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CD/DVD DisksNo. 300

#2241『Demian Dorelli/Nck Drake’s Pink Moon on Piano』
『デミアン・ドレリ/プレイズ・ニック・ドレイク「ピンク・ムーン」』

text by Yoshiaki Onnyk Kinno  金野ONNYK吉晃

デミアン・ドレリという英国人ピアニストが、同国の希有なシンガー・ソングライター、ニック・ドレイク(1948〜1974)の音楽に惚れ込んだ。そして自分のソロ・アルバムとして、彼の一枚のアルバムをまるごとカヴァーしたいと思った。それはドレイク最後のアルバム『ピンク・ムーン』(1972)であった。
生前は一部に評価を受けながらも商業的には成功しなかったドレイクは鬱病となって自殺した。しかし死後に、その音楽、残された3枚のアルバム(死後に一枚発表)は世界中に知られるようになった。ドノヴァンやティム・バックリーにも近いセンスだろう。薄明の憂愁とでも言えば良いのか。『ピンク・ムーン』の収録曲の幾つかはベック(ジェフではない)がカヴァーしたり、フォルクスヴァーゲンのCMに用いられたことがある。2014年にはアンサンブル・フェニックス・ミュニックが古楽の趣で『ピンク・ムーン』へのトリビュートをしている。まだある。つまり彼の音楽を愛する人は後を絶たないという事。
『ピンク・ムーン』とは一体なんだろうか。1818年から現在まで毎年発行されている、アメリカの刊行物「ファーマーズ・アルマナック」は、開拓時代からの伝承、ヨーロッパの農民の伝統、民間信仰、自然療法などを背景にした一種の暦である。これには毎月の「月」の呼び名があり、4月がまさに<ピンク・ムーン>なのだ。そしてドレイクの歌詞においては、執拗に「ピンク・ムーンがやってくる」と繰り返される。ピンク・ムーンは、不安の象徴なのだろうか。
『ピンク・ムーン』はドレイクのアルバムでは最もシンプルなものである。基本的に彼の歌とギターだけで作られた(一曲目だけはピアノをオーバーダブしているが、控えめだ)。ほんの数時間、スタジオの空き時間を二日使って済ませたという。全体で30分も無い。
正直言って、ドレリのこのアルバムを聴いて、ドレイクのそれを想起する事はなかった。またドレイクの『ピンク・ムーン』を聴いても、ドレリの音楽に繋がるものを見いだせなかった。
その理由は明確だ。私が最初にドレイクの音楽にであったとき、その音楽性のみならず、歌声に惹かれた。決して強く主張しない、どこか沈んだ声は、ブルーズでもトラッドでもない、まさに英国フォークの哀愁を感じさせた。その声は彼自身の詞を乗せている。だからコトバと声は一体としてある。私にとってドレイクは声そのものなのだ。
デミアン・ドレリはその消えたコトバと声を全てピアノに任せようというのか。いや違う。思い出せば、ジャズにおいてスタンダード・ナンバーは、ほとんど全て歌があった。そのメロディを声ではない別の楽器で演奏することで、その曲を歌として聴いて来た者には、歌詞が想起されつつ、そのテーマが全く違う位相に展開されていく様(さま)に驚くのだ。
〈マイ・フェイヴァリット・シングス〉は、『サウンド・オブ・ミュージック』の挿入曲であることを越えて、ジャズの歴史にひとつのモニュメントを立てたと言っていい。
では、ドレイクの歌が、ドレリによってそのような次元に達するだろうか。おそらくそれはない。なぜならドレイクの歌はあまりにも儚い。それが耳を魅きつけた。ドレリによるピアノ曲へのメタモルフォーズは、蒸発する液体のような儚さを、固化してしまったように思われる。それによってドレイクの曲は書かれたものとして伝わって行くだろう。しかし声は消えた。

ドレイクが了承したというジャケットの絵は、なんとも不思議なオブジェが、月の周囲に舞っている(その月の内部はどうやらチーズであることもわかる)。そのモチーフは全て、ドレリのこのアルバムのジャケットに登場している。
いくつか違いを探してみよう(単に個人的な趣味だが)。
ドレイクのジャケットにある革靴は、ドレリ版ではスニーカーになっているのだが、どちらにも型崩れを防ぐシューキーパーが入っている。おや、このスニーカーは、ドレイクのアルバム『ブライター・ライター』のジャケット写真で、彼が何故か脱いでしまっているその靴だ(ジョン・ケイルが参加したそのアルバムからも二曲だけカヴァーされている)。ドレイク版では空っぽのティーカップ、ドレリでは<紫の煙>がたち登っている。ドレイクではジャケットのど真ん中に星条旗をあしらった宇宙ロケットの絵があるけれど(月着陸はその3年前)、これはドレリには見られない。そしてドレイクの月は臍の緒のようなロープで大地に繋がっている。その月からは炎と水がしたたっているが、ドレリでは同じ炎がピアノ椅子から燃え上がっている。
そもそもドレイクのジャケットでは、紙をちぎって貼付けたような背景の中に、赤みを帯びた大きな月が浮かんでいるのだが、ドレリ版で画面の中央に描かれているのは一台の古いアップライトピアノだ。
もし、良く言われるように月が狂気や陰の世界の象徴であるなら、ドレリの世界ではその気配は消えて、西欧音楽の論理的象徴たるピアノになってしまった。繰り返しになってしまうが、ドレイク自身だった声もそのコトバもここにはない。いわば抽象化されたドレイクが亡霊のように歩みだす。さよなら、ドレイク。こんにちは、ドレリ。

金野 "onnyk" 吉晃

Yoshiaki "onnyk" Kinno 1957年、盛岡生まれ、現在も同地に居住。即興演奏家、自主レーベルAllelopathy 主宰。盛岡でのライブ録音をCD化して発表。 1976年頃から、演奏を開始。「第五列」の名称で国内外に散在するアマチュア演奏家たちと郵便を通じてネットワークを形成する。 1982年、エヴァン・パーカーとの共演を皮切りに国内外の多数の演奏家と、盛岡でライブ企画を続ける。Allelopathyの他、Bishop records(東京)、Public Eyesore (USA) 等、英国、欧州の自主レーベルからもアルバム(vinyl, CD, CDR, cassetteで)をリリース。 共演者に、エヴァン・パーカー、バリー・ガイ、竹田賢一、ジョン・ゾーン、フレッド・フリス、豊住芳三郎他。

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