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CD/DVD DisksNo. 299

#2237『メッテ・ヘンリエッテ/ドリフティング』
『Mette Henriette / Drifting』

text by Kotaro Noda 野田光太郎

ECM

Mette Henriette メッテ・ヘンリエッテ (ts, composition)
Johan Lindvall  ヨハン・リンドヴァル (p)
Judith Hamann ユディス・ハマン (violoncello)

1.THE 7TH (Mette Henriette) 00:42
2.ACROSS THE FLOOR (Mette Henriette) 01:57
3.I VILLVIND (Mette Henriette) 04:37
4.CADAT (Mette Henriette) 01:14
5.CHASSÉ (Mette Henriette) 02:31
6.DRIFTING (Mette Henriette)
7.OVERSOAR (Mette Henriette) 06:17
8.RUE DU RENARD (Mette Henriette) 02:53
9.INDRIFTING YOU (Mette Henriette) 06:11
10.A CHOO (Mette Henriette) 03:18
11.CIEDDA, FAS (Mette Henriette) 01:55
12.0 ° (Mette Henriette) 01:53
13.SOLSNU (Mette Henriette) 02:09
14.CRESCENT (Mette Henriette) 02:20
15.DIVINING (Mette Henriette) 01:11

 


私がメッテ・ヘンリエッテの存在を知ったのは、中古CD店でたまたま見かけた、あまりにも印象的な彼女のポートレートがジャケットを飾ったファースト・アルバム『Mette Henriette』から。ご多分に漏れず、静けさと意思を感じさせる彼女のまなざしと、独特の幻想性をたたえたその写真が私の気に入ったことと、まだまだ珍しい女性のサックス奏者による、それも相当にアーティスティックなリーダー作という興味からCDを手に取ったわけだが、その内容も期待を上回る独創的なものだった。二枚組のうち一枚目がトリオ、二枚目は大きな編成で同様のコンセプトをより拡張して展開しており、聴きごたえがあった。しかし私には彼女の経歴やその背景にあるノルウェーのジャズ・シーンについての知識はほとんどない。したがってここで書き記すのはきわめて主観的な印象となる。

今回、ファーストからじつに約八年ぶりのリリースとなったわけだが、レコーディングは2020年から2022年まで二年を費やしたようだ。楽器編成は前作の一枚目と同様のトリオで、メンバーのうちチェロが Judith Hamann に代わっているものの、その静ひつなサウンドは変わっていない。磨き抜かれたタッチのピアノが打ち出すシンプルなリフレインが曲の骨組みを成し、サックスが押し殺した声で呟くような、しかしほのかに輝くような音色で耳慣れないメロディを紡いでいく。チェロはもう一つのホーンのようにサックスに寄り添ったり、電子音を思わせるかん高いエフェクトの効果を付けたり、深みのある低音でピアノを支えたりする。大半の曲が短く、中にはインタールードのような印象を与えるごく短い曲もあり、全体を通してどことなく架空の映画のサウンドトラックのように感じられることも、ファーストと同じだ。

違いとしては、ファーストに見られた神経がひりひりするような繊細なもろさや、未完成の断片をつなぎ合わせたような宙づりの感覚が後退し、よりシンプルで明確なメロディラインが押し出されており、特徴的なサックスのプレイも以前の生硬さが薄れ、音楽としての味わいをより豊かに持たせたものとなっていて、曲によっては透明感にあふれるジャズ・バラードとして普通に聴けるものも多い。とはいえ既成のテナーサックスのイメージにあるような野太いトーンとは無縁で、楽器を「鳴らす」というよりは、かすかな空気の流れが生みだす「響きを引き出す」、という趣だ。この語がふさわしいかわからないが、「音響的」なアプローチが含まれると言えるのかもしれない。

細心の注意を払って操作される三つの楽器が醸し出す微妙な音のにじみやかすれが、あわいで混じり合い、何かしらの色合いやムード、時には風景を描き出す様は、視覚的であり、付属のブックレットの裏面に掲載されたHenriette 自身のドローイングはその発想の一端を明かしている。そこから見える景色はいかにも北欧らしく、広漠とした雪原に一人たたずむ人影のように、冷たく張りつめた空気と陰影に満ちているが、かつてに比べればピアノやサックスにはどこかしら落ち着いた温もりが感じられ、童謡のようなシンプルな旋律には時折フォークロア的な響きもある。

ファースト・アルバムから想起されるような幼少期の無垢なる人の目に映る世界が、よそよそしさと驚きに満ちているとすれば、ここではそれはよりヒューマンな感情やノスタルジーに場所を譲っているように見える。ゆえに、意外性や不確実性の高いインタープレイは控えめであり、最も肉声に近いとされるサックスを中心に据えて十分に歌わせるアプローチとなっている。その中でも⑦「Oversoar」などはミステリアスな緊迫感がみなぎりダークでさえあるし、サウンド・エフェクトのような奏法を用いた描写的で実験的なトラック(⑫「0°」)もある。卓越した技量とオリジナリティを身につけたHenriette の今後の方向性が、どちらへ比重を置いて進むのか、気になるところである。


野田光太郎 

野田光太郎 Kohtaro Noda 1976年生まれ。フリーペーパー「勝手にぶんがく新聞」発行人。近年は即興演奏のミュージシャンと朗読家やダンサーの共演、歌手のライブを企画し、youtubeチャンネル「野田文庫」にて動画を公開中。インターネットのメディア・プラットフォーム「note」を利用した批評活動に注力している。文藝別人誌「扉のない鍵」第五号 (2021年)に寄稿。

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