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CD/DVD DisksNo. 301

#2243 『渋谷毅&仲野麻紀/アマドコロ摘んだ春 〜 Live at World Jazz Museum 21

text by Masahiro Takahashi 高橋正廣

Nadja21/King International KKJ-9023

渋谷毅 (p,vo)
仲野麻紀 (as, cl,fx,vo)

M1: イスファハン(エリントン/ストレイホーン)
M2: デルフィーヌの歌〜ロシュフォールの恋人たちより(ミシェル・ルグラン)
M3: ピヴォアンヌ(芍薬:仲野麻紀)
M4: ジムノペディ No.1(エリック・サティ)
M5: 雨の中の兵隊(ヘンリー・マンシーに)
–  グッドバイ(板橋文夫)
–  夜(浅川マキ)
– 「ラヴァーマン」
M6: 星のためらい(仲野麻紀)
M7: ウスクダラ(Trad.)
M8: ニューヨーク19(ジョン・ルイス)
–   ラヴ・ミー(ジョン・ルイス)
M9:「アマドコロ摘んだ春」(西尾賢)

録音:2022年10⽉9⽇ World Jazz Museum 21 伊香保


4月14, 15の両日、神楽坂の赤城神社参集殿ホールに於いて「ECMをめぐる二夜」という出版記念イベントが開かれた。ECMレーベルの日本における最大の貢献を果たした稲岡邦彌氏が『新版 ECMの真実』を刊行されたことを受け、同氏とピーター・バラカン、若林恵、工藤遥の各氏とのトーク&リスニングセッションの企画、さらに司会進行を受け持ったのが20年来パリ在住のアルトサックス奏者の仲野麻紀。

仲野麻紀は1977年名古屋生れ。15歳からサックスを始め、椿田薫、林栄一に師事した後、2002年に渡仏、パリ市立音楽院ジャズ科を卒業。その後は”旅する音楽家”として欧州、中東、アフリカ、日本で演奏活動を展開。その傍らopenmusicを主宰して日仏文化交流に尽力。文筆活動にも才能を発揮して精力的に活動を続けている進歩的なアルト奏者だ。彼女が高校時代に聴いて以来、共演を熱望したという渋谷毅(1939年生れ)とのデュオ・ライヴが2022年10月に伊香保のWorld Jazz Museum 21 で実現。本盤は2人によるハートフルな交感を記録したドキュメントだ。

演奏されている曲はエリントン、H.マンシーニ、E.サティ、浅川マキ、板橋文夫、J.ルイスなど多岐に亘りピアノとアルトという最小編成ながら微塵もたゆむことがない。リラックスと緊張感が交叉して渋谷の創り出す日本の粋と仲野が表現するフランスのエスプリの邂逅とも言うべきインティメイトな空間が出現している。

そしてジャケット。アマドコロ (甘野老) の咲く青々とした草原をイメージさせる嫋(たお)やかなデザインも気に入った。

M1は渋谷にとってのライフワークでもあるエリントンとB.ストレイホーンの共作が取上げられている。仲野のアルトは優しくも妖しくもある浮遊感が特徴的。渋谷の落着いたサポートが効いている。ソロ・パートでの渋谷はリラックスした中に恬淡とした境地が感じられる。
M2は映画「ロシュフォールの恋人たち」のためにM.ルグランが書いた名曲。仲野のアンニュイなヴォーカル、渋谷の哀感たっぷりのピアノが人生を呟く。
M3は仲野のオリジナル曲。アルトの無伴奏ソロという挑戦的なものだが決して難解ではなく「芍薬」という花の持つ雅やかな情緒を湛えている。俳句をするという仲野ならではの解釈ではないか。そこから途切れずにサティの「ジムノペディ」へと流れてゆく。このM4ではPC Audio FXを使用、マルチ・エフェクト効果による幽玄性を醸し出す手法を用いている。
M5はH.マンシーニに始まるメドレーを渋谷は訥々とした語り口で紡いでゆく。板橋の名曲「Goodbye」を取上げているのも渋谷らしい選択か。更には浅川マキの「夜」と続いて今にもマキが唄いだしそうな情感が漂う。最後の「Lover Man」で締めるまで一気に聴かせる。
M6は仲野のオリジナル。仲野はメタル・クラリネットに持ち替えて硬質でクールな内省的パフォーマンスを聴かせる。
M7は仲野の中東音楽への傾倒を感じさせる民謡。仲野のダークでエキゾチックな志向が濃厚でハスキーヴォイスの唄とクラリネットによって魅力的に展開される。渋谷は控え目なサポートに徹している。その昔、江利チエミが唄ってヒットしたナンバーだね。
M8はM.J.Q.の総帥ジョン・ルイスのロマンチックな曲のメドレーで渋谷のソロが堪能できるトラック。
ラストM9は西尾賢作のタイトル曲。何と渋谷と仲野のデュエットが聴かれるほのぼの感たっぷりの1曲。渋谷は平田王子(g)とのデュオチームLuz Do Solでも喉を披露しているから珍しくはないのだが父と娘のような唄声に癒されるばかりだ。

Bluesy、Funky、GroovyというAmericanなテイストとは違った静謐で知的な空間が拡がる本盤、日本のレジェンド渋谷毅の柔軟で滋味深い音楽性と”旅する音楽家”としてフランスを始め多くの国の音楽的なエッセンスを吸収してきた仲野麻紀のボーダーレスな個性とが出会って誕生した小宇宙なのだ。

♫ ブログ「泥笛のJazzモノローグ」より筆者の了解を得て転載しました。


高橋正廣(たかはし まさひろ)
仙台市出身。1975年東北大学卒業後、トリオ株式会社(現JVCケンウッド)に入社。高校時代にひょんなことから「守安祥太郎 memorial」を入手したことを機にJazzの虜に。以来半世紀以上、アイドルE.Dolphyを始めにジャンルを問わず聴き続けている。現在は10の句会に参加する他、カルチャー・スクールの俳句講師を務める等俳句三昧の傍ら、ブログ「泥笛のJazzモノローグ」を連日更新することを日課とする日々。

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