凄く充実してすこぶる気持ちのいい時間を過ごせた」と語る田村夏樹は突撃ラッパから徘徊、つぶやき芸までなんでもこなす、もはやこの楽器の第一人者である。ここもなんの力みもなく、ウィットに富んだ吹きっぷりで大トリの大役を果たす。それにしてもバンドの9人中4人が女性。世にいうSDGsやジェンダー平等の機運のまごうことなきパイオニアではないですか、藤井さん、と冷やかしてみたくもなる。

機会を逸せず、とにかく録音して発表せよ。デビュー作でデュオを演じた、恩師ポール・ブレイの言をそれこそ我が意を得たり、といわんばかりに実践してきた藤井。気難しがり屋だったポールも「どうだい、俺の言ったことに間違いはなかったろう」と草葉の陰でニヤリとしているにちがいない。


松尾史朗 Siroh Matsuo

1958年生まれ。
ミュージック・マガジン誌で新譜評を18年余り担当。

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