JazzTokyo

Jazz and Far Beyond

閲覧回数 26,631 回

CD/DVD DisksNo. 299

#2238 『Roscoe Mitchell & Kikanju Baku / Evolutionary Events』
『ロスコー・ミッチェル&キカンジュ・バク / 進化的事象』

text by 剛田武 Takeshi Goda

Cassette Tape: Ethnicity Against the Error 04

Roscoe Mitchell : sopranino, bass & soprano saxophones
Kikanju Baku : drums, bells, gongs, bowls, chimes, blocks, tama

Side A:
1. 黃龍打赤魔
2. QALAAT DIMASHQ

Side B:
3. Counter-Revolutionaries Posing As Art Afigionados
4. Full Moon – Low Orbit – Empty Quarter

Recorded at Acklam Village, London, mid-June-sometime, 2022.
Engineered by David Ross.
Mastered by Christian Kriss Rivard.
Produced by Kikanju Baku.
With Thanks to Niles Asheber Hailstones.

Dedicated to All Hong Kong & Thai Youth…Sublime Struggle – Higher Standard – Inextinguishable Principle. Fuck Cafe Oto! & The Entire Imposter Intrusion.

Kikanju Baku 公式サイト:がきしどしゃ

 

世代とスタイルを超えた反逆の音楽家の邂逅。

アート・アンサンブル・オブ・シカゴの中心メンバーとして50年以上前衛ジャズ・即興音楽の最前線で活動を続けるロスコー・ミッチェルの最新録音がカセットテープ・アルバムとしてゲリラ的にリリースされた。限定187本、デジタルダウンロードやストリーミングは無し。リリース元はロンドン在住の覆面ドラマー、キカンジュ・バクが主宰する自主レーベルEthnicity Against The Error(偽りに対抗する民族性)。このレーベルとキカンジュの謎めいた活動については以前紹介したディスク・レビューを参照いただきたい(#1984 『Kikanju Baku and Citizens of Nowhere / ‘No Justice = Justification’ & ‘Revolt Against State Stimulated Stockholm Syndrome’』)。

ロスコー・ミッチェルとキカンジュ・バクは2013年1月にロンドンで初共演。同年9月にカリフォルニアでクレイグ・テイボーンを交えたトリオ編成でレコーディングし、2014年に『Coversation I』と『II』の2枚のアルバムとしてリリース。2015年9月にはニューヨークのVision Festivalで共演、さらにシカゴで開催されたAACM50周年記念コンサートにロスコー・ミッチェルの4つのトリオのひとつとして出演した。その音源は2017年にロスコー・ミッチェルのライヴ・アルバム『Bells For The South Side』(ECM)としてリリースされた。 ライナーノーツでロスコー・ミッチェルはキカンジュ・バクとの出会いをこう語っている。

Roscoe Mitchell:ロンドンのCafe Otoに出演した時、キカンジュ・バクという若いドラマーが「一緒にプレイしたい」という大胆なEメールを送ってきた。添付されていた彼の音楽を聴いて強烈な印象を受けたので、Cafe Otoの二日目のジョン・エドワーズとタニ・タバルとのトリオ公演に彼を呼んで共演した。その後に90年代後半から私のバンドでコラボしているクレイグ・テイボーンを加えてトリオを結成したんだ。

大胆な売り込みが功を奏した異例の抜擢だが、キカンジュ本人によると事情は若干異なるようだ。

Kikanju Baku:ミスター・ファントム!ロスコーの秘密の連絡先を見つけたんだ…彼がかつて学長を務めていたミルズ大学のメールアドレスをね。その前に彼のエージェントを通して連絡しようとしたが拒否された。無暗に近づく輩をガードするためだろうね。だから僕は一か八か大学のアドレスにエレキベース奏者との30分の即興演奏の音源を添付して直接メールを送った。これがすべてを変えたんだ。実力主義社会だよ。

ひとつハッキリさせておきたいことがある。Cafe Otoは僕とロスコーのコラボレーションには何の関係もないんだ!僕らはCafe Otoとは全く関係ないところで、一緒にレコーディングしようと話し合っていたんだ。しかしその機会がないまま、Cafe Oto出演のためにロスコーがロンドンに来た時に(Otoとは別のところで)会った。そしたらロスコーが、Cafe Otoの二日目のライヴに飛び入りで演奏しないかと誘ってくれたんだ。それは彼の即断だった。

Cafe Otoは今まで僕のために何かをしてくれたことは一度もない。サポートもゼロ、オファーもゼロ、チャンスもゼロ。前衛ジャズ、ノイズ、ガンクなど、最高にクレイジーなアーティスト/シーン/活動に於いては、僕らが彼らよりも遥かに先を行っているから、僕らをライバル視しているんじゃないだろうか?僕は本当に奴らが大嫌いだし、(漢字で)「暗者女」だと思っている!他にも奴らが完全に無視している優秀で経験豊富なイギリスやヨーロッパのグループはたくさんいるし、同じように奴らが決して注目したり機会を与えたりしない日本の素晴らしいバンドもたくさんいる。ロスコーが『Bells for the South Side』のライナーノーツにCafe Otoのことを書いたことは正直言って遺憾だ(当時僕は知らなかった、もし知っていたらロスコーに書かないように頼んでいただろう)。だってそれは事実でも正確でもないから。何と言おうと奴らが僕(と他の人)のためにしてくれたことは何もない。(2020年4月筆者とのメール)

歯に衣を着せない過激な発言ではあるが、あらゆる世界に存在する”権威主義”への徹底的な反抗精神がキカンジュ・バクの行動指針だという事がよくわかる。2017年にドナルド・トランプが大統領に就任すると、その強権的な自国中心主義を嫌ってアメリカへ足を踏み入れないことを決意。その後のコロナ禍もあり、ロスコー・ミッチェルとは会うこともできないまま年月が過ぎた。

コロナ禍の渡航制限が緩和された2022年6月にロスコー・ミッチェルが渡英し、7年ぶりのキカンジュ・バクとの共演が実現した。6月18日ファイアーワーク・ファクトリーでのロンドン・コンテンポラリー・ミュージック・フェスティバル(LCMF 2022)にロスコーとキカンジュのデュオ、6月28日ウィグモア・ホールにロスコー、デュデュ・コーアテ(perc)、サイモン・シーガー(tb,p)、キカンジュのカルテットで出演。その間にキカンジュのギャラリー兼スタジオで一日でレコーディングされたのが本作である。機材や楽器が雑然と散らかった倉庫やガレージのようなスペースで観客なしで繰り広げられた演奏は、60年代半ばのシカゴで、自由な音楽表現を求めて若きロスコー・ミッチェルたちが集会所や街角で演奏活動を繰り広げた時代に通じる原初的なパワーに満ち溢れている。80歳を過ぎてますますコクと渋みを増すロスコーのサックス・プレイは、前衛音楽の難解さやトリッキーな技巧性ではなく、命の喜びを謳歌する伸びやかな音の波動を宇宙へ放つ。脈動するドラムのブラストビートと、銅鑼やゴングや様々な民俗楽器を交えたキカンジュのパーカッションは、オーガニックな響きで森羅万象の音楽の精霊を呼び覚ます。二人の音がスピリチュアルな音遊びを繰り広げる。

香港の民主派弾圧やタイの軍事政権への抵抗運動の生々しい写真を多用したアートワークは、キカンジュから世界中の反逆者(Rebel)への激励のメッセージである。偉大なるブラックミュージックを求めて半世紀以上にわたり活動を続けるアート・アンサンブル・オブ・シカゴと、今現在の権威主義と闘う若者たちにエールを送るキカンジュ・バク。ふたつのRebel Music(反逆の音楽)が、世代や文化的背景や音楽スタイルの違いを超えて「ひとつ」になり得ることを実証した、タイトル通り『進化する出来事』を記録した作品である。(2023年3月3日記)

2022年6月18日ロンドン・コンテンポラリー・ミュージック・フェスティバルでのロスコー・ミッチェル&キカンジュ・バクのライヴ音源も同時にカセットテープでリリースされた。Side AがRoscoe Mitchell and Kikanju Baku『Congo River Basin』、Side Bがキカンジュ・バクと新進気鋭の日本の即興演奏家により結成されたフリージャズバンドMachine Gun Explosion Ensemble(機関銃爆発合奏団)による『悲歌慷慨(Indignant Lamentation over the Evils of the Times)』というカップリング作品。

ヴィンテージとモダン両方の楽器を演奏するマルチタレント・ミュージシャンを擁するバクの5人組バンド、マシンガン・エクスプロージョン・アンサンブルの爆発的なミニアルバム『悲歌慷慨(Indignant Lamentation over the Evils of the Times)』は、ロスコー・ミッチェルの原点であるアート・アンサンブル・オブ・シカゴの精神を色濃く受け継いでいる。(英国音楽サイト Something Else! Disc Reviewより)

詳細・購入はこちら⇒https://lesdisquesdudaemonium.bandcamp.com/album/congo-river-basin-split-cassette

剛田武

剛田 武 Takeshi Goda 1962年千葉県船橋市生まれ。東京大学文学部卒。サラリーマンの傍ら「地下ブロガー」として活動する。著書『地下音楽への招待』(ロフトブックス)。ブログ「A Challenge To Fate」、DJイベント「盤魔殿」主宰、即興アンビエントユニット「MOGRE MOGRU」&フリージャズバンド「Cannonball Explosion Ensemble」メンバー。

コメントを残す

This site uses Akismet to reduce spam. Learn how your comment data is processed.